レポート

科学のおすすめ本ー 博士漂流時代-「余った博士」はどうなるか?

2010.11.29

推薦者/サイエンスポータル編集

博士漂流時代-『余った博士』はどうなるか?
 ISBN: 978-4-88759-860-7
 定 価: 1,200円+税
 著 者: 榎木英介 氏
 発 行: ディスカヴァー・トゥエンティワン
 頁: 302頁
 発売日: 2010年11月15日

来春、卒業見込みの大学生の就職内定率(10月1日時点)が15年前に調査を開始して以来、最低となった。一方、せっかく博士課程を修了したのに能力を生かす定職に就けない人たちも増えている。少子高齢化、人口減が進む一方の国が能力のある若い人たちの力を活用できていないというのは、誰が考えてもおかしい。

この本は高学歴ワーキングプアとも呼ばれる若い博士たちを取り巻く現状を明らかにし、具体的な対策を提言している。著者は、医師として働く一方、研究者の社会的な役割について真摯に考え、あるべき姿を追求し続けている人だ。科学コミュニケーションの重要性にも早くから気づき、2003年NPO法人サイエンス・コミュニケーションを設立し、科学にかかわる情報収集と積極的な発信を続けている。目配りの範囲は驚くほど広い。この本には、そうした活動にともなって得られた現在進行形の情報もふんだんに盛り込まれているため、一つ一つの説明、提言に説得力がある。

博士が活躍できる職業として著者が挙げた中に、政策秘書というのがある。実際にある民主党有力議員の秘書に働きかけもしたという。党の方の事情で説明会を開く話は立ち消えになってしまったそうだが、これなど実現性は十分あるのではないだろうか。著者は博士を1年程度政治の現場に送り込むインターン制度が米国にあることにも触れている。

当サイト「サイエンスポータル」のインタビュー欄で中村祐輔・東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長は、オバマ米大統領が上院議員時代に「ゲノムとオーダーメイド医療法案」を提出していることを紹介している。こうした法案を提出するのは博士号を持つくらいの有能なスタッフがいなければ不可能だろう。民主党政権が約束した政治主導は思惑通りには進んでいないようだが、ほとんどの法案づくりを実質的に官僚任せというこれまでの時代に逆戻りすることはないのではないか。となれば今後、政治家の秘書に博士号を持つ人たちが求められることは十分あり得ると思われる。

良くも悪くも政権交代によって明らかに変わったことがある。政治家のマスメディアに対する発言が増え、明快になったことだ。中央官庁と自民党の意向が一致すれば、政策はほとんど決まりという時代にあっては、テレビの報道番組に出演しても与党側は、細かな情報は言を左右にして明らかにしなくても済んだ面がある。しかし、今や明快に説明できない議員は政府や党の要職にも就けず、次の選挙も危なくなる、という時代ではないか。

そうした時代にあって、論理的思考、分析能力に秀でた博士が活躍すべき分野は、研究職に限らないはずだ。読者をそんな気にさせる本だが、果たして肝心の博士たちが元気を出して活躍の場を広く求め、役所や産業界も積極的に博士を採用するという方向に向かうだろうか。

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