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刺身は日本の食文化のひとつだが、海外にも知られてきたようだ。ウィキペディアの英語版には「sashimi is a Japanese delicacy」とある。素材の吟味や包丁さばき、盛り付け、さらに味わいまでしのばれる象徴的な表現ではないだろうか。
本書のテーマ「目利き」は、特にこのような料理の成否を握る。かつて多くの人々は魚屋さんや市場で話をしながら品定めをした。買物スタイルが変わり、多種多様な食材があふれる今日、判断のよりどころにサイエンスの素養が必須と、読むほどに目から鱗(うろこ)の思いがする。
著者は農獣医学部卒業後、医学部や応用微生物研究所で研究した医学博士。現在大学名誉教授であり、「食」について書籍以外にいろいろな発信をしている。本書は科学的な知見に食通のエッセンスが巧みに盛り込まれ、200点近い資料(図、写真、表、グラフ)のビジュアル性も際立つ。どことなくユーモアのにじむイラストが、例えば生化学的な変化など専門的な事柄さえ親しみやすいものにしている。
またFAO(国連食糧農業機関)や農林水産省ほか、きめ細かなデータと本文がバランスよく構成され、相乗効果で理解が進みそうだ。
第1章は「鮮度」がキーワード。視覚に訴えながら活魚・生鮮魚・鮮魚の違いや、状態を判断する科学的根拠を詳しく示す。刺身や水産コピー食品を含め、態様(天然と養殖、冷凍、外国産)に応じて選ぶ際の注意点や購入後の取り扱いがわかりやすい。食品衛生、賞味期限と消費期限、水産加工品と食品添加物など、食の安全に関しても体系的に知ることができる。
第2章の焦点は「おいしさ」。うまみを引き出すコツやタイミング、なぜそうすべきかを納得すると実践しやすい。一方、おいしくなくなったとされる具体例があり、そのわけに考えさせられる。
第3章は「魚のもつ健康機能成分」について。近ごろ魚の優れた生理活性物質の研究が進んでおり、栄養学や保健医学の基礎的な知識が身につく。効用や不足した場合の影響だけでなく、過剰摂取が危険なものについては1日の所要量や許容上限摂取量を特記している。
最後の第4章では、魚にちなんだ日本各地の伝統的な風習や料理の紹介が楽しく、冷凍技術のCAS(Cell Alive System)システムが興味深い。しかしメインは「魚をめぐる最近の問題」。環境、経済、社会情勢をまじえてグローバルに語られる。漁業資源の減少要因、漁法や消費傾向、大量輸入と効率優先の流通、水銀を含む魚類、漁師の高齢化などなど解説が続く。
中でもマグロの蓄養が気にかかった。脂肪の多い人工飼料と運動不足による全身トロ状態、餌になるサバやイワシなどの乱獲を招くことが懸念されている。
健康的な食材として魚介類の需要が世界的に増大している現在、極めてタイムリーな論考である。