|
「病理診断」と聞いて、私たちは何を連想するだろう。Miraikan(日本科学未来館)5階の生命フロアに展示されているような、カラフルな免疫染色(免疫組織化学)の写真だろうか。日々こつこつとパラフィン包埋の作業を進める検査技士さんの姿だろうか。あるいは、他科から回されてきた患者さんから採取された組織や細胞を顕微鏡下で観察する病理医の姿だろうか。さらに、病理検査の受託会社のことをイメージされる方もおられるかも知れない。しかし、これまでは表舞台に立つことの少なかった「病理診断」が表に出て、「病理診断科」という科として、全国の病院で外来患者と接する機会が生まれているというのは、私自身、本書を手にとるまで知らなかったし、まして、これまでに病理の仕事について書かれた一般書に出会ったこともなかった。本書は、病理診断の全体像を理解するうえで、これまでになかった格好の入門書といえる。
病理診断には、病理染色(ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色、特殊染色)、細胞診、免疫染色が例示されているが、今後はDNAマイクロアレイを用いて遺伝子発現を見ることによって、より細かな診断が期待されるという。いまは研究用途にとどまるDNAマイクロアレイが診断ツールとして、コスト面でも信頼性の面でも実用に耐えうる水準になれば、日常診療の確度向上が見込まれるだろう(これは分子病理学とよばれている)。とは言え、マイクロアレイによる遺伝子情報がひとり歩きすることを厳に戒め、既存の病理診断の手法を加味することによって総合的に判断することが必要、と言及されている。
これには、非常に重要な示唆が含まれている。病名の確定は、自動販売機のごとくコインを入れてボタンを押せば常に的確な何かが出てくるといった単純なものではない。マイクロアレイによって得られた疾患マーカーの結果も、診断の助けにはなってもそれだけで確定可能な「臨床診断用キット」の位置づけにはなりえない。さらに病理診断の概要を知ることがなければ、このような「相場観」を持つことさえもない。
これまで病院のバックヤードで、いわば他科を支える黒子としての役割を担ってきた病理診断が、いつしか「病理診断科」として直接、患者さんと接するようになってきているのはなぜか。これは「医療者にすべてお任せ」のタイプの医療から、医療者の意見を聞きつつ「患者自身が判断する」タイプの医療へと時代が変わってきたことの表れとみられている。いわば患者自身が治療方針や医療のあり方に積極的に関与する「当事者主権」の時代が、インフォームドコンセントという形とともにやってきたというわけだ。
医療は程度の差こそあれ、不確実性を包含している。いわば「作動中の医療」と言い換えても良く、最先端の科学のあり方とも一部共通している。さらに「病理診断科」は、他科のセカンドオピニオンという役割も占めている。巻末では、病理医と市民が語らうサイエンスカフェの例が取り上げられており、著者の病理診断の認知度と理解の向上を図ろうとする熱意が読み取れる。いつ急患で呼び出されるか分からない病理医が、サイエンスカフェの話題提供者として場を仕切ることが実際に可能かどうかはさておき、医療改革の流れの中に病理診断が位置づけられ、よりよい医療を考えていくための市民の参画が必要との意図が文面からひしひしと伝わってくる、珠玉の一冊だといえよう。


