レポート

科学のおすすめ本ー 脳のなかの匂い地図

2010.05.02

神村章子 / 推薦者/SciencePortal特派員

脳のなかの匂い地図
 ISBN: 978-4-569-77650-7
 定 価: 800円+税
 著 者: 森憲作 氏
 発 行: PHP研究所
(PHPサイエンス・ワールド新書)
 頁: 172頁
 発行日: 2010年3月8日

私たちは、毎日たくさんの匂(にお)いを感じ取って生きている。カレーや果物の匂いで食欲がわいたり、アロマの香りでリラックスできたり、腐敗臭を不快に思ったりと、実にさまざまだ。人間だけではなく、動物も同じである。餌や天敵の匂いをかぎ分けたり、雌雄を意識したりする。生まれた川に戻ってくる鮭も、川の匂いをかぎわけていると言われている。

「人は、どのようにして匂いを感じとり、区別しているのか」は、以前から疑問に思われていた。匂い分子が鼻腔(くう)奥にある嗅(きゅう)上皮内の嗅細胞に届いたときに、その刺激を電気信号に変換するメカニズムが解明され始めたのは、実に1980年代である。そして、その匂い分子を直接受け取る「匂い分子受容体」が発見されたのは、1990年代に入ってからだ。この受容体を発見したコロンビア大学のリンダ・バックとリチャード・アクセル両博士は、2004年にノーベル医学生理学賞を受賞している。2004年というと、日本人の小柴昌俊、田中耕一の両氏がノーベル賞を受賞した2年後のことである。

このノーベル賞受賞以降、今日までの約15年間で「人や動物は、匂いをどのように感じとり、脳に伝えるのか」つまり嗅覚神経科学の分野が飛躍的に進歩を遂げた。長年嗅覚の研究に携わっている筆者による、自身や研究仲間が解明した内容の紹介は、具体的であり、この分野が近年いかにスピーディーに進歩していったのかが、よく分かる。匂い分子受容体が一体いくつあるのかも解明されていない状況から、一つの受容体がいくつの匂い分子を受け取るのか、その受容体からの信号の伝達の仕組み、その伝達を担う糸球の分布(匂い地図)の発見、そしてその情報はどのように読み取られていくのか。非常に複雑に思える工程も、とてもシステマティックに成り立っていることに驚かされ、興味がそそられる。多少専門的な用語が使われている傾向があるが、随所に模式図が盛り込まれ、うまくサポートされている。

「匂いを感じる」という、私たちが当たり前のように思っていることが、実はまだまだ解明されていない分野であることに驚かされる。またさらに、誰もが経験のある「特定の匂いを感じる」ことで過去の記憶を呼び覚まし懐かしく感じたり、リラックスしたり、危険を感じたりする感情や記憶とのつながりの解明を、より一層期待させられる良書である。

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