2009年5月7日に2010年度の大統領予算教書が発表された。通常、予算教書は2月の第1月曜に発表されるが、本年度は大統領選挙が行われたことから、2009年度予算の確定が3月までずれ込んだ。そのためオバマ大統領は、2月に予算の概要だけを発表し、具体的な予算案の発表は5月まで遅れた。
科学技術政策局(OSTP)が発表した連邦政府研究開発予算案(注1)によると、2010年度は2009年度から0.4%増(5.55億ドル増)の1,476億ドルを研究開発に配分するとしている。これは、2009年度歳出法および景気回復再投資法による研究開発バブルに沸いた大統領就任直後の状況から鑑みると、物足りない額である。しかしこの背景には、景気回復再投資法により政府の財政赤字が大幅に増えたことから(2009年度財政赤字18,410億ドル、対GDP比12.9%)、その赤字を減らす必要があり、科学技術だけ投資を増強することは難しいといった現状がある。そのため全体の政府負担研究開発費は前年度と同程度としながら、非軍事研究開発を3.5%増に、そして軍事研究開発を2%削減と、研究開発費の取捨選択を行うといった方針が顕著に示されたことは、特筆すべきであろう。ただし、これから議会での審議を経ることから、今後、軍事研究開発に予算が追加される可能性は高い。
省庁別の研究開発費をみると、国立科学財団(NSF)が対前年度比9.4%増(4.55億ドル増)の53.1億ドル、エネルギー省(DOE)が1.1%増(1.19億ドル増)の107.4億ドル、国立標準技術研究所(NIST)が15.8%増(8,700万ドル増)の6.37億ドル、国立衛生研究所(NIH)が1.5%増(4.36億ドル増)の301.8億ドル、航空宇宙局(NASA)が10.0%増(10.4億ドル増)の114.4億ドルである一方で、国防省(DOD)は2.4%減(19.3億ドル減)の796.9億ドルとなった。なおNASAは、2009年度の研究開発予算が削減されたため、2010年度は対前年度比10%の大幅増となったが、2008年度から比較すると2.3%増と、さほど上げ幅は大きくない。DODは、主に兵器の開発の予算が削減されている。
連邦政府研究開発予算案では、重点分野として「米国の繁栄のための科学への投資」、「次世代クリーンエネルギー」、「すべての米国人の健康な生活」、「安全・安心な米国」の4つが設定された。また「科学・技術・工学・数学の教育(STEM教育)」および「技術プログラム」も重要な取り組みとして示されている。
「米国の繁栄のための科学への投資」では、2016年までに基礎研究を担う主要機関であるNSF、DOE科学局、NISTの予算を10年間で倍増という、ブッシュ大統領の大統領競争力イニシアティブおよび米国競争力法の方針を踏襲し、6.1%増(7.31億ドル増)の126億ドルを、これらの3機関に配分している。またハイリスク・ハイリターン研究や若手の研究者の育成に係るプログラムを増強しており、例えばNSFでは、ハイリスク・ハイリターン研究(NSFではトランスフォーマティブ研究と称している)を支援するための方法を探究する費用として、各分野局に対し200万ドル程度を配分したり、また大学院生への研究奨学金(GRF)の対象を2013年までに3,000人に拡大(現在、1,000人程度に提供)するとしている。
「次世代クリーンエネルギー」には、景気回復再投資法により総額310億ドルという巨額の追加投資があったことから、クリーンエネルギーへの転換が加速しており、例えば風力発電は、2012年に当初の予定の倍の数が設置されるといった状況にある。研究開発においては、クリーンエネルギーにかかわる人材を1万人育成するプログラム、主に目的型基礎研究を推進する46のエネルギーフロンティアセンター、そして商業化を目的とした材料・装置・システムを開発する8つのエネルギーイノベーションハブ(注2)を立ち上げるなど、包括的な取り組みを実施する方針である。
「すべての米国人の健康な生活」では、研究への投資のアウトカムを高めることを重視しており、また2009年度から開始した希少・未対応疾患治療イニシアティブも継続して実施するとしている。そのほかにも、がん研究への政府負担を8年間で倍増する計画や、自閉症の研究費増など、すべての米国人を対象とした政策を打ち出している。
「安全・安心な米国」では、バイオディフェンスのための製造体制の構築、新薬・ワクチンの開発の加速、核不拡散の監視や大量破壊兵器が米国に侵入することを防止するために必要な技術への投資などを重要視している。
「教育」では、ブッシュ大統領は、「落ちこぼれ防止法」により初等教育の全般的な強化を図り、その功績は認められるところであるが、それに対しオバマ大統領は、理系教育を重視した方針を、より強く打ち出している傾向がある。
「技術プログラム」であるが、これは共和党と民主党の考え方の違いがあるため、過去から政権により、プログラムの取り上げられ方が大きく変わってきた経緯を持つ。共和党の場合、小さな政府を掲げ、政府が民間の研究開発の支援にかかわらない方針のため、民間企業の研究開発を支援するプログラムを削減する方針を常に打ち出してきた。例えば民間の研究を支援するアドバンス・テクノロジー・プログラム(ATP)は、ブッシュ政権は予算をつけず、上院が予算をつけ存続させてきた。オバマ大統領が新たに始める「技術プログラム」では、米国競争力法により始まったテクノロジー・イノベーション・プログラム(TIP)や、製造業の技術的な支援およびネットワーク構築を行う製造業拡大連携プログラム(MEP)の増強、クリーンエネルギー技術、ブロードバンド技術、およびE-Healthの普及などに、予算を重点配分している。
このような大統領予算案について、議会において予算の審議が現在行われているが、上院、下院ともに民主党が多数党となっていることから、大統領の方針に大きな差異を示すことはないと考えられる。ただし、科学系出身者で大統領の助言する立場の人材が固められているため、科学の視点での政策が色濃く出ているように思えることから、議会では、より技術的、産業的な志向のプログラム、例えばNISTの予算などが増強される可能性が高いと思われる。
- (注1)参照:OSTP, Federal R&D, Technology, and STEM Education in the 2010 Budget
- (注2)エネルギーイノベーションハブは、他のプログラムとのすみ分けができていないことから、議会で認められない可能性が高い