レポート

科学のおすすめ本ー 理科系冷遇社会-沈没する日本の科学技術

2010.10.26

推薦者/SciencePortal特派員

理科系冷遇社会-沈没する日本の科学技術
 ISBN: 978-4-12-150366
 定 価: 860円+税
 著 者: 林幸秀 氏
 発 行: 中央公論新社(中公新書)
 頁: 280頁
 出版日: 2010年10月10日

科学、技術の重視を唱える論説、著書はこれまでにも数多くある。この本は、つい最近まで日本の科学技術政策を主導してきた元科学技術官僚の手によるところが特徴だ。著者は科学技術庁(当時)、文部科学省、内閣府で要職を務めたほか、在米日本大使館参事官として米国の科学技術政策を目の当たりにし、また、科学技術振興機構研究開発戦略センター中国総合研究センターの中国科学技術力研究会主査として報告書「中国の科学技術力について」もまとめている。宇宙航空研究開発機構の副理事長として最近まで宇宙政策の推進にも主導的役割を果たした。

こうした経験、実績を持つだけにここに盛り込まれているデータは、十分な目配りが利いており、非常に多岐にわたっている(当サイエンスポータルの掲載記事も2カ所で引用されている)。政策遂行に都合のよい情報、データしか積極的に明らかにしない。そうした官僚(OB)にありがちな傾向を感じさせないところも、説得力を強める一因となっている。

政府が1996年に打ち出した政策「ポストドクター等1万人支援計画」にも率直な評価が示されている。「ポスドクというのは、言ってみれば『高級非正規労働者』に過ぎない」「博士号取得者の多くが、普通に就職した学部の卒業生より劣位の状況に置かれている」などなど。

2008年10月に首相名で決まった「国の研究開発評価に関する大綱的指針」についても妙な手加減はしない。「評価があまりにも多く、膨大な時間を割いて会議を行って評価を受ける方も評価をする方もぐったりするほど疲れる割には、結果は『大山鳴動してねずみ一匹』となる場合が多い」「事後評価で駄目と認定されるような研究者でも、研究課題名を変更して別の省のプロジェクトに関係したり、別の競争的資金に応募したりして、うまくすれば何度でも研究資金を獲得できる」…。

科学技術政策あるいは国際競争力という観点からこれまでまともな議論がなかったように見える臨床研究の遅れにも踏み込んでいる。「新しい薬の承認が他の先進国に比べ極端に遅い」「機械製品には強く、原材料を輸入して加工品で生計を立てているイメージの強い日本が、医療機器では大幅入超」といった指摘自体は目新しくはないかもしれない。しかし、「基礎医学研究者や医療従事者の能力や努力の欠如に起因するものではなく、この分野にかかわる日本の規制や制度が旧態依然としており国際的イノベーション戦略に合致しないこと、また、横断的な政策研究やシステム研究が医療分野で不足していることにあると考えられる」という指摘が、著者のような経歴を持つ人から発せられることの意味は大きいといえよう。

記述の大半は、海外主要国との比較を織り込みながら日本の現状を明らかにすることに割かれている。それ自体、大きな価値を持つものと言えるが、「科学技術で世界に挑戦・貢献を」と題する最終章もぜひ一読を勧めたい。中でも著者が早々と提唱していた「東アジア科学技術協力構想」は、科学、技術のみならず、日本が取るに足らない国に落ちぶれないために取り得る数少ない道として多くのことを考えさせてくれるのではないだろうか。

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