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いわゆる“だまし絵”で、日本でもファンの多い M. C. エッシャー(1898-1972)は、20世紀前半に活躍したオランダの版画家である。彼の代表作の一つである『物見の塔 (Belvedere)』には、体験不可能な空間構築が盛り込まれている。つまり、現実世界が三次元であって、それを二次元のキャンパスに落とし込む際、遠近法のマジックを巧みに用い、「ありそうでありえない」“だまし絵”を完成させていったのである。
実は、そんな“だまし絵”を芸術にまで高める以前に、エッシャーはモザイク模様の習作を多く手がけていたことが知られている。すなわち、同じ図形で平面を埋めるという「平面埋めつくしパターン」を研究していたのだ。
もう一人の主役、R. ペンローズ(1931-)は、ブラックホールの研究などで知られる、英国の数学者・理論物理学者である。彼の名を一層有名にしたのは、1972年考案の「ペンローズ・タイル」であろう。これは、平面埋めつくすために、二種類のひし形が組み合わさっている幾何学文様である。ほかに、「ペンローズの三角形」(これは本書の表紙デザインにもなっている)や「ペンローズの階段」も生み出し、エッシャーの『滝(Waterfall)』などの作品に大きな影響を与えた。
そんなペンローズ・タイルのような平面を埋める幾何学的なデザインは、例えば「千鳥格子」のような日本の意匠にも、イスラムの文様などにも確認できる。本書では、特にエッシャーとペンローズという、二人の平面デザインの巨匠を取り上げ、平面を埋めつくす図形のパターンの易しい解説を試みている。
残念ながら、エッシャーが生きていた間には、ペンローズ・タイルの数理は確立していなかった。数学者でもあり著述家でもあったマーティン・ガードナーは次のように述べている。「ああ、エッシャーがペンローズのタイルを知る前に死んだとは。彼がそれを知ったとしたら、その可能性を大いに楽しんだことであろう」
さて、本書の著者は、犯罪学やギャンブル社会学の専門家であり、数学者やデザイナーではない。ではなぜ、このような幾何学文様の書籍をまとめることになったのか。それは、著者が学長を務める大阪商業大学のアミューズメント産業研究所において「パズル展」を開催することになったことが、きっかけであるという。それを契機に、著者が独自にデザインしたペンローズ・タイルのバリエーション『キンドラとゴジベエ』が本書内で見ることができる。
数学的な解説をさほど気にすることなくとも、豊富な図柄を眺めているだけで十分デザインの世界に浸ることができる。さらには紙と鉛筆を用意し、自らタイルを“お絵書き”しながらも楽しんでもらいたい一冊だ。