レポート

科学のおすすめ本ー 台所科学(キッチンサイエンス) ワザいらずの料理のコツ

2009.06.16

立花浩司 / 推薦者/SciencePortal特派員

台所科学(キッチンサイエンス) ワザいらずの料理のコツ
 ISBN: 978-4-8275-3129-9
 定 価: 1,300円+税
 著 者: 内田麻理香 氏
 発 行: 角川 SS コミュニケーションズ
 頁: 111頁
 発行日: 2009年5月25日

科学書といわれると一歩引いてしまう人でも、毎日の食事の支度にそのまま活用できる料理書だといわれれば、気軽に書店で手にとって読んでみようかなと思うもの。著者の内田麻理香さんは、カソウケン(家庭科学総合研究所)と名づけられたバーチャルラボの研究員を務め、現在では大学広報の仕事の傍ら、さまざまな分野で活動されている、新進気鋭の科学技術コミュニケーター。彼女のような「科学の低関心層」に着目した科学技術コミュニケーターが書き下ろした一般成人向けの料理書というのは、少なくとも現在日本語で読めるものとしてはめずらしい。

料理をうまく行うためのコツの紹介に特化しているのも、生活者である私たち一般成人にとっては非常にありがたい。たとえば、玉ねぎのみじん切りで泣かずにすむ方法。玉ねぎの催涙作用は、玉ねぎに含まれる、アリルプロピオンアルデヒドといわれる硫酸アリルの一種が揮発することによって起こるという。この硫酸アリルは高温になると揮発するので、調理前に玉ねぎを冷蔵保存しておき、揮発が始まる前に手早くスライスすれば、泣かずに済むというわけだ。このほか、天ぷらのころもをサクッと揚げるコツ、トマトの薄皮を簡単にむく方法、食べきれない魚をおいしく保存するコツなど、科学の裏づけを随所に織り交ぜながら、読みやすい実用書に仕上がっている(もっとも、単身者の場合は、大量の油の処理の問題もあって、なかなか自宅で天ぷらを揚げる機会は少ないかも知れないけれど)。

料理に科学の裏づけなど要らないという意見もあるかも知れないし、試行錯誤しながら料理の道を深めていくということを是とする考え方もあるだろう。しかし、一日の生活が慌しくなり、試行錯誤しながら料理にそれほど多くの時間を費やすことは、物理的に不可能になりつつある。科学的な裏づけに支えられた料理のコツを押えることができれば、安易に中食に頼ることなく、限られた時間で料理にかける時間を合理化することができるだろう。

全体を読んでみて感じたのは、本書は料理の入門書でもあると同時に、料理を題材にした科学の入門書でもあるということ。実際、料理の背景には、科学的な裏づけ(あるいは理屈)が随所に隠されているが、実際に料理を行う場面でそのことを意識することはあまりない。しかし、料理のレシピは、製造工程における作業標準のように、マニュアルに記載されているとおりに厳密に踏襲すべきものではなく、その理屈さえわかれば必要に応じて自在に改変することが可能だ。レシピというのはいわば、ある人が考えた実験プロトコルのひとつに過ぎない。理屈をきちんと押さえたうえで料理のバリエーションを広げることは、料理全体に対する興味を高めることにもつながるだろう。科学技術コミュニケーターの目線で料理の科学に切り込んだ本書は、今後、キッチンサイエンスの普及に一役買いそうに感じられた。

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