レポート

英国大学事情—2009年9月号「大学の継続職能研修(CPD)コース」

2009.09.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

【1. はじめに 】

 英国では学部および大学院を含め、以下の表のように、仕事をしながらパートタイムで大学に学ぶ学生は90万人を超えており、近年その数は増加傾向にある。パートタイム学生の中には、学位や資格(Certificate/Diploma)の取得を目指す学生や短期コースを含む仕事に直結する継続職能研修(Continuing Professional Development:CPD)を受けている学生も含まれる。英国の大学は教育活動の一環として、企業や公的機関のスタッフ向け継続職能研修を広範囲にわたり行っており、政府もその活動を支援している。今月号では、英国の大学による継続職能研修(CPD)コースの事例を紹介する。

【英国の大学生数】

(出典:Universities UK/HESA)
(出典:Universities UK/HESA)

【2. ヨーク大学「トレーニング・ゲートウェイ」 】

 2008年、イングランド高等教育助成会議(HEFCE)は継続職能研修を予定している企業や個人への便宜を図るため、多くの大学が実施している各種継続職能研修(CPD)コースにアクセスできる「ワン・ストップ・ショップ」としての「ゲートウェイ」の設置を計画した。公募を経て、ヨーク大学に全国の大学が提供する継続職能研修コースへのアクセスをカバーする「トレーニング・ゲートウェイ」が新設された。

 ヨーク大学「トレーニング・ゲートウェイ」にアクセスすることによって、英国全土の大学が提供する以下の分野の10万以上の継続職能研修コースの中から、ニーズに最適なコースを選択できるようになった。

  • リーダーシップ/マネージメント ・健康/衛生 ・公的機関向け訓練
  • コミュニケーション/デザイン ・科学技術 ・エンジニアリング/建築
  • ITなど

 CPDコースの希望者が「トレーニング・ゲートウェイ」にアクセスして、希望する職能研修のニーズを入力すると、ゲートウェイの専門家は全国の大学の中から最適なコースを48時間以内に選択してコース担当者に連絡を入れ、連絡を受けた大学はEメールで問い合わせ者に直接返信を出すシステムになっている。なお、このヨーク大学の「トレーニング・ゲートウェイ」は、Times Higher Education誌主催の2008年度高等教育賞の「Outstanding Employer Engagement Initiative」部門賞を受賞しており評判が高い。

 英国では、企業や公的機関が大学のもつ知識と経験をうまく活用しており、今月号ではヨーク大学の「トレーニング・ゲートウェイ」に掲載されている、多くの英国の大学によるCPDコースの事例を紹介する。

【3. 大学によるCPDコースの事例 】

  • バーミンガム大学「地方自治体向け研修コース」
    バーミンガム大学の地方自治体研究所(The Institute of Local Government Studies)は、地方自治体の管理職や議員のための主導的研修機関の一つであり、28人のフルタイムの教師陣のほか、多くのアソシエートや支援スタッフを抱えている。同研究所は、国の最新の政策に関する講義と共に、以下のような実用的な問題解決方法を提供する。
    ・広範囲のソーシャル・ケア・スタッフのためのリーダーシップ・スキルの研修
    ・地方自治体の上級管理者向けの研修コース
    ・地方自治体の議員向け短期特別研修コース
    ・パートタイムの公共サービス・ディプロマ、マスターおよびMBAコースなど
  • バーミンガム大学「NHSマネージメント・トレーニング」
    バーミンガム大学のHealth Service Management Centre (HSMC) が提供する、国民医療制度(National Health Service: NHS)の管理者向け研修コースは、受賞歴もある、定評のあるコースである。2009年、同センターは地域のいくつもの病院を運営する各NHSトラストのディレクター向けリーダーシップ研修の提供機関にも選ばれた。2010年までには、過去10年間に同センターで研修を積んだNHSのマネージャー数は約1,000人に達すると予測されている。
  • バーミンガム大学「公共サービスMBAコース」
    1990年に設置されたバーミンガム大学の「公共部門MBA」コースは、英国における最初の公的機関のスタッフ向けを専門とするMBAコースである。当コースはフルタイムまたはパートタイムで、英国の警察機構、国民医療制度(NHS)機関、地方自治体、チャリティー機関または日本や中国などの外国政府のスタッフの研修を行っている。
  • バーミンガム大学「中国上級官吏向け公共サービス研修」
    2007年夏、中国の武漢から22人の上級官吏がバーミンガム大学の公共政策学科が主催する6週間の夏期講座に参加し、同学科の講義を受講したほかに、地方自治体、NHS運営の病院、学校、ボランティア団体、自動車工場などの視察を行った。参加者は武漢歴史アカデミー、武漢市金融局、科学技術協会の勤務者など、広範囲に及ぶ。
  • ヨーク大学「中小企業向けIT研修コース」
    ヨーク大学の「ITアカデミー」は過去4年間、中小企業に対するIT研修を行ってきた。当研修コースは、市販のソフトウェアの研修のほかにカスタム・メードのソフトウェアの研修まで幅広い。2007年、同ITアカデミーはLearning and Skills Councilから建築、生命科学、旅行業、食品業界向けのIT技能を支援するための公的助成金を受け、同地域の150社以上の中小企業のIT技能の聞き取り調査を実施し、その中から60社以上のIT技能の分析を行った。この分析を基に、各企業のニーズに合うように研修コースが改良され、それらの企業に対するIT研修がITアカデミーや企業内で実施された。
  • ヨーク大学「公務員向けeラーニング・コース」
    ヨーク大学は雇用年金省(DWP)と共に、公的機関マネージャー向けの政策、管理、行政などに関するeラーニングを利用した通信教育による大学院コースを開発した。現在、雇用年金省の100人以上のマネージャー・クラスのスタッフが、熟練のオンライン講師によるコースに参加している。
  • オックスフォード大学の継続教育コース
    オックスフォード大学・継続教育学科の「中国向けリーダーシップ」プログラムは過去7年間にわたり、1,000人以上の中国の政府、メディア、起業家および大学関係者などの研修を実施してきた。また、同学科はアフリカの多くの高等教育機関とも関係を持ち、最近ではアフリカの研究者に科学訓練コースを提供している。
  • LSE「金融機関幹部向け訓練コース」
    LSE(London School of Economics)は世界トップクラスの銀行から、グローバル・ビジネス・ユニットのための1週間の特別研修コースの開発を依頼され、LSEの知識移転部門であるLSE Enterpriseがその研修を請け負った。研修コースには、同銀行の世界中の拠点から1週間ごとに各50人の幹部社員が集まり、LSEの経済学や社会科学の教授、ITや企業戦略の専門家による研修を受けた。
  • グリニッチ大学「病院勤務の病理医のためのオンライン研修」
    病院の検査部門勤務の病理医は、DNA検査技術、患者のケア、院内感染の管理など、常に最新情報を入手しておく必要あるが、業務多忙のために研修に行く時間が取れない状況にある。これに対処するため、2002年、17病院の病理医部門、Health protection Agencyとグリニッチ大学が「BioMed Online Learning Consortium」というパートナーシップを結成した。現在まで、専門資格や最長6年をかけて修士号を取得できる修士課程向けに12のeラーニング・コースが開発された。
  • グラスゴー・カレドニアン大学「The Howden Academy」
    スコットランドに本拠を置くHowden社は、16カ国に3,500人の従業員を抱える、電力や石油化学業界など向けの機器を製造する企業である。同社はグラスゴー・カレドニアン大学と共同で、新規採用の大卒のエンジニアを同社に役立つエンジニアに早く育て上げることを目的に、2008年、同大学内に「The Howden Academy」を設置した。コースは「Howden organisation」、「Howden market」、「Howden product」、「Howden job role」というような17ユニット、77訓練モジュールに分かれており、将来的には、同社のすべての製品と職務は同アカデミーのカリキュラムによってカバーされる予定である。
  • カーディフ大学「保険会社スタッフへの医学知識研修」
    カーディフ大学のビジネス・ディベロップメント・チームは、2002年から大手保険会社のLegal&General社の医療保険および医療保険査定担当者向けに専門的医学知識の研修コースを提供している。当初は、保険金支払いのリスク評価を改善するための医学知識の訓練が主体であったが、近年では専門的医学分野に関する知識の訓練に重点が移ってきている。この訓練によって、専門医師の判断を仰ぐケースが減少し、時間と経費の節減につながっている。
  • ロンドン大学・東洋アフリカ研究学院(SOAS)「BP社マネージャー向け研修」
    BP社の中近東・パキスタン地域の新任責任者となったA氏は、中近東の知識がほとんどなかったため、ロンドン大学の東洋アフリカ研究学院(SOAS)で同地域の歴史、経済、政治、宗教、文化、エチケットなどに関するマン・ツー・マンの研修を受けた。講義のほかに、SOASが持つ大学外の中近東・パキスタン地域の人脈による、ビジネスに役立つ実用的な訓練も行われた。
  • バッキンガム・ニュー大学「群集の安全管理コース」
    当コースは、各種イベントなどにおける群衆の安全管理(Crowd Safety management)のための2年間の准学士課程(Foundation Degree)コースであり、パートタイムの通信教育による研修コースである。当コースの主な受講者は、スポーツ観戦マネージャー、地方自治体のイベント・ライセンス・マネージャー、旅行安全管理者、フェスティバルやコンサートのプロモーター、警察官、衛生・安全管理者などである。
  • ウェストミンスター大学「中国政府のメディア担当者への研修」
    急速な中国経済の発展と北京オリンピックの開催により、中国政府のメディア担当者は西洋諸国のメディアに対する理解を深める必要が出てきた。それに伴い、ウェストミンスター大学では「中国メディア・センター」を新設し、360人の中国の上級メディア担当者に8コースの研修を実施した。当研修は、清華大学と英国外務省のPublic Diplomacy Challenge Fundとのパートナーシップの下に、英国および中国で実施された。研修内容は、ウェストミンスター大学の専門家による講義とワークショップ、英国のトップクラスのメディア担当者によるメディアへの対応方法に関するブリーフィング、BBCへの訪問、中国語を理解する英国のジャーナリストとのネットワーキングなど、広範囲に及んだ。
  • ウェストミンスター大学「デジタル・メディア産業における知識の共有」
    急速に変化しているデジタル・メディア産業においては、伝統的な研修方法とは異なる、同業者や業界のリーダーとの定期的な対話による研修へのニーズが出てきている。これに対応するために、ウェストミンスター大学ではデジタル・メディア企業のスタッフが集まって意見やアイデアを交換し、それらを共有できる場として「New Media Knowledge」というハブを設置した。実際の訓練は、非公式なイベント、パネル・ディスカッション、コンファレンスや短期研修コースによって行われる。New Media Knowledgeのネットワークの一員になることによって、最新の業界動向や多くの経験を積んだ業界のエクスパートの意見を聞くことができるとともに、フレキシブルな研修プログラムを受講することも可能である。
  • ニューキャッスル大学「環境エージェンシー向け地下水汚染に関する研修」
    ニューキャッスル大学の土木工学・地球科学学科は、1日または5日間の短期コースや資格取得コースなど、広範囲の社会人向けのCPDコースを設けている。「地下水化学と汚染」コースは、同学科が公的機関である環境エージェンシー向けに、同エージェンシーと共に特別に開発したコースであり、最初の1年間で最大40人のスタッフの研修を実施する予定である。
  • キングストン大学「小規模なオーナー経営企業向けの研修」
    キングストン大学は、小規模なオーナー経営企業向けの「The Enterprising Business Award」と名づけられたCPDコースを開発した。当コースは、毎月1回6カ月間にわたり約10人の小規模なオーナー企業経営者に対して、当該企業の顧客層と市場での位置、利益とキャッシュ・フロー、環境ノウハウと知的財産権、チームのマネージメント、ビジネス・プロセスやオペレーションなどに関する研修を行っている。当コースの参加者は、理論を学ぶほかに同じような環境の経営者との対話ができることを高く評価している。

【4. 筆者コメント 】

 いろいろな大学の事例を紹介したが、これらはほんの一部であり、企業や公的機関が英国の大学のもつ知識と経験をうまく活用している様子がうかがえる。日本の多くの企業や公的機関では自前で訓練するところが多いと思われるが、英国では、企業の従業員や公務員への継続職能研修(CPD)に、民間の研修機関と共に大学が大きくかかわっている。

 紹介した事例では、教育重視型の大学と共に、研究重視型と見られるオックスフォード大学やヨーク大学などのトップクラスの大学も外部へのCPD活動を行っている。これは大学の収入増というメリットもあるが、大学の社会貢献や社会との連携活動の一環でもある。

 ウェストミンスター大学はデジタル・メディア産業の情報交換の場を提供し、キングストン大学でも小規模企業のオーナー経営者向けの研修と共に、同様な環境の経営者同士が対話できる場を提供しており、大学がハブ機能を果たしていることがうかがえる。

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