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この本は12人の科学者にスポットライトを当てる。描き出されるのは一人一人のドラマであり、彼らの選んだ研究テーマの面白さである。取り上げた科学者たちの研究フィールドは多岐にわたる。敦煌(とんこう)に観測拠点を置き、黄砂を日中で共同研究した物理学者。南極の氷中に封じられた太古の空気を対象とする研究室。宇宙から小惑星のかけらを持ち帰る小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクト等々。これらは日本の科学者たちが取り組む仕事の、ほんの一端なのだ。
「人はなぜ、科学者になるのだろうか?」。著者はこの疑問を胸に抱く。その上で彼らの子ども時代から科学者を志すまでの軌跡や、研究に従事してぶつかった壁を紙面に描き出した。
読み進む中に多くの本と出合う仕掛けがほどこされている。その仕掛けとは「科学者としての自分に影響を与えたと思う伝記(あるいは評伝)」について、一人一人が話すというユニークな切り口だ。「簪(かんざし)を挿した蛇」「言葉の海へ」「若き数学者のアメリカ」等々、選んだ本へ彼らが持つ感慨から、個々の科学者の人となりが浮かび上がってくる。
大学時代に、宇宙飛行士の伝記を読んだ科学者が出てくる。米空軍の予備士官訓練隊を経て後に宇宙飛行士となった日系人である彼の伝記から、彼を支えた価値観や自らを律する姿勢を知る。そして自らも米国で陸軍の予備士官訓練隊に入隊し、そこでの教育に触れた。かの宇宙飛行士をわが身で理解するために。
科学者一人一人の人生をたどる中で印象深いのは、進路に悩む姿や海外へ留学して模索する時代の様子である。それと同時に、日本の科学者の置かれている環境の厳しさを知らされる。研究を取り巻く国の体制や、研究者という職業の不安定さ、国際協力を不可欠とする研究に影を落とす政治情勢までもが、浮き彫りにされていく。また彼らの知的好奇心や社会問題解決の願望、あるいは他者への共感が発端となり進められている研究プロジェクトが生き生きと示される。
なお読了後は著者と瀬名秀明氏との共著「未来への周遊券」に手を伸ばすことを薦めたい。本書には載せられなかったエピソードが示され、本書で取り上げた研究や伝記に関係する話がさらに楽しめる。