レポート

科学のおすすめ本ー 東大博士が語る理系という生き方

2011.03.23

成田優美 / 推薦者/SciencePortal特派員

東大博士が語る理系という生き方
 ISBN: 978-4-569-79132-6
 定 価: 850円+税
 著 者: 瀬名秀明 氏、池谷裕二 氏
 発 行: PHP研究所
(PHPサイエンス・ワールド新書)
 頁: 284頁
 発売日: 2010年9月18日

功成り名を遂げた方々の自伝には、はるかな過去にタイムスリップして長い道のりを垣間見る面白さがある。波乱万丈の生涯であろうとも、いま現在の満ち足りた気配が読後に漂う。

翻って本書は、「東大理系博士」という共通項を持つ若手8人が執筆している。全員が30歳前後であるため同時代的な感覚で受けとめやすい。「東大博士を志すまで、研究テーマ、科学者をめざす君たちへ」という命題の下、歩みや抱負がいきいきと伝わってくる。彼らの将来に思いをはせると、未完の秀作の続きを期待するに似た興味がつのる。

監修は作家の瀬名秀明氏と東京大学薬学系研究科准教授の池谷裕二氏。共に薬学博士で、22ページに及ぶ巻頭対談では両氏の新たな一面がうかがえる。瀬名氏は2年ほど東大科学技術インタープリター養成プログラムで講師を務めた。その教え子たちを含め、執筆メンバーはほとんどが地方出身者である。しかも有名進学校と限らない。前例のない東大への挑戦、不合格からの見事な心機一転、帰国子女の米国の高校生活など各人さまざまな背景を持つ。具体的に生い立ちや心情が分かり、志望大学にかかわらず学ぶ点が多いだろう。

さて東大は、入学後2年間の教養学部を経てから進路を最終決定できる。国内で数少ないシステムであり、池谷先生はじめ執筆者が次々その利点を挙げている。例えば「文系・理系の垣根が低い。多くの学問を大局的に見ることができる。選択の幅がとても広い。後から軌道修正可能」。それは専門分野に至るモラトリアムというより、人間形成を兼ねた貴重な揺籃(ようらん)期であるようだ。

研究についてサイエンスの知識だけでなく海外での調査活動や学会発表などリアルな情報が得られるが、社会的な見地にも目を向けたい。医薬品開発の場合、「希少疾病に対するオーファンドラッグ、国々の経済格差による採算や需給バランス」ほか身近な問題が挙げられている。この方の100年後の夢「国際創薬機構」に共感する。

なお執筆者1人ずつイメージイラストが描かれている。作者は漫画家を志し、東大で社会基盤学を学んだ工学博士。ポップな構成に女性らしい装飾性が加わり、絵解き心を刺激する。

博士課程の在籍者、若手教員、企業研究者、ポスドクと異なる立場から「科学者とは」と自己を見つめることで、同時に現在の教育制度やキャリアチェンジの課題が浮かび上がっている。

「1つの分野に長(た)けた研究者の重要性が今後も揺らぐことはないでしょう。しかし、世の中には複数の分野にまたがる問題もたくさんある。そのような問題を解くために、複数の分野を学び、その間をつなぐ橋渡しの部分を研究する私のような博士も必要ではないか」(252ページ)

医学部に編入した工学博士のご意見である。これからの日本を担う世代の声を多くの人が本書から汲み取ってほしい。

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