レポート

英国大学事情—2010年4月号「高齢学習者に対する英国の大学の取り組み -英国大学協会調査報告書(2010年2月)『Active ageing and universities: engaging older learners』より-」

2010.04.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

【1. はじめに 】

 2008年、英国の大学長の団体である英国大学協会(Universities UK)は英国の人口高齢化に対処するため、今後20年間に高等教育分野の規模や形態がどのように変化していくかを分析した2種類の報告書(1)を発表した。これらの報告書は高等教育分野において大きな反響を呼んだため、同協会はさらなる調査プロジェクトを実施し、2010年2月、英国において増加する50歳以上の高年齢学習者への効果的支援のために「Active ageing and universities:engaging older learners」(2)と題する調査報告書を発表した。

 人口の高齢化は20世紀における最も重要なトレンドの一つであり、今世紀における主要な課題である。2007年、英国における16歳以下の人口が初めて65歳以上の年金受給資格者人口を下回った。英国における50歳から64歳までの人口は、2032年までに2,170万人となると予想され、これは同年齢人口が現在より100万人増えることを意味する。これらのトレンドは、社会的機関が高齢化社会への適応とそれへの支援のための新たな方法を探し出す必要があることを示している。当調査報告書は、そのプロセスに高等教育機関が果たせる貢献と高等教育への需要の変化にいかに対応することができるかを提案している。なお、この英国大学協会報告書は50ページ近くあり、その一部のみを抜粋して紹介する。

【2. 要約 】

  • 21世紀における高齢化は、以下のような要因によって、現在とは異なるものになるであろう。
    • 長寿命化
      英国における65歳男性の平均余命は17.4年、女性のそれは20年
    • 社会意識(social attitude)の変化
      戦後のベビー・ブーム世代による、高齢者への伝統的・典型的イメージの変革
    • 新たな社会的役割
      地域社会およびレジャー活動への活発な参加
    • 雇用に関連した活動の拡大
      自営業(self-employed)、パートタイマー、コンサルタント職の増加
  • 高等教育機関は以下のような役割を担うことにより、高齢化社会への対応にとって重要なパートナーとなりえるであろう。
    • 経済、家庭およびシティズンシップの拡大された役割に貢献することによって、21世紀の新たな形態の高齢化社会の創造への主導的役割を果たす。
    • 定年退職後の20年またはそれ以上の期間の生活を計画している男女を支援する。
    • 各人が持つ知的資産(mental capital)を解き放し、人生の後半における生活の質を高める。
    • 高齢者のために活動する広範囲な専門家やボランタリー・グループを支援する。
  • 50歳以上の人々で、現在でも正式な教育を受けている人は、ほんの一握りである。
    パートタイムの学士コースまたは大学院コースを受講している成人学生数の増加のほとんどは、30歳代または40歳代によるものであり、50歳代の学生数は減少している。
  • 英国では、多くの大学が生涯学習センターや研究所を設置している。これらの多くは、大学による成人教育や継続教育の長い伝統を土台として設置されており、一般市民向けの広範囲な授業コースを提供している。しかしながら、このような授業コースは、フルタームの仕事を定年退職した「第3期年齢層:third age」と名づけられた新たな高齢者世代のニーズや願望を反映する必要がある。
  • 第3期年齢層(third age)向けの非公式な教育機関としては、1972年にボランティア機関としてフランスで始まった「The University of the Third Age:U3A」が有名である。このU3A活動はその後、ベルギー、スイス、ポーランド、イタリア、スペイン、カナダ、米国(カリフォルニア)に急速に広まっていった。1981年にはU3A活動が英国に到達し、ケンブリッジ大学に「Forum for the Rights of Elderly People」が設置された際に、そのコンセプトは大きく変化した。すなわち、それぞれの分野で豊富な経験を持つ高齢者が学習者であると同時に教師にもなったのである。1990年初頭に約150グループあった英国のU3Aは、2008年には670グループ、学習者数19万人と大きく拡大している。
  • 通常の教育機関が高齢者への教育に熱心でなかったこともあり、非公式な学習が大きく拡大している。その一方、継続教育を受けている60歳以上の学習者数は、2005・06年度から2006・07年度にかけて38%の減少となった。
  • 高齢学習者向けの活動として、大学には以下のような4つの道が考えられよう。
    • 教育および自己啓発プログラム
      これらは、既存の成人教育やコミュニティー教育の延長線上にあるが、広範囲かつ細分化された50歳以上の学習者のニーズの中で、新たなタイプのコースや市場を見出す必要がある。
    • 雇用に関連したプログラム
      これらのプログラムは、就業年数の延長という政府の政策への支援ともなろう。
      フルタイムの雇用から、さまざまな形態の自営業に移行する人々を支援するコースの開発は魅力あるものとなろう。
    • 社会的一体性(social inclusion)に関連するプログラム
      多くの高齢者が、教育的および社会的に不利な立場に置かれている悪循環から抜け出せない状況にある。高等教育機関は、地方自治体、コミュニティー・コレッジ、主要な全国的チャリティー機関など共同して、若年層グーループだけでなく、高齢層グループに対しても高等教育の機会拡大に焦点を当てるべきである。
    • 高齢者のために働いている専門家向けのヘルス・ケアおよびソーシャル・ケアに関連したプログラム
      これらのプログラムは、大学やコレッジにおける2年間のファンデーション・ディグリー(foundation degree)や継続専門教育モジュールを通じて、「アクティブ・エージング」を主要な構成要素として提供することができるであろう。
  • 大学において開発できる特定の分野として、以下のようなものが考えられよう。
    • 高齢者のために働くサービス・プロフェッショナルの幹部向けの新たな学士課程カリキュラムの開発
      老年学(gerontology)の学士課程プログラムへの需要は、英国においては未知数であるが、米国においては大きな分野に成長している。
    • ヘルス・ケアおよびソーシャル・ケア従事者向けの専門的訓練に「アクティブ・エージング」を組み入れ
      モジュールの開発
      これは、学士課程プログラムのコアまたは選択性のモジュールとすることもできるし、継続的職能開発(CPD)の一環としても考えられる。
    • 高齢者向けのアウトリーチ・プログラムの開発
      これは、継続教育コレッジとのパートナーシップとして、または地域コミュニティー内の大学の新たなセンターの特色としても考えられよう。
    • 高齢者の多い地域における、退職者向けの学習センターまたは研究所の開設
      これらは、NHS(国営医療制度)のプライマリー・ケア・トラスト、継続教育コレッジまたは地方自治体などとの共同事業としても考えられよう。また、健康促進と教育の問題を組み合わせることもできよう。
    • 人生の後半における、新たな形態の市民参加活動を支援するための教育プログラムの開発
      環境市民権(environmental citizenship)および人権やコミュニティー・アクションに関する法律の学習などが、特にベビー・ブーム世代には魅力がある分野であろう。
    • 地域開発エージェンシー(Regional Development Agency)と共同した、雇用主との共同助成による高齢就労者向けの訓練プログラムの開発
      これは、景気後退期に直面して、就労者向けの訓練機会が減少している現在においては特に重要であろう。
    • その多くが職種や仕事を変更するために特別の訓練を必要とする、50歳以上の自営業者をターゲットとする。
    • 「Age UK」やその他のボランティア団体とパートナーシップを組み、人生の後半における社会的疎外(social exclusion)の問題に焦点を当てた教育プログラムの開発
      政府やその他のエージェンシーとの共同助成による開発も一つの方法であろう。
      高齢者や退職を目前にした年齢層の中の新たな社会的グループを組み入れるための画期的プログラムの開発が重要となろう。
    • 「エージング」を学問の発展のためのニーチ分野として開拓するだけでなく、高齢者への授業を研究の重点と結びつける。

【3. 統計資料 】

【英国の高齢者人口の増加予測】

(National Populations Projections 2006-based.Office for National Statistics 2008のデータを一部編集した)
(National Populations Projections 2006-based.Office for National Statistics 2008のデータを一部編集した)

【仕事に関連した訓練を受けている英国の就業者】

(2008年)(Social Trends 39 Office for National Statistics 2009)
(2008年)
(Social Trends 39 Office for National Statistics 2009)

*筆者注:現在、英国の公的年金支給は女性60歳、男性65歳であるため、上記のデ-タは男女で分けて標記されている。

【英国における年齢別・初年度学生数(大学院研究学生を除く)】

(2007・08年度)(HESA Student record 1998/99 to 2007/08の一部抜粋)
(2007・08年度)
(HESA Student record 1998/99 to 2007/08の一部抜粋)

【40歳-49歳の学生の専攻するコース:トップ5】

(2007・08年度)(HESA Student record 1998/99 to 2007/08)
(2007・08年度)
(HESA Student record 1998/99 to 2007/08)

【50歳以上の学生の専攻するコース:トップ5】

(2007・08年度)(HESA Student record 1998/99 to 2007/08)
(2007・08年度)
(HESA Student record 1998/99 to 2007/08)

【高齢学習者のモチベーション】

(現在および最近の学生への調査結果)(Aldridge and Tuckett,2007.)
(現在および最近の学生への調査結果)
(Aldridge and Tuckett,2007.)

【4. 生涯学習センタ-または研究所を持つ英国の大学事例 】

  • University of Aberdeen, Center for Lifelong Learning
    高等教育への広範囲のアクセスを促進している。大学内の学校やコレッジとの連携活動と共に、外部組織とのパートナーシップを組んだ取り組みを行っている。
  • Birkbeck Institute for Lifelong Learning
    同研究所はロンドン大学継続教育学科の一部であり、アカデミックス、政策およびコミュニティーの間を橋渡しする生涯学習の新たな研究方法を促進するとともに、特に生涯学習の授業法に焦点を当てている。
  • Cardiff University, Centre for Lifelong Learning
    南東ウェールズ地区の約100箇所において、約700の生涯学習コースを提供している。企業や公的機関のスタッフおよび個人向けの継続職能訓練も実施している。
  • University of Edinburgh, Office of Lifelong Learning
    パートタイム・コースや短期コースを提供しており、学習を再開したい地元民や技能研修のためのプロフェッショナルなど、毎年、約1万2,000人が受講している。
  • University of Hull, Centre for Lifelong Learning
    例えば、自信の付け方、プロジェクト・マネージメント、家族の歴史、心理学、ギリシャ語、ロシア語など、幅広い短期コ-スを提供している。これらの授業は、同地域内のさまざまなセンタ-を利用して実施される。
  • Lancaster University, Department of Continuing Education
    特に高齢者向けのさまざまな短期コースを提供しており、その中には自宅に居ながら学習できるコースも含まれている。
  • University of Leicester, Institute of Lifelong Learning
    成人教育、職能訓練や教育研究を含む広範囲な活動を行っており、スペシャリスト向けのコースと共に正式な資格コースも提供している。通信教育によるパートタイムの学位、ディプロマまたはサーティフィケートのコースを受講することもできる。

【5. 筆者コメント 】

 当調査報告書の発表時に出された英国大学協会のプレス・リリースによると、現在、英国では約13万人の50歳以上の学生が大学またはコレッジに在籍しており、その上、日本の放送大学に近い通信教育を主体とした「オープン・ユニバーシティー」に在籍している約18万の学生のうち、約2万9,000名が50歳以上の高年齢学生である。しかしながら、50歳以上で現在でも正式な教育を受けている人は、まだほんの一握りである。高齢化が進むにつれ、定年退職後の生活の質を高めるために、高齢者向けの学習の重要度はより高まっていくと思われる。

 日本でも高齢化社会が急速に進んでいるため、大学などの社会的機関には高齢化社会への適応およびその支援という新たな役割が、今後一層求められていくことになろう。このほかに、定年退職後のいわゆる第3期年齢層(third age)向けの「The University of the Third Age:U3A」のような、大学やコレッジによる正規の学習形態ではない、高齢者向け学習方法も人気が高まってくるであろう。現に、2008年の英国のU3Aは670グループ、学習者数19万人であったのが、現在では753グループ、学習者数約23万人と大きく拡大している。

注釈)

  • *1 2種類の報告書:http://www.universitiesuk.ac.uk/Publications/Pages/Publication-282.aspx
    http://www.universitiesuk.ac.uk/Publications/Pages/Publication-286.aspx
  • *2 Active ageing and universities:engaging older learners:執筆者はキール大学のChris Phillipson 教授とJim Ogg博士

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