レポート

英国大学事情—2011年4月号「インペリアル・コレッジ技術移転会社の大型資金調達 -Imperial Innovation Group PLC-」

2011.04.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

【1. はじめに】

  • 2010年12月、英国における大学の技術移転会社の中で唯一、株式市場に上場している公開企業であるインペリアル・コレッジ・ロンドンの技術移転会社Imperial Innovations Group社は、既存株主に時価より低価格で同社株を取得できる新株予約権(right issue)を付けた新株の発行によって、株式市場から1億4,000万ポンド(約190億円*1)の資金調達に成功した。
  • これによって、インペリアル・コレッジ・ロンドンから生まれたImperial Innovations Group 社の所有する議決権付き株式の比率は、従来の50.4%から30.3%に減少した一方、大手投資会社のInvesco社が従来の議決権付き株式の保有率を24.2%から45.6%に引き上げて筆頭株主となった。
  • Imperial Innovations Group社が株式市場から調達した190億円の資金は、インペリアル・コレッジの技術移転活動やスピンアウト会社への投資のほか、提携関係にあるケンブリッジ大学、オックスフォード大学およびユニバーシティー・コレッジ・ロンドン(UCL)発のスピンアウト会社への投資にも活用することになっている。
  • 当初はインペリアル・コレッジが100%所有していた技術移転会社が株式を上場することによって一般公開企業になり、また今回の大型資金調達によって同大学の議決権つき株式所有率が約30%になったことにより、Imperial Innovations Group社はある意味でインペリアル・コレッジの手を離れ、より公共性を持つ企業となり、同社が今まで蓄積した投資ノウハウを活用して、他の有力大学のスピンアウト企業への投資も行うという新たな展開の時期を迎えた。
  • オックスフォード、ケンブリッジ、ユニバーシティー・コレッジ・ロンドンの各大学はImperial Innovations Group社からの投資を受け入れたい旨を表明しており、従来から大学発の知的所有権の商業化活動やスピンアウト企業への投資にも力を入れてきたIP Group社などの民間企業の競争相手が有力大学内から出てきたことになる。
  • Imperial Innovations Group 社は2006年以来、インペリアル・コレッジのスピンアウト企業群が調達した総額約2億1,000万ポンド(約280億円)に達するが、そのうち、約4,800万ポンド(約65億円)を同社自身の資金から投資している。2010年7月末現在、同社は合計79社のスピンアウト企業の株式を保有しており、過去1年間では20社のスピンアウト企業への投資および3社のスピンアウト企業の設立支援の実績を持つ。
  • Imperial Innovation社は2006年にロンドンAIM株式市場に上場して、2,600万ポンド(約35億円)の資金調達を行い、社名もImperial Innovation Group PLCに変更した。
  • Imperial Innovations Group 社の株式上場のトピックスは、既に「」で紹介しているが、今月号では英国の産学連携活動をリードする同社の最新状況を紹介する。

【2. 沿革】

  • 1986年、インペリアル・コレッジ・ロンドンの技術移転組織(Technology Transfer Office*2)としてImperial Innovation Group社の前身のImperial Innovationが設立された。その活動が活発化するにつれ、学部から独立した株式会社組織のImperial Innovation社となった。
  • 2002年、Imperial Innovations社による投資先スピンアウト企業数の増加に伴い、Imperial Innovations社、インペリアル・コレッジ、投資企業であるFleming Family & Partners社(FF&P)およびGordon House Asset Management社(Gordon House)の間で、インペリアル・コレッジ以外からの投資資金を受け入れるパートナーシップ契約が締結された。これにより、投資企業であるFF&PとGordon Houseの両者は、それぞれの顧客のためにImperial Innovation社が投資する36社のスピンアウト企業の株式の30%を買い取った。これにより、Imperial Innovation社は数百万ポンドの資金を調達することができた。
  • 2005年、Imperial Innovation社はスピンアウト企業へのさらなる投資拡大のため、同社株式の一部を私的に売却して2,000万ポンド(27億円)を調達した。これにより、投資ポートフォリオの同社持ち株比率は約72%に低下した。
  • 2006年、設立後の初期段階にあるスピンアウト企業に研究とオフィス用のスペースを提供するために、インキュベーション施設を開設した。同年7月には、さらなる資金調達のために、ロンドン株式取引所の中のベンチャー企業専門のAIM株式市場に上場を果たし、2,600万ポンド(35億円)の投資資金を調達した。これは、英国における大学の技術移転会社の株式上場第1号である。
  • 2007年、Imperial Innovation社は、英国におけるベンチャー・キャピタルの投資件数で第2位、取引額で第3位にランクされるまでに成長した。株式市場上場後の1年間に、24件の案件に約1,300万ポンド(約18億円)を投資した後、さらなる資金調達を決議し、同年10月には追加投資資金として、インペリアル・コレッジを含む既存の株主である機関投資家から3,000万ポンド(40億円)を調達した。
  • 2010年12月、Imperial Innovation Group社は既存株主に対して、新株を市場価格より安値で発行することにより、株式市場から1億4,000万ポンド(約190億円)の大型資金調達に成功した。

【3. 活動内容】

  • 知的財産の探索
    インペリアル・コレッジまたは外部組織から、産業界のニーズに合う技術を探索し、評価する。
  • 知的財産戦略
    知的財産の適切な保護戦略を助言する。
  • 製品化の検証(product validation)
    • 製品と市場機会に関する市場調査を実施し、市場ニーズと競合状況を評価する。
    • 技術力と商業面での可能性を検証するための概念の実証(proof of concept)戦略を立案する。
    • 発明者と産業界のパートナーと共に、新技術への適切な商業化戦略を立案する。
    • 入念な検討の上、当該新技術を外部にライセンス供与する方が良いのか、またはその技術を商業化するための新会社を設立する方が良いかに関する助言をする。
  • ライセンシング
    製品を市場に送り出す機会を高めるため、ライセンスを供与する適切なパートナーを探すさらなる調査を実施する。
  • ライセンス交渉
    • 発明者に代わって、ライセンス供与の適切な条件を交渉する。
    • ライセンス契約の締結によって、前払い金としての契約金やその後の継続的ロイヤリティー収入が見込める。
  • 会社設立
    • スピンアウト企業を設立し、その会社を運営する、経験を積んだ起業家を探し出す。
    • 幅広いインキュベーション支援により、設立後間もない企業の存続率を高め、財政面でのバックアップをする。
  • 投資
    事業展開を加速し、かつ企業価値を高めるために、企業の資金調達に際して主投資家または共同投資家としての投資を行う。

【4. 投資戦略】

  • 10億ドル以上の市場規模に成長する可能性を持つ技術、または10億ドル以上の市場を持つ産業を活性化する可能性を持つ技術を支援する。
  • インペリアル・コレッジから生まれた知的財産に基づくベンチャー企業に投資し、強固な経営体制の構築を支援するとともに、豊富な知的財産を所有する他企業への投資や技術評価の実績を生かした投資機会の選別も行う。
  • シード段階での投資を行うとともに、さらなる資金調達の支援もする。
  • 当社に資金援助を求めるベンチャー企業には、以下の条件が求められる。
    • 経験あるチーフ・エグゼキュティブ・オフィサーとチーフ・テクニカル・オフィサーの採用とともに、経験豊富なチェアマンを含む強固な経営陣
    • 健全な財務管理体制
    • 知的財産に関する初期の技術的リスクの解決
    • 明確で実現可能な事業計画書

【5. 提携関係】

  • Imperial College
    インペリアル・コレッジ・ロンドンは、産業界から英国の大学としては最大規模の研究助成資金を受けており、産業界と強い結びつきがある。研究も非常に高い水準にあり、現在、68人のインペリアル・コレッジの現職または関係者が王立協会(Royal Society)のフェローであり、今までに14人のノーベル賞受賞者を輩出している。
  • Cambridge Enterprise, Oxford Spinout Equity Management, UCL Business
    ケンブリッジ大学、オックスフォード大学、ユニバーシティー・コレッジ・ロンドンのスピンアウト企業の株式や権利等を管理する, Oxford Spinout Equity Management, UCL Businessと提携関係にあるため、今回Imperial Innovations Group社が株式市場から調達した190億円の資金は、これらの3大学発のスピンアウト企業にも投資されることになった
  • Cranfield University<
    • Imperial Innovations Group社は、クランフィールド大学の技術移転会社であるCranfield Ventures社と非独占契約を結び、クランフィールド大学発の新技術の商業化活動を支援している。クランフィールド大学発の知的財産の保護はCranfield Ventures社が行うが、Imperial Innovations Group社は商業化活動における豊富な特許管理の経験から、クランフィールド大学の持つ特許の商業利用および経費効果に関する助言をする。
    • Imperial Innovations Group社の商業化評価を通じて、技術をライセンス供与したのが良いか、またはスピンアウト企業を設立した方が良いかを見極める。ライセンス供与となった場合は、Cranfield Ventures社と協議の上、適切なライセンス条件の契約に結びつける役割を担う。スピンアウト企業を設立するとの判断がなされた場合には、Cranfield Ventures社が所有する株式の分割方法、事業計画を立案する適切な経営陣の紹介や資金調達に関する助言をする。
  • i2india
    i2india」はImperial Innovations Group社とインドと関係の深い民間人とのジョイント・ベンチャーであり、インド市場に特化した技術移転支援活動を行う。当プロジェクトはImperial Innovations Group社の最初の海外展開であり、インドにおける商業化活動拠点の設置ということだけではなく、同社が株式を所有する多くのスピンアウト企業にインド市場へのアクセスを提供することも目的とする。「i2india」はインド産業同盟(Confederation of Indian Industry)と提携しており、インドの多くの企業パートナーのリストを持っている
  • Waste & Resources Action Plan(WRAP)
    WARAPは環境・食糧・農業省およびスコットランド政府などの地方分権政府の助成を受ける非営利企業である。Imperial Innovations Group社はWRAPの委託を受けて、「Recycling Commercialisation Centre」を運営している。

【6. 経営陣】

  • 会長
    インペリアル・コレッジのChief Operating Officerを兼務。2003年にImperial Innovations Group社の会長に就任前は、英国の投資銀行の役員などを務める。オックスフォード大学・博士(歴史)。
  • チーフ・エグゼキュティブ・オフィサー
    1994年にImperial Innovations Group社にCommercial Directorとして入社し、2002年にチーフ・エグゼキュティブ・オフィサーに昇格。同社入社前は、国内外の金融界や化学業界などで営業関連職を歴任。オックスフォード大学・修士(化学)。
  • チーフ・ファイナンシアル・オフィサー
    大手会計事務所や民間企業の幹部などを歴任後、2006年に同社に入社。公認会計士。オックスフォード大学・修士(工学)。
  • チーフ・インベストメント・オフィサー
    投資会社のハイテク企業投資担当ディレクターから、2006年に同社の投資責任者に迎えられた。それ以前は大手自動車メーカー、大手投資企業勤務を歴任。インペリアル・コレッジ・学士(機械工学)。
  • 非常勤役員(3人)
    • 大手投資銀行勤務を経て、現在は初期段階にある技術への投資に特化した投資会社のパートナー。ケンブリッジ大学・修士(経済学)
    • 大手石油会社役員を経て、2008年に同社入社。オックスフォード大学・博士(化学)。
    • 現職はインペリアル・コレッジ副学長。インペリアル・コレッジ・博士(化学工学)
  • 役員以外の投資担当シニア・スタッフ(3人)
    • 投資銀行や大手ベンチャー・キャピタルを経て、2007年に同社に入社。
    • 産業界や投資銀行にて長年の勤務後、同社に入社。日本にてエレクトロニクス・メーカーの技術者として勤務した経験有り。ケンブリッジ大学・学士(電気科学)およびINSEAD・修士(MBA)。
    • 大手バイオテクノロジー企業の研究者を経て、英国および米国にて10年以上にわたり、企業の立ち上げに携わった経験有り。テキサス大学・学士(科学)、インペリアル・コレッジ・修士(MBA)

【7. 主要財務・投資指標】

 2010年7月末年次報告書から、同社の財務指標や投資指標を抜粋して紹介する。

【主要財務指標】

(単位:100万ポンド)
  • 2010年度の同社の投資済み企業数は合計で81社となり、投資済み資産総額は6,760万ポンド(91億円)と前年度比21%増となった。また、同年度に20社に対して1,400万ポンド(約19億円)の投資を行った。
  • 2010年度の平均スタッフ数は役員を含め41人。

【主要投資指標】

(単位:100万ポンド)
  • 2010年度の発明開示数344件のうち、インペリアル・コレッジによる発明は269件、75件は外部組織による。
  • 昨年、Imperial Innovations Group社では、単にスピンアウト企業の設立数をカウントする従来の方法から、シード・ファンドを獲得した上で、設立当初から適切な経営陣がいるスピンアウト企業の設立数をカウントするように方針を変更したため、上記の表にある2010年度の会社設立数は減少した形となった。

【8. 筆者コメント】

  • Imperial Innovations Group 社による190億円もの大型資金調達の成功により、大学発のスピンアウト会社により大型の投資が可能になったことになる。また、同社がこれだけの資金調達に成功したのは、同社の投資実績のほかに、一般投資家や機関投資家が英国の大学発のスピンアウト企業に大きな期待を寄せている現れと見ることができよう。
  • オックスブリッジやUCLなどの英国のトップ大学が、いわばライバルでもあるインペリアル・コレッジを母体とする技術移転企業からの投資を受け入れるという柔軟な姿勢にも感心する。筆者が今までに何度も言ってきたことではあるが、英国の大学には、お互いに激しく競争すると同時に、メリットがある場合は連携を組むという臨機応変な柔軟な姿勢が見える。オックスブリッジやUCLなどの英国のトップ大学が、いわばライバルでもあるインペリアル・コレッジを母体とする技術移転企業からの投資を受け入れるという柔軟な姿勢にも感心する。筆者が今までに何度も言ってきたことではあるが、英国の大学には、お互いに激しく競争すると同時に、メリットがある場合は連携を組むという臨機応変な柔軟な姿勢が見える。
  • インペリアル・コレッジの2代前の学長が大手多国籍製薬企業の社長、会長を務めた産業人であったことも、インペリアル・コレッジの技術移転会社による、このような柔軟でダイナミックな展開の背景にあるのかもしれない。また、Imperial Innovations Group社の幹部の多くがインペリアル・コレッジ出身ではなく他大学の出身であり、かつ金融界や投資会社の出身者が多いということも注目される。やはり、資金調達のノウハウや投資家の立場としての経験を持った上での技術や市場性の目利きも重要となるのかもしれない。
  • 大学発のスピンアウト企業が株式市場に上場後、増資を繰り返していく過程で大学の持ち株比率は低下していくことになり、大学の影響力は衰えるが、スピンアウト企業が企業として成長していくことによって、雇用の確保や税金の納付等の社会還元ができ、大学の社会性を十二分に発揮できることになろう。
  • 筆者は2002年に、就任直後のImperial Innovation 社のチーフ・エグゼキュティブにインタビューしたことがある。あれから8年の歳月が流れ、同社がダイナミックな発想で大きく飛躍し、ロンドン株式市場の上業企業となり、一大学の技術移転会社から大きく脱皮して、英国の他大学の技術移転活動を支援するまでに成長したことは特別に感慨深く感じる。
  • 「英国大学事情」は今月号で通算100号を迎えた。過去8年4カ月にわたり、欠番なしに毎月配信できたのは、多くの方々のご支援をいただいたからと思っている。今後もできる限り、ダイナミックに変動する英国の大学の現状を発信し続けていきたい。

 最後に、今回の大震災によって被災された方々に心からお見舞い申し上げます。遠く離れた所にいるため、日本のことが特に気になり、落ち着かない日々を送っています。この3週間は、特に長く感じました。日本が復興する日が遠からず来ると信じています。

注釈)

  • *1 1ポンドを135円で換算
  • *2 英国の大学の技術移転会社は、通常Technology Transfer Office(TTO)と呼ばれる。
  • *3 適正価値(fair value)に基づく、年度毎の投資資産の増減額。

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