レポート

英国大学事情—2010年2月号「イングランド高等教育助成会議(HEFCE)の活動概要」

2010.02.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

【1. はじめに 】

 英国の高等教育機関に対する公的助成は、イングランド、スコットランド、ウェールズ地方の各高等教育助成会議(Higher Education Funding Councils) 経由の教育費、研究費、設備投資資金などの運営費交付金と、7つの研究会議(Research Councils)経由のプロジェクトごとの研究助成金に大別され、「二元的公的助成方式:Dual Funding System」と呼ばれる。

 2009年-2010年度において、イングランド高等教育助成会議(Higher Education Funding Council for England : HEFCE)は年間約79億ポンド(1兆2,640億円(注1))、スコットランド助成会議(SFC)は年間約17億ポンド(2,720億円)、ウェールズ高等教育助成会議(HEFCW)は年間約4億4,000万ポンド(704億円)の公的助成を行っている。北アイルランドにおける高等教育機関への公的助成に関しては、北アイルランド自治政府の雇用・学習部(DELNI)が同地域の高等教育機関向けに年間約2億ポンド(320億円)の助成をしている。

 高等教育助成会議経由の運営費交付金は、研究や教育の質の公的評価や学生数、地方の物価水準、授業コースの経費などを基に決定された後、各学長に使途を一任された一括助成金(ブロック・グラント)の形で各高等教育機関に配分される。研究会議(リサーチ・カウンシル)経由の研究助成金は、主に公募形式で採択されたプロジェクトごとに、研究会議から高等教育機関を通じて研究者に支給される。

 イングランド高等教育助成会議を初めとした各高等教育助成会議は、従来はポリテクニックと呼ばれていた高等教育専門学校の多くが1992年に大学に昇格したことに伴い、従来は大学向けとポリテクニック向けに分かれていた公的助成制度を統一するために新設され、1993年以来、英国の高等教育機関向けの公的助成を担当している。

 三つある高等教育助成会議のなかで、イングランド高等教育助成会議の規模が圧倒的に大きく、約130の高等教育機関への助成を担当している。2009年11月、イングランド高等教育助成会議は「Investing for successful futures」と題する、その活動概要をまとめたガイドブックを発行した。イングランド高等教育助成会議は英国の高等教育制度の中で非常に大きな位置を占めているため、今月号では同ガイドブックの中から、イングランド高等教育助成会議の活動概要を抜粋して紹介する。なお以下のレポートでは、イングランド高等教育助成会議をすべてHEFCEという略称で表記する。

【2. 役割と設置形態 】

A) 役割

  • イングランド地方の高等教育機関による教育および研究への助成
  • 高等教育進学層の拡大
  • 企業、チャリティー機関およびコミュニティーとの協働による、高等教育の経済的および社会的貢献度の向上

B) 設置形態

 HEFCEは、英国では非省庁公的機関(Non‐Departmental Public Body:NDPB(注2))と呼ばれる形態の公的機関である。このためHEFCEは、高等教育機関における教育および研究に関する適切な自治を確保するため、政府と高等教育機関の間の仲介役としての役割も担う。高等教育機関への公的助成の総額は政府によって決定されるが、各高等教育機関への配分額は、HEFCEによる教育や研究への公的評価のほかに、学生数、機関の所在地の物価水準、研究設備などの追加的経費を必要とする授業コースなどを勘案した計算方式を加味して算出される。このHEFCEによる公的評価は助成金の配分のためだけではなく、高等教育機関の質の維持や向上の役割も担っている。また、HEFCEは高等教育機関における助成金の使途や効率的利用を監督する立場にある。

C) 体制

 HEFCEは240人のスタッフを擁し、その本部はイングランド西部のブリストル市に置かれており、ロンドン市内に支所がある。2009年‐2010年度の年間予算は1,950万ポンド(約31億円)で、HEFCEの約79億ポンドの助成総額の0.24%にあたる。

【3. 助成 】

 HEFCEは現在、イングランド地方の88の大学を含む130の高等教育機関への助成のほかに、125の継続教育コレッジにおける高等教育授業コースへの助成を実施している。各高等教育機関への助成金の実際の配分は教育や研究などのための助成金をまとめて一括して各高等教育機関に配分されるため、ブロック・グラントと呼ばれ、原則的にその用途は各大学の学長の裁量に任せられている。なお、英国の大学および高等教育コレッジは、すべてチャリティー機関の形態を持つ独立法人であり、その具体的な法人形態は各高等教育機関の設立の歴史を反映したものとなっている。

【HEFCEによる助成金の目的別配分額】

【HEFCEによる助成金の目的別配分額】2009-2010年度
2009-2010年度

【HEFCEが助成する高等教育機関の財源の内訳】

【HEFCEが助成する高等教育機関の財源の内訳】2007年-2008年度(出典:HESA Finance Statistics Return 2007-08、HEFCE-funded HEIs)
2007年-2008年度(出典:HESA Finance Statistics Return 2007-08、HEFCE-funded HEIs)
  • 上記の各比率は四捨五入しているため、合計は100%ちょうどにはならない。

【4. 学習・授業への投資 】

 各サンドピット・ワークショップには1人のディレクターがいて、トピックスの選定と討論の司会を行う。サンドピットは詳細な技術的議論をする集中型イベントであるため、息抜きのために非公式なネットワーキング活動も催される。なお、グループ・ダイナミックスと継続的な評価を重視するために、ワークショップ中の途中参加や退席は許可されない。実際のワークショップは、以下のようなプロセスで実施される。

  • HEFCEはブロック・グラント以外に、授業用施設や設備の更新のために、2008年-2011年には10億8,600万ポンド(1,738億円)の支出を計画している。
  • HEFCEは、授業のステータスと学生の学習経験の向上を目指すために設立されたHigher Education Academyへの助成も行っている。同アカデミーは、24の科目別のセンターを通じて、異なる科目の学習や授業へのガイダンスをしている。
  • HEFCEは高等教育機関における授業の質を評価・維持する義務も負っており、その評価作業をQuality Assurance Agencyに委託している。
  • HEFCEでは、近年減少傾向が続いていた科学、技術、工学、数学(STEM)学科への入学者数の増強に力を入れてきたが、最近では改善傾向が見られるようになってきた。2007年‐2008年度に比べ、2009年-2010年度の数学科への入学者は16.8%増、物理は10.7%増、化学は1.3%増となった。
  • 2009年度の全国学生調査に回答を寄せたイングランド地方の192,500人の学生のうち、81%が授業コースの質に満足しており、65%が学習の評価やフィードバックに不満はないとコメントした。

【5. 高等教育進学層の拡大と公平なアクセスへの投資 】

  • 2006年度の貧困地域からの高等教育進学率は1998年度に比べて4.5%増加した。また、公立学校からの進学者数の割合も、1997年度の81.0%に比べ、2006年度には87.2%と増加した。
  • 2009年-2010年度において、HEFCEは高等教育進学層の拡大のために1億4,100万ポンド(226億円)の予算措置をとった。
  • 2010年-2011年度において、イングランド地方の大学やコレッジは授業料収入の中から約3億5,000万ポンド(560億円)を奨学金やスカラーシップに振り向ける予定である。

【6. 研究への投資 】

  • 2009年-2010年度において、15億ポンド(2,400億円)強のHEFCEの研究助成予算総額の約3分の2がResearch Assessment Exercise(RAE)と呼ばれる公的研究評価の結果に基づき配分された。残りの約3分の1は大学院の研究学生への指導助成金、チャリティー機関や企業から委託を受けた研究への補助金および研究図書館への助成などに向けられた。
  • 2008年に実施された直近の公的研究評価(RAE2008)のために、各高等教育機関からHEFCEに提出された研究実績の54%が、世界を主導する(world-leading)または国際的に卓越している(internationally excellent)と評価された。
  • 2009年-2010年度において、HEFCEによるイングランド地方の高等教育機関向けの研究助成金の27%が4つの高等教育機関に、50%が11の高等教育機関に、75%が25の高等教育機関に配分された。
  • HEFCEは全学問領域の研究を支援するとともに、研究者の発案によるブルースカイ・リサーチと直ちに実用化につながる研究との間のバランスの促進に努めている。
  • HEFCEは研究能力のさらなる充実のために、各研究会議や政府との連携活動を実施しており、その一例として、研究者による情報へのニーズの理解と情報提供の促進を目的とする「Research Information Network」の設置が挙げられる。
  • HEFCEは、その所管省であるビジネス・イノベーション・技能省(BIS)との共同イニシアティブとして、高等教育機関による長期的研究戦略を支援するため、「Research Capital Investment Fund(注6)」を立ち上げ、2008年から2011年までに12億7,600万ポンド(2,042億円)を助成する計画である。

【7. 経済への投資 】

  • HEFCEは今回の景気後退期に、高等教育機関が企業や個人のニーズに素早く対応できるように、高等教育機関と共同でマッチング・ファンド方式の「Economic Challenge Investment Fund」を立ち上げた。当ファンドは、HEFCEからの2,700万ポンドの助成と高等教育機関によるマッチング金額の3,100万ポンドを合わせると合計5,800万ポンド(93億円)の規模となり、景気後退によって打撃を受けたグループへのテーラー・メードの訓練コースや専門家による支援を行っている。
  • 2008年-2011年の第4次「Higher Education Innovation Fund」は3億9,600万ポンド(634億円)の予算で、高等教育機関による知識移転活動を中心に広範囲な経済的・社会的利益への貢献活動を支援している。
  • 現在では、高等教育機関が専門知識や経験などを企業や地域コミュニティーに提供することによって、年間20億ポンド(3,200億円)を超える収入を得るまでになっている。また近年、高等教育機関の知識交流(knowledge exchange)による収入も年間12%の増加を示している。
  • 外部組織とアカデミックス個人との交流の74%は両者の直接的なつながりから始まっており、高等教育機関の知識交流オフィスを通じて始まった交流は13%に留まっている。76%のアカデミックスが、勤務先の高等教育機関において知識交流に対する好意的なカルチャーがあると回答している。
  • HEFCEが「Higher Education Innovation Fund」を通じて助成した1ポンド当たりにつき、各高等教育機関はその4.9倍から7.1倍の経済的または社会的価値を生み出したと推測される。

【8. 投資の持続性 】

  • 現在HEFCEでは、炭素排出量を1990年比で2020年までに34%削減、2050年までに80%削減という国家目標に対して、高等教育機関が貢献すべき活動戦略を策定中である。
  • 2007年-2008年度において、調達活動の効率化は高等教育機関に合計約1億ポンド(160億円)の追加的経費削減をもたらしたと推定される。
  • 高等教育機関の炭素排出量を削減するための助成制度として、HEFCEはSalix Finance社とのパートナーシップによって「Revolving Green Fund」を立ち上げ、3年間で3,000万ポンド(48億円)の助成を開始した。
  • 高等教育機関は2003年から2007年の間に、学生一人当たりの炭素排出量を合計で4%削減し、廃棄物の再利用率を127%増加させている。

【9. 筆者コメント 】

 昨年の金融危機の端を発した景気後退に伴う英国政府の財政赤字幅の大幅拡大を受けて、ここにきてイングランド地方の大学はHEFCEからの助成金の削減に直面することになった。2009年12 月に行われた財務大臣による2010年度の予算編成方針(Pre-Budget)演説で、高等教育への公的助成は2011年から2013年の2年間で6億ポンド(960億円)の削減目標が表明された。

 このほかに2009年12月末には、HEFCEを所管するビジネス・イノベーション・技能省(BIS)大臣は、2010年-2011年度のHEFCE予算に対して、既に発表されていた効率化による節減の1億8,000万ポンド(288億円)に加え、新たに1億3,500万ポンド(216億円)のさらなる節減を通達した。この1億3,500万ポンドの削減目標の内訳として、8,400万ポンド(134億円)の設備投資の削減および5,100万ポンド(82億円)の教育経費の削減が提示された。

 2009年12月31日付けの英国高等教育専門誌「Times Higher Education」は、HEFCEの助成金の削減は今後3年間で合計9億1,500万ポンド(1,464億円)に上り、これは3年間で12.5%の助成金削減となるとの試算を紹介している。単純計算すると、イングランド地方の高等教育機関の収入の約35%を占めるHEFCEの助成金が今後3年間にわたり、1年間で約4%の削減となり大きな打撃となるであろう。主に教育経費と設備投資への助成が削減されるが、研究助成に関してはインフレ率調整済みで現状の助成規模が維持されることになり、英国政府の研究開発重視の姿勢が現れている。

 英国の大学は、これまでも共同購入コンソーシアムの結成や事務の効率化などを通じて経費削減に努力してきているが、今後は一層の業務の効率化とともに、留学生からの授業料収入や大学基金への募金活動の拡大、企業やチャリティー機関からの委託契約の促進等のさらなる努力をすることになろう。授業料については、数年前に年間3,000ポンドを上限に、各大学の裁量によって独自に決定することができるようになり、現在ではインフレ率を加味した3,225ポンド(51万6,000円)が上限である。多くの大学が既にこの上限額の授業料を徴収しており、最近では、特に有力大学を中心として現行の2倍近い5,000-7,000ポンドへの上限額の拡大を要求している。2010年5月に予定される総選挙で、現在、勝利が有力視されている保守党の新政策が注目される。

注釈)

  • *1 ポンド:1ポンドをすべて160円で換算した。
  • *2 Non‐Departmental Public Body:NDPB: 「NDPB」は、省庁組織の一部であるが業務の遂行に一定の独立性を持つ「エグゼキュティブ・エージェンシー」とは異なり、省庁組織の一部ではなく、政府からは一定の距離を置いた独立性を持つ公的機関である。NDPBの職員は非国家公務員。
  • *3 6,861(1兆978億円)ポンド: TDA(Training and Development Agency for Schools)およびLSC (Learning and Skills Council) からの小額のグラントを含む。
  • *4 留学生:英国およびEU域内以外からの留学生
  • *5 英国チャリティー機関:主にWelcome TrustやCancer Research UKなどの大型チャリティー機関からのバイオサイエンスを中心とした研究助成金
  • *6 Economic Challenge Investment Fund:従来の「Science Research Investment Fund」が、このRCIFに置き換わった。

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