レポート

「デザイン思考の重要性アピール-社会技術研究開発センターAAAS総会で」

2011.03.22

アソシエイトフェロー) / 新田 容子 氏(科学技術振興機構 社会技術研究開発センター

 

 

全米科学振興協会(AAAS:American Association for the Advancement of Science)は、1848年にフィラデルフィアで創設され、現在ワシントンを拠点とする、世界最大の総合学術団体である。毎年総会を開催し、一般の人々の科学への理解を促進する活動を行うとともに、科学誌「サイエンス」を発行し、科学の発展と社会還元を目的としている。

 

 同協会の今年度の年次総会は、2011年2月17日から21日まで米国の首都ワシントンで開催された。米国内の科学技術関係者が一堂に会する米国最大の科学イベントであり、例年、世界数十カ国から、科学者、政府関係者、ジャーナリスト、学生、一般の人々など約8,000人が参加、そのうち研究者は約4割である。国際交流の場、科学を政策に活かす道を探る場としての性格が強く、連日のように各分野の著名な学者を招き、本会議講演が行われ、ネットワークづくりを目的としたレセプションも連日、繰り広げられる。
1991年に採択されたブダペスト宣言にある「社会のための科学」を追求し、政策の中に科学の力を活かそうという意識が実際に米国でも活発化している。

 2011年の年次総会のテーマ「Science Without Borders(境界なき科学)」は、従来の境界を越えて、科学を研究と教育の両面に取り入れ、研究者と学生の多様性を考慮しながら学際的に問題解決に当たる手法を探ることが主眼となった。科学と工学など異分野をまたいでの、科学的なカラーの濃いセッションが特徴的であった。
セッションは「境界なき科学」を基本コンセプトとする「脳と行動」「気候変動」「教育」「新たな科学・技術」「エネルギー」「国際連携」「人体の生命と健康」「地質と海洋」「科学の課題」「科学と社会」「安全」「サステナビリティ(持続可能性)」の12分野・計約170トピックが用意された。個々のトピックを3-6人が異なる切り口で講演し、質疑応答を含めて1時間半-3時間で1つのシンポジウムを構成。大学院生やポスドク(博士研究員)のキャリア形成や、社会と科学をつなぐアウトリーチ活動、政府関係者との効果的なコミュニケーション法など、さまざまな実践的テーマについてそれぞれ異なる取り組みの発表を行った。

 今回、この総会において、JST・RISTEX(社会技術研究開発センター)がセッションを開催した。
RISTEXのセッション「Design Thinking to mobilize science, technology and innovation for social challenges(社会的課題解決に資する科学技術イノベーションの結集に向けての新しい発想-思考をデザインする-)」の狙いは、社会的課題解決に資するイノベーティブな取り組みをさまざまな立場からスポットライトを当てることであった。その背景にはNPO、社会起業家など社会的に新しい主体が行う社会的課題解決への取り組みを通して研究者や市民、企業や企業家が協働することにより、より幅広く経済的な面も含め「社会的なイノベーション」を進めようという意識が高まっていることがある。従来、受益者側であったユーザーや消費者も、社会的課題解決の当事者として重要な役割を担っている。イノベーションのプロセスは以前よりオープンで社会的影響を受け入れやすい方向にあり、さまざまな立場・経歴のステークホルダー(関与者)が参画し、社会的課題解決に当たることが今後は求められていくだろう。
そこで、このセッションでは海外を含めた7人のスピーカー(下記参照)を招き、問題解決にあたり重要と考えられる、全体的かつ学際的、そして共進型取り組みの方法論を展開した。当セッションは大好評を博し、同時に多くのセッションが走る中満席となり、立ち見まで出るほどであった。社会的課題解決のためのイノベーションには、さまざまな分野・立場の人々が高い関心を寄せており、RISTEXはフランスの経済協力開発機構(OECD)本部で「社会的課題解決に資する社会イノベーションの促進・転換」についてワークショップを2回にわたり開催するなど、解決手法について話し合ってきた。20世紀とは異なる価値観とパラダイムが求められる中、今年はいよいよ新たな社会の姿をイメージし、その世界へと歩み始めるステージに来た感がある。

 当セッションのスピーカーを紹介したい。モデレーターは現OECD科学技術産業局次長の原山優子氏に務めていただき、討論参加者としてベルリン工科大学技術社会センター所長、スピーカーは米国アショカ財団グローバルディレクター、NSF(米国立科学財団) SciSIPプログラムディレクター、NIH(米国立衛生研究所)ヘルスサイエンスポリシーアナリスト、ベルギーIST(フラマン議会 社会技術研究所) プロジェクトリーダー、英国NESTA(英国立科学・技術・芸術基金) イノベーションポリシーアドイバイザー、そしてRISTEXの有本建男センター長と堀尾正靱「地域に根ざした脱温暖化・環境共生社会」領域総括にお願いした。

 セッションは3つのパートから構成した。

 セッション1では、イノベーションを推進する側からの事例を議論することを目的として、社会起業家を育成・支援する立場である世界最大の社会起業家の支援団体・米アショカ財団より、問題解決を具体的に推進する「アショカ・フェロー(アショカで育成する社会起業家の名称)」の発掘、条件、彼らの育成、サポート、活動推進、彼らの活動のリンケージ(つなぎ)、評価についての話があり、実際に活躍しているアショカ・フェローの取り組み事例が紹介された。
続いてRISTEX・有本センター長より、日本と世界の科学技術イノベーションの変遷、科学技術基本計画ならびに、RISTEXが行っている社会のための研究開発の取り組みが紹介された。
セッション2では米国のSciSIP(Science of Science and Innovation Policy-政策のための科学)プログラム担当者から、「社会的側面の重要性から、科学的測定のための科学的根拠と指標の樹立は科学政策の重要な要素であり、理論構築が進展している」との説明があった。また、ベルギー・ISTは議会に提言する立場として、市民参加の重要性を強調し、TA(技術評価)の意義・必要性について語るとともに、TA事例で求められる役割は手法を提供することだという意見を述べた。
セッション3では地域主導型の研究開発支援のあり方の考察を目的に、英国・NESTAから社会起業家のプロジェクトを支援する賞金付きのユニークなプログラム「Big Green Challenge」とそのプログラムで実際に採択されたプロジェクトがどのように活動し成果を挙げているかの紹介が行われた。最後に日本から研究開発のマネジメントを行う側として堀尾・領域総括より領域のコンセプト、実際の取り組みにまつわる苦労なども紹介された。

 総括討議では、参加者との双方向性に重点を置いた活発な議論がなされ、各スピーカーに現場での取り組みなどについて直面している課題を聞き、 ケーススタディとして共有する場面もあった。

 このセッションのタイトルになっているDesign Thinking(デザイン思考)に対する理解の共有もなされた。これまでOECDでのワークショップ並びに他シンポジウムでもイノベーション、社会的挑戦に関して、鍵となる要素のあぶり出しを行ってきたが、いよいよこれを行動に結びつけるための処方箋が必要となり、そこに登場するのがdesignという概念である。発想の軸足をdeterminants(決定要素)からdesignに移すことをこのセッションでは提唱した。
このセッションの意図は、トップ・ダウン、ボトム・アップという二項軸で政策を捉えるのではなく、地道に社会実験を繰り返し、失敗をも糧として学習していくことの重要性を示唆することであった。社会的課題解決に施策を転換するのであれば、政府自身、イノベーティブに政策を策定する能力を磨くことが必須となる。「社会的課題解決に資する科学技術イノベーション政策」の模索は、いくつかの国ですでに始まっている。政策コンテストに走ることなく、国々の間で体験を共有し、共進を可能にする枠組み作りが望まれる。
最後に次の段階としてDesigning Tomorrow(明日に向けて新しい発想を)に向けて継続して取り組んで行くことがうたわれた。

 ?? セッションのアジェンダ
?? スピーカーのアブストラクト

 

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