レポート

英国大学事情—2009年7月号「学生・スタッフの移動性支援活動 -EUエラスムス・プログラム-」

2009.07.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

【1. はじめに 】

 欧州連合(EU)は、学生や教職員のEU域内におけるモビリティーを高めるため、公募型助成制度の「エラスムス・プログラム:Erasmus Programme」を長年にわたり実施している。英国の大学からも、昨年度は1万人近い学生や教職員が当プログラムに参加して海外経験を積んでおり、「エラスムス・プログラム」はEUが主催者であるが、英国の大学も大きくかかわっているため、その概要を紹介する。

【2. EUの生涯学習プログラム 】

 EUの生涯学習プログラム(Lifelong Learning Programme)は、持続可能な経済発展、より良い雇用機会および社会的一体性のある高度な知識社会としての欧州連合の発展に貢献することを目的とする。EUはそのための予算として、2007年-2013年の6年間で69億7,000万ユーロ(約9,060億円*1)を計上している。

 EU生涯学習プログラムには、主なサブ・プログラムとして以下の4つの助成プログラムがある。

  • コメニウス(Comenius)プログラム
    2007年-2013年のプログラム実施期間中に、最低300万人の初等・中等学校の生徒がEU域内の共同教育活動に参加することを目標とする。
  • エラスムス(Erasmus)プログラム
    2012年までに、当プログラムの前身のEU助成プログラムを含み、累計で300万人の大学生がEU域内で勉学や体験就職などの海外経験ができるようにする。
  • レオナルド・ダ・ビンチ(Leonardo da Vinch)プログラム
    2013年までに、年間8万人がEU域内の他国の企業などで技能訓練が受けられるようにする。
  • グルントビ(Grundtvig)プログラム
    2013年までに、年間7千人がEU域内の他国での成人教育を受けることができるようにする。

【3. エラスムス・プログラムの概要 】

3-1) 沿革

 「エラスムス・プログラム」は、EC域内の大学生のモビリティーを支援するために、ECによって1987年に導入され、その後、その活動対象はEC域内にとどまらず、アイスランド、ノルウェー、リヒテンシュタインも含むEEA域内やトルコなどのEU加盟候補国にまで拡大された。2006年には、EUの他の助成プログラムと統合され、EUの「生涯学習プログラム」の一部となった。2007年からは、ブリティシュ・カウンシルが英国における「エラスムス・プログラム」の公式な業務委託機関となっている。

 当プログラムは、大学生と教職員のEU域内での海外経験を奨励し、欧州の大学間の共同プロジェクトを促進することを目的とする。当プログラムにはEU域内の90%の大学が参加しており、プログラムの開始以来、今までに約190万人の大学生が参加した実績がある。なお、当プログラムに参加する高等教育機関は、欧州委員会から「エラスムス参加大学認定証 : Erasmus University Charter」を受ける必要がある。

3-2) 主な渡航先

【英国学生のエラスムス渡航先トップ10】(2007-08年度)
【英国学生のエラスムス渡航先トップ10】(2007-08年度)

3-3) 主な応募条件

  • EU、EECおよびEU参加候補国における高等教育機関または高等継続教育機関に在籍中の学生は、同域内の他国での勉学や体験就職のためのエラスムス・プログラムに応募できる。
  • 助成期間は最長24カ月(留学の後に体験就職を組み合わせた場合)。
  • 教職員も、EU域内の他国における教育および訓練のための助成を受けることができる
  • 学生や教職員を派遣する前に、在籍中の高等教育機関と海外のホスト高等教育機関の双方が欧州委員会から「エラスムス参加大学認定証」を受けており、かつ両校による正式な協定書が締結されていることが条件となる。

3-4) 参加の利点

  • エラスムス・プログラムに参加した経験は、就職時に有利になる可能性がある。
  • モチベーション、独立心および自信を高めることができる。
  • 当プログラムの助成金を受けることにより、プログラム参加期間中の英国の大学の授業料の支払い義務は免除されるため、授業料の節約ともなる。
  • 休学によるギャップ・イヤーとして扱われるのではなく、当プログラム参加期間は英国の大学における学位取得のための履修単位に組み入れられる。
  • 教室での授業からは学べないような、生活上必要な広範囲な技能を学ぶことができる。
  • 英国では学べない、より広範囲な学科へのアクセスができる。
  • 他言語を学ぶことができると同時に、異文化に接し、国際的視野を広めることができる。
  • 国際的な友人のネットワークができる(約10人中1人の学生は、当プログラム参加期間中に生涯のパートナーを見つけている)。

3-5) 学生の体験就職

  • 体験就職をするためには、まず在籍する英国の大学の許可を得た後に、学生、在籍する大学および雇用者の3者による合意書を用意する必要がある。
  • 将来の就職への準備機会として、体験就職を希望する学生数は増加傾向にある。雇用者は、学生にいくばくかの給与を支払う場合もある。
  • 在籍する英国の大学と海外のホスト大学の合意があれば、勉学期間が終了した後に、体験就職を続けて経験することもできる。
  • 体験就職の最低期間は通常3カ月または1ターム、最長は12カ月である。英国の大学の中には、海外での体験就職を学士号取得のための条件の一つに入れているコースもある。

3-6) 履修単位の互換等

  • 欧州履修単位互換制度
    欧州履修単位互換制度(European Credit Transfer System:ECTS)が1989年から導入されているため、エラスムス・プログラムに参加することは、学位取得に必要な履修単位の一部となる。
  • ユーロ・パス
    ユーロ・パス(Europass)制度は、EU域内を移動する際に、個人が持っている技能や資格を明確に分かりやすく表示することを目的としたEUによるイニシアティブである(ユーロ・パスの発行は無料)。

3-7) 助成金

  • 当プログラムの助成は、ホスト国までの渡航費、ホスト国の言語の習得費用、ホスト国の物価高に対処するための補助金など、他国への移動に伴って発生する諸経費を補助することを目的とし、海外での生活に必要な経費のすべてをカバーするものではない。2008-09年度では、勉学のための留学生には月約245ユーロ(約3万2,000円)、体験就職の場合は月約250ユーロの助成金が支払われる。
  • 当プログラムによる海外滞在期間中にも、在籍する英国の大学からの通常の奨学金の支給は継続される。
  • 当助成金は、以下の条件を満たす場合に支払われる(通常の奨学金と異なり、学生の家庭の収入額は問われない)。
    ・当プログラム参加国の市民や難民または英国の永住ビザの取得者
    ・ECから「エラスムス参加大学認定証」を受けた英国の大学に在籍する学生
    ・勉学または体験就職の期間が3カ月から12カ月に及ぶ場合
  • 授業料
    留学先の大学の授業料は無料である。留学先の大学で、1年間のアカデミック・イヤーを過ごした場合は、その年の英国の大学の授業料支払いは免除される。
    (1年以下の場合は、英国の大学の授業料の支払い義務が生じる)
  • 生活費
    留学先での滞在費は、宿泊費や生活費を含めて個人負担となる。

3-8) 教職員向けプログラム

 通常、エラスムス・プログラム参加期間中は必要最低限度の生活費と旅費等が助成されるが、ホスト国によって事情は異なる。

  • 教員向け
    エラスムス参加大学認定証(EUC)を受けた高等教育機関または高等継続教育機関の教員は、他のEU域内の機関間協定のあるEUC認定校で経験を積むことができる。期間は最短1日から最長6週間であるが、最短5日が望ましい。
  • 職員向け
    職員訓練の一環として、短期間の出向、実習見学等を通じた訓練がオプションとして提供されている。

【4. 筆者コメント 】

 ブリティッシュ・カウンシルの資料(*2)によると、1987年のエラスムス・プログラム発足以来、英国からの参加者の累計は約16万人に達する。2007-08年度には、エラスムス・プログラムに参加した英国の学生は10,263人、教職員は1,584人に上り、学生を中心にした海外へのモビリティーが活発である。

 また、英国の高等教育専門誌「Times Higher Education」には、毎週10ページ近くにわたり、大学の教職員および学部長や学長クラスの募集案内が掲載されていて、教職員の大学間の移動も活発である。欧米、アジア、中近東などの海外の大学からの教職員募集広告も頻繁に掲載され、英国内のみならず海外への移動も盛んに行われている。

注釈)

  • *1 1ポンド:当レポートでは、1ユーロを130円で換算した。
  • *2 ブリティッシュ・カウンシルの資料:
    https://www.britishcouncil.org/erasmus-facts-and-figures.htm
    https://www.britishcouncil.org/contact/press

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