レポート

科学のおすすめ本ー ここに記者あり!-村岡博人の戦後取材史

2010.04.12

推薦者/SciencePortal特派員

ここに記者あり!-村岡博人の戦後取材史
 ISBN: 978-4-00-022901-2 C0095
 定 価: 1,900円+税
 著 者: 片山正彦 氏
 発 行: 岩波書店
 頁: 334頁
 発行日: 2010年3月25日

科学コミュニケーションに関心がある人にも薦めたい本だ。特に科学に限らず社会で起きていることがらに広く目が向いている人には。

ここで生涯一記者として半生が描かれている村岡博人氏は、マスメディアの世界では有名な人だ。東京教育大学(現・筑波大学)時代からサッカーの名ゴールキーパーとして知られ、記者として共同通信に入社後も、日本代表として国際試合に出場したほどのスポーツマンでもあった。

一時期、運動記者として活躍後、社会部記者として大半を送る中でかかわった分野、テーマはさまざまだ。その取材範囲と、人のネットワークの広さ、深さはけた外れである。戦後の有名事件に加え、特に年長の人にはよく知られる著名人が次から次へと登場する。村岡氏自身が、“有名税”を払わされたような話も紹介されている。元社会党委員長の土井たか子氏にあまりに信頼されたため恋人と週刊誌に書かれたり、日本から米国に亡命したソ連の情報機関・国家保安委員会(KGB)の元将校から「協力者だった」と事実上名指しされたことなどなど…。

記者はまず信頼される情報提供者をたくさんつくらなければならない。村岡氏の生き方に、科学コミュニケーションに関心のある人たちも学ぶことは多いのではないか。取材対象が権力を振りかざす人、乱用する人なら嫌われることも辞さない、ということも。

では研究者にとって参考になることはあるだろうか。まず良い師にめぐり合い、同僚、後輩に恵まれるかどうかが、非常に大きな影響を及ぼす。そんな共通面が両者にあることが、ふんだんに盛り込まれたエピソードからよく分かるはずだ。この本の筆者、片山正彦氏も、村岡氏を心底尊敬し氏から多くのことを学んだ後輩記者である。

マスメディア業界は研究者の世界とはまた、だいぶ異なる世界でもある。まず、マスメディアの世界では公平なピアレビュー(研究者仲間による吟味や検証)に相当するものが存在しないか、あったとしてもはなはだ不十分でしかないように見える。村岡氏は悪口や陰口も言われていた、政治家や官僚だけでなく記者仲間からも。そんな事実もこの本は明らかにしている。研究者同士の評価も常に公平だとまでは言えないだろうが、業績を業界内で正当に評価することにかけて、マスコミには問題があることをこの本から読み取ることもできるだろう。研究者間におけるピアレビューのような評価の仕組みが機能していたとしたら、沖縄返還にからむ日米間の密約を最初に記事にした西山太吉・元毎日新聞記者に、もっと多くの支援者が記者の中にいてもおかしくないのでは。そう考える人はいないだろうか。

「記者クラブ制度が諸悪の根源」。したり顔で批判する元記者が結構多い。村岡氏は、外国人や雑誌の記者を締め出している閉鎖性は批判しながら、「知る権利のために団結して当局の情報操作と闘う」クラブの存在価値はきちんと認めていた。マスコミ自体がまず仲間の書いた記事を正当に評価し合える機能を持ち、政策決定者のうそなどには一緒になって闘うべきだ。そんな思いが、氏の主張、行動の根底にあると思われる。

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