レポート

科学のおすすめ本ー 自然に学ぶ粋なテクノロジー 〜なぜカタツムリの殻は汚れないのか

2009.06.05

笠原勉 / 推薦者/SciencePortal特派員

自然に学ぶ粋なテクノロジー 〜なぜカタツムリの殻は汚れないのか
 ISBN: 978-4-7598-1322-7
 定 価: 1,700円+税
 著 者: 石田秀輝 氏
 発 行: 化学同人
 頁: 232頁
 発行日: 2009年1月25日

出口の見えない世界的金融危機の下、各国が矢継ぎ早に経済政策を打ち出した。日本も追加経済政策「経済危機対策」を決め、現在さらなる補正予算を審議中である。

対策の目玉のひとつは「低炭素・循環型社会」を目指し環境配慮型の需要喚起策。太陽パネルとエコカー、グリーン家電を「新3種の神器」 として普及させる購入支援が柱。

米国オバマ大統領が進める「グリーン・ニューディール」政策もしかり。「グリーン・ニューディール」は再生可能エネルギー利用の他、断熱住宅投資、エコカーや送電ネットワークの更新などの低炭素社会インフラに対して、大規模な投資を行うことが期待されている。

こうした低炭素社会インフラへの大規模な投資を世界中で行うことで、新しい成長セクターを生み出し、雇用を生み出しながら、「3つの危機(金融・気候・エネルギー)」を乗り越えようと世界がもがいている。

著者である石田秀輝氏はグリーン・ニューディール構想よりもはるか前から「持続的な低炭素・循環型社会の実現」を訴え、独自のテクノロジー観で解決策を提案してきた。

自然に学ぶ粋な「ネイチャー・テクノロジー」である。

「ネイチャー・テクノロジー」は自然や動植物が持っている機能から、われわれ人類が持続可能な生活や経済活動をするための機能を抽出し、まったく新しいモノづくりや暮らし方を実現しようとするテクノロジーである。完璧な循環を持つ自然から取り出した機能は地球環境にもっとも優しいとする考えをもつ。

本書では自然から学んだ新しいテクノロジーの具体的事例が豊富に紹介されている。

汚れないかたつむりの殻を応用した洗浄不要のセラミックスタイルの外壁や、サバンナ地帯で一定温度に保たれているシロアリの巣に学ぶ無電源エアコン。どこでもくっつくヤモリの足のメカニズムを参考にしたあたらしい接着の考え方や、ハンマーでたたいても割れないアワビの殻の構造を模した素材、しなやかで強いクモの糸、ぶつからない魚のセンサーを応用した、交通事故ゼロシステム。単なる自然模倣とは違う自然を手本にリ・デザインされたテクノロジーである。

人間というものは一度得た快適性・利便性を捨てられない、大事なのは「生活価値の不加逆性」を認めて、その欲の構造について、物欲から精神欲にどうやって変えていくのか、すなわちテクノロジーの中に精神性をどう織り込んで行くかが重要と筆者は説く。

特に日本には自然を理解する独特な概念がある。自然と和合し地球に負荷をかけることなく精いっぱいいきることを楽しむ自然観。日本人はそれを江戸時代に「粋」という形で一つの文化としてつくりだした。

我慢するのではなく、生きることを楽しみ、ワクワクドキドキしながら心豊かに暮らすことができる文明創出に必要な、あらたなテクノロジー観をつくること。それをつくることができるのは、江戸時代より続く高度な自然観をもつ日本人こそが適していると筆者は言う。

環境対策はとかく我慢や削減のイメージが強い。いたずらに悲観的未来を憂いて、利便性や快適さを否定するのではなく、いまこそ日本人として自然にならい、ワクワクドキドキしながら心豊かに暮らすことを目指すテクノロジーを利活用するのも「粋」ではないだろうか。

本書では随所で、地球環境問題や資源エネルギー問題の現状、地下資源文明の歴史、循環型社会の重要性などが、データを元に分かり易く説明されていているため、環境問題を理解する上でも役に立ちそうだ。

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