レポート

科学のおすすめ本ー DVD「リーマン予想・天才たちの150年の闘い 素数の魔力に囚われた人々」

2010.08.09

安田和宏 / 推薦者/SciencePortal特派員

DVD『リーマン予想・天才たちの150年の闘い 素数の魔力に囚われた人々』

 型番: NSDS-14625
 定 価: 3,800円+税
 発 行: NHKエンタープライズ
(2009年11月2日NHK BS-hiで放送)
 時 間: 87分

最近、大人たちの間で難解な数学が密かなブームになっているという。カルチャーセンターにおいて「数学講座」が人気を集め、『ガロアの群論』『数学ガール』など数学関連書籍が軒並み販売数を伸ばしている。そんな、再び“数学”にハマった方に、2010年科学ジャーナリスト大賞受賞のドキュメンタリー番組をおすすめしたい。

数学の根源的な問い、つまり「数とは何か」の魅力にとりつかれた人々の数奇なドラマである。

素数とは、1とその数自身以外に正の約数がない、1より大きな自然数のことである。100以下の素数は25個あるが、その並びは一見ばらばらである。しかし、そんな素数の並びに何らかの意味があると考え、その法則性を予想したのが、天才数学者・リーマンである。

「ゼータ関数の非自明なゼロ点はすべて一直線上にあるはずだ」。これが1859年に発表された「リーマン予想」である。数学界で別格の超難問とされており、現在でも解明されていない。リーマン予想の証明に多くの数学者が挑もうとも、はねつけられ続けているのだ。

中には、人生を翻弄(ほんろう)され、精神を病んでしまう者もいる。その一人が、ノーベル経済学賞の受賞者でもある、ジョン・ナッシュであった。ゲーム理論の卓越した研究で名をはせたナッシュにも、素数の謎は解けなかった。ちなみに、彼の統合失調症に苦しむ半生が描かれた、映画『ビューティフル・マインド』(アカデミー作品賞受賞)が、2001年に公開されている。

番組後半では、リーマン予想をめぐる「数学」と、原子核や素粒子をめぐる「物理学」との関連性を、熱く議論し始めた研究者たちの語りも紹介される。

「素数と原子核は根底でつながってるのではないか」。それは、数学者のヒュー・モンゴメリーと、物理学者のフリーマン・ダイソンの出会いが発端であった。偶然にも、ゼータ関数のゼロ点の間隔を表す式と、原子核のエネルギーの間隔を表す式が、類似していることに気が付いたのである。

これを受け、数学界のノーベル賞といわれるフィールズ賞受賞者、アラン・コンヌが、数学と物理の深いかかわりを見いだした。それは、量子物理学の記述を大幅に書き換える可能性を秘めた「非可換幾何学」を用いて、素数の謎に切り込むことを意味している。今では、「この幾何学を使って素数の謎が解けるとき、森羅万象の謎を解く万物の理論もまた完成するのだ」と述べる数学者もいるのだという。

私たちの生活に、素数が深くかかわっていることは意外に知られていない。インターネットを介して行われる情報のやり取りに「暗号化技術」は欠かせないのだが、そこに150けたを超えるような大きな素数が、”カギ”として用いられているのだ。それは「巨大な素数は見つけにくい」ということを利用している。しかし、である。もし素数の謎が解け、巨大な素数のリストが一般人も容易に作成できるようになってしまうと、通信における情報セキュリティーは、一気に混乱する。

そこで数学界では、こんなジョークがささやかれている。「もうすでに、NSA(米国家安全保障局)に所属している天才数学者が、リーマン予想も、素数の謎も、解いてしまっている。しかし、通信の安全性を保つため、それを秘密にしている」

素数の謎が解かれないからこそ、安全が担保されているこの情報化社会。その中で、自身の研究者人生を賭け、果敢にリーマン予想に挑み続ける数学者に、学究的挑戦の崇高さを感じずにはいられない。

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