レポート

英国大学事情—2011年2月号「エディンバラ大学の技術移転活動 -Edinburgh Research and Innovation Ltd.ERI-」

2011.02.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 当「英国大学事情」シリーズで、ロンドンのインペリアル・コレッジを初めとした、イングランド地方の大学におけるイノベーション促進活動を紹介してきた。今月号ではスコットランド地方の事例として、2009・10年度にスコットランドの大学による年間企業設立数としては過去最多となる42の大学発企業を設立したエディンバラ大学の技術移転会社、Edinburgh Research and Innovation Limited(ERI)の活動を紹介する。ERIは過去5年間に131の企業を設立した実績を持ち、それらの企業の約90%は現在も存続しており、総勢約350人のスタッフを雇用している。

【1. ERIの概要】

A.沿革
 ERIは英国における最初の大学の技術移転オフィスの一つとして、エディンバラ大学によって1969年に設立され、1998年には同大学が株式の100%を保有する企業法人となる。

B.決算資料

【損益計算書】

(単位:1万ポンド。四捨五入の概算数値)
(単位:1万ポンド。四捨五入の概算数値)

【事業収入内訳】

(単位:1万ポンド。四捨五入の概算数値)
(決算資料 )

C.スタッフ
 エディンバラ大学の研究サービス・商業化担当ディレクターがERIのチーフ・エグゼキュティブ、コーポレート・サービス担当ディレクターがチェアマンを務めるほか、ERIには科学・工学部長、人文・社会科学部長、医学部研究ディレクターなどの教授職を含む5人の社外役員がおり、スタッフ数は70人を超す。また、ERI社にはチーフ・エグゼキュティブ以外に30-40歳代と思われる6人のシニア・マネージャーがおり、参考までにその人たちの経歴を紹介する。

  • 研究支援・開発責任者
    エディンバラ大学にて英文学の修士号取得後、いくつかのチャリティー団体のマーケティング担当を経験。1990年にエディンバラ大学のERIの前身であるUnivEd TechnologiesのCPD(継続的職能教育)サービス・マネージャーに就任。
  • 事業開発責任者
    エディンバラ大学医学部で博士号取得後、同大学のMBAも取得。英国の大手多国籍製薬会社の研究開発部門に勤務後、1991年にERIに入社。
  • 商業化責任者
    大手エレクトロニクス企業に勤務後、ERIの前身のUnivEd Technologies社に入社。マネージャーとしてエディンバラ大学に9年間勤務後、グラスゴー大学の技術移転チームのシニア事業開発マネージャーや事業開発責任者を4年間努めた後、エディンバラ大学のイエンス・パークの責任者に就任。ダンディー大学でMA、エディンバラ大学でMBAを取得。
  • 企業設立・インキュベーション責任者
    北海油田関連の中小企業や金融分野に勤務後、1995年より企業設立およびインキュベーション活動に従事。2000年にERIに入社。BA(ビジネス・経済学)。
  • 法律責任者
    エディンバラの法律事務所に商業関係の弁護士としてエディンバラ大学を担当し、2001年にERIの法律責任者として入社。
  • 運営責任者(Company Secretary)
    1985年に公認会計士の資格を取得して大手公認会計事務所に勤務。その後、大手エネルギー関連企業を経て、2000年にERIに入社。

【2. ERIが設立した企業】

【過去5年間に設立した企業数】

【2009・10年度設立企業例】

【成功事例】

  • 上記のほかに、1980年代にエディンバラ大学のKen Murray教授によって、遺伝子工学を利用したC型肝炎ワクチン製造方法開発された。この特許は、欧州および米国の共同研究者と共に設立した米国のバイオテクノロジー会社のBiogenにライセンス供与され、同教授が受け取る多額のライセンス料は、自然科学の教育と研究支援のために同教授が設立したチャリティー財団、Darwin Trustに寄贈された。

【3. インキュベーション・センター】

  • 【Edinburgh Technology Transfer Centre】
    ETTCは1987年の開設以来、スピンアウトやスタートアップ企業、または研究開発プロジェクト・チームに専門的な研究施設や廉価なオフィスを提供してきた。また、インキュベーション施設に入居している企業に、大学の研究施設や起業専門家へのアクセスやワークショップおよびネットワーキングへの参加機会の提供も行っている。
  • 【ETTC BioSpace】
    当インキュベーション・センターは、エディンバラ大学発の生命科学、化学、バイオ創薬関連企業のための専門施設の提供を目的に設置され、2人から6人用の小規模のスペースを提供している。
  • 【ETTC@Informatics】
    当センターは微生物研究室、ヘビー・エンジニアリング・ワークショップ、クリーン・ルーム、試験室などの広範囲の設備を備えている。
  • 【Scottish Microelectronics Centre】
    当センターは、エディンバラ大学とスコットランド開発公社(Scottish Enterprise)の共同事業として、スコットランド地方の半導体やナノテクノロジー産業のための研究、イノベーションおよびインキュベーションのハブとして設立された。当センターは各種電子機器の開発および試験のための包括的なクリーン・ルーム施設を完備する。

【4. コンサルタント業務】

 コンサルタント業務はERIの最大の収入源であり年間約5億円の収入をもたらしている。

【5. サイエンス・パーク】

 現在、エディンバラ大学はエディンバラ市郊外に、以下のようなサイエンス・パークを開発中である。なお、これらのエディンバラ大学のサイエンス・パークは「Edinburgh Science Triangle」と名づけられた研究クラスターの一角を占めることになる。

【6. 筆者コメント】

 スコットランドのエディンバラ市を含む一帯は、通称「シリコン・グレン」と呼ばれるハイテク・エレクトロニクス企業誘致地域であり、半導体メーカーを初めとした多くの世界的エレクトロニクス・メーカーが進出している。2000年初期のITバブルの崩壊とともに、いつかのメーカーが撤退して打撃を受けたが、近年ではハードウェアのみならず半導体の設計やビデオゲームを中心としたソフトウェア産業も育ってきており、スコットランド開発公社の助成を受けながら産学連携によるハイテク産業の育成が進んでいる。また、スコットランドは世界初の成体哺乳動物のクローンとして、クローン羊を生み出した地域でもあり、高度なバイオテクノロジー研究の拠点としても有名である。

 英国でも政府の緊縮財政政策により、今後、公的助成は大幅に減少していくと思われるが、景気低迷に伴う失業率の増加時期に、英国には外部に仕事が無いのなら自分で独立して起業しようという人も結構いるため、エディンバラ大学の例にもあるように、大学発の起業は増加する可能性もあると思っている。

 なお、当レポートの執筆の完了直後に、三菱重工業によるスコットランド地域への洋上風力発電タービンの研究開発とエディンバラ大学スピンオフ企業への投資のニュースが入って来たため、以下に簡単にレポートする。

  • 2010年12月4日、BBCを初め多くの英国のメディアは、三菱重工業の子会社であるMitsubishi Power System Europe社が深海における洋上風力発電タービンの研究開発にエディンバラ地区に今後5年間で1億ポンド(140億円)の投資をすると大きく報道した。当プロジェクトには、スコットランド政府も3,000万ポンド(42億円)の投資をすることを表明している。このプロジェクトにより、2015年までには200人の新規雇用が確保されるとともに、将来的には大型風力発電用タービンの製造までを視野に入れている。三菱重工では、研究開発拠点としてエディンバラ大学のスピン・オフ企業として1994年に設立されたArtemis Intelligent Power社を買収し、同社の25人のスタッフを引き継ぐことを表明した。

注釈)

  • *1 1ポンドを140円で換算
  • *2 1ドルを85円にて換算

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