レポート

英国大学事情—2009年6月号「英国の大学が排出するCO2量削減活動への助成<Revolving Green Fund>」

2009.06.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

1. はじめに

 2006-07年度の統計では、英国の高等教育機関は年間で約180万トンのCO2を排出しており、環境に対して少なからぬ影響を与えている。2005年、イングランド高等教育助成会議(HEFCE)は、持続可能な高等教育の発展のための包括的戦略報告書「Sustainable development in higher education」を発表した。2008 年には、この2005年の戦略報告書のレビューおよびアクション・プランとして、「Sustainable development in higher education:2008 update to strategic statement and action plan」を作成した。

 このアクション・プランの一環として、2008年、HEFCEとCarbon Trust1傘下の公的非営利企業であるSalix Finance2社は共同で、エネルギー消費とCO2排出量の削減を目的とする、高等教育機関向けの公的助成制度「Revolving Green Fund」を立ち上げた。この助成スキームは、2020年までにCO2排出量を1990年比で最低26%の削減、2050年までに同60%削減するという英国政府の目標に沿ったものであると同時に、大学におけるエネルギー消費の節減による経費削減効果も狙ったものである。

【2. Revolving Green Fund 】

 2008年、HEFCEとSalix Finance社は共同で、エネルギー消費削減とCO2削減を目的とする大学プロジェクトに、2008年から2011年に合計3,000万ポンド(45億円*3)の公募方式による助成スキーム「Revolving Green Fund」を発表した。当スキームには「Institutional Small Projects Fund」と「Transformational Fund」の2種類のファンドがあり、HEFCEは2,000万ポンド(30億円)、Salix Finance社は1,000万ポンド(15億円)を拠出することになった。Salix社は公的機関を中心に、この種のプロジェクト運営経験が豊富であるため、実際の運営はSalix社に委託された。

 当助成スキームの特徴は、助成金が無利子のローンであるとともに、助成を受ける大学は助成金と同額または最低25%のマッチング・ファンドの拠出が義務付けられていることにある。

2-1) ファンドの種類

【Institutional Small Projects Fund】

 当助成スキームに採択された大学は、マッチング・ファンドとして助成金額の25%を自己負担する必要がある。当スキームはSalix社の典型的な助成モデルで運営されるため、助成を受ける大学はプロジェクトの実施によって生じた経費削減額を助成金がプールされている大学内のファンドに返済していく義務がある。したがって、当助成金は無利子のローンの性格がある。しかしながら、当初の助成金の全額がファンドに完済された場合には、その後の経費削減額は大学自身が留保することができ、また、当ファンドの目的に沿ったプロジェクトへの投資を続ける間は、当初の助成金を返却する必要はない。

【Transformational Fund】

 当助成スキームに採択された大学は、マッチング・ファンドとして助成額と同額のプロジェクト資金の拠出が義務付けられる。また、「Institutional Small Projects Fund」と同様に助成金の返済義務がある。助成額は1大学あたり100万ポンド(1億5,000万ポンド)から400万ポンド(6億円)であり、他大学へのベスト・プラクティスの手本となるような新技術などを利用した革新的プロジェクトが期待されている。

2-2) 助成基準

【Institutional Small Projects Fund】

  • 助成金の返済などの規則に合致し、かつ直ちに立ち上げることができるプロジェクトであること。
  • 適切なエネルギー管理の専門知識とファンドの管理能力があること。

【Transformational Fund】

  • プロジェクトには、温室効果ガスの削減をCO2換算で予測するためのモニタリング・システムを含むこと。
  • 野心的かつ画期的プロジェクトは長期の助成金返済期間が必要になることを考慮して、助成金の返済期限を設定しない。中長期のエネルギー価格や投資利回りを予測することは困難であるため、応募プロジェクトの評価はコスト・パフォーマンスと予測される炭素の削減に焦点を当てる。
  • 他大学でも採用できる可能性とグッド・プラクティスの構築と普及など、高等教育分野全体にとっての利益を考慮する。
  • 革新性と高等教育分野全般におけるCO2削減効果のバランスを考慮する。例えば、燃料電池の採用は革新的であるが経済的効果が短期的には期待できないであろう。大規模風力タービンや熱電併給システム(CHP)は経済的削減効果が期待できるが革新的技術とは言えないであろう。当ファンドはバランスを考えて、これらの両方の事例にも助成していく。
  • 重大リスクを見出して管理するプロセス、すなわちリスク管理が確立しているかどうかを考慮する。
  • CO2削減活動の実績、プロジェクトの遂行とモニタリングのための充分な人材の有無、マッチング資金の拠出の意思および持続可能な発展へのコミットメントなど、応募する大学のCO2削減への関心度をチェックする。

【3. 公募結果 】

 2009年4月、第1回目の「Revolving Green Fund」の公募結果が発表された。

【Institutional Small Projects Fund】

公募に採択された大学
ブルネル、クランフィールド、ダーラム、キール、KCL、リーズ・メトロポリタン、LSE、サウス・バンク(ロンドン)、ラフバラ、マンチェスター・メトロポリタン、ニューキャッスル、ノッティンガム・トレント、オックスフォード・ブルックス、クィーン・メアリー(ロンドン)、キャンサー・リサーチ・インスティチュート、オープン、ケンブリッジ、エクセター、ポーツマス、シェフィールド、ブリストル、ウェスト・オブ・イングランド、ヨーク、バース、バーミンガム、チチェスター、カンブリア、イースト・アングリア、エセックス、レスター、ハートフォードシャー、マンチェスター、ノーサンプトン、ノッティンガム、オックスフォード、プリマス、サンダーランド、サリー、サセックス、ウォリック、ウィンチェスター

 既にSalix 社の助成を受けている11大学と、今回の第1回目の公募で新たに選択された30大学の合計41大学の小規模プロジェクトに対して、総額1,480万ポンド(約22億円)が助成されることになった。第2回目の公募による助成総額は520万ポンド(約8億円)であり、その配分結果は近々発表される予定である。

 当ファンドの助成を受けた大学は、助成金額の25%を自己負担する必要があるため、第1回目および第2回目の公募助成金額合計2,000万ポンド(30億円)に対して、各大学はマッチング・ファンドとして500万ポンド(7億5,000万円)を拠出することになる。

【Transformation Fund】
 以下の3大学に対して、総額1,000万ポンド(15億円)の助成が決定した。3大学は、それぞれ助成額と同等のプロジェクト資金をマッチング・ファンドとして自己負担する必要があり、各大学から合計910万ポンド(約14億円)が拠出された。

  • イースト・アングリア大学
    同大学のノーウィッチ・キャンパス内に、バイオマス・エネルギー・センターを新設するプロジェクトであり、イングランド地方で初めてのバイオマス・ガス化熱電併給プラント(biomass gasification combined heat and power plant)の建設計画である。
  • ハーパー・アダムス・ユニバーシティー・コレッジ
    再生可能エネルギー生産のための嫌気消化処理(anaerobic digestion)方式の実用性検証プロジェクトであり、再生可能電力の発電のためにゴミ廃棄場からの農場廃棄物や食品廃棄物を利用する。
  • ランカスター大学
    電力消費に伴うCO2排出量の大幅な削減および輸入電力への依存の低減などを目指したプロジェクト。

【4. 既存のプロジェクト事例 】

 大学や公的機関に対するSalix社の助成は2004年に開始されており、2009年にHEFCEとSalixとの共同助成プロジェクトが始まる前から、いくつかの英国の大学はパイロット・スキームとして、個別にSalix社の助成を受けてCO2削減プロジェクトを実施している。その中から、既に実施されたプロジェクトの事例を紹介する。

4-1) ケンブリッジ大学
 ケンブリッジ大学の電気・ガス・水道料金は年間1,200万ポンド(18億円)、CO2排出量は年間59,000トンに上り、現在、3人の専任スタッフがエネルギー・チームとして、全学の電気・ガス・水道水の調達および使用量のモニタリングから、学部・学科ごとの使用量の分析までエネルギー管理全般を担当している。

 同大学は、2006年12月にSalix社のCO2削減スキームに参加した。Salix社からの30万ポンド(4,500万円)の無利息ローンの助成金(5年間の返済計画)に、ケンブリッジ大学がマッチング・ファンドとしてさらに30万ポンドを拠出し、総額60万ポンド(9,000万円)、2006年末から2年半の予定で各種プロジェクトを開始した。

【最初の9カ月間で立ち上げたプロジェクト】
【最初の9カ月間で立ち上げたプロジェクト】

【プロジェクト例】

  • 新たなエネルギー管理システムの構築
    従来の管理システムを更新し、利用者は各自のPCでシステムの運営状況を見ることができるようになった。
  • 断熱対策
    古くなった建物の窓枠の隙間風対策や屋根への断熱材の適用を実施した。
  • 空気圧搾機の改善
    非効率な圧搾空気システムを、より効率的な設備の導入によって改善した。
  • 照明の改善
    蛍光灯使用への転換などにより、照明効率の改善を図った。

4-2) ロンドン大学キングス・コレッジ
 キングス・コレッジの電気・ガス・水道代金は年間700万ポンド(約11億円)、CO2の排出量は年間43,000トンに上る。同大学はその削減のためにCarbon Trustとパートナーシップを組み、エネルギー監査(Energy Audit)を実施し、炭素管理の戦略とその実行計画を作成した。その計画を実行に移すために、2006年12月、同コレッジはSalixの助成スキームに参加した。Salixからの10万ポンド(1,500万円)の助成金に対してキングス・コレッジも同額の10万ポンドを拠出し、総額20万ポンド(3,000万円)で、各種プロジェクトを開始した。

【最初の9カ月間で立ち上げたプロジェクト】
【最初の9カ月間で立ち上げたプロジェクト】

【プロジェクト例】

  • ボイラーの更新
  • 建物のエネルギー管理システムの更新
  • ボイラーの効率を上げるための新たな配管工事

4-3) セイント・アンドリュース大学
 スコットランドのセイント・アンドリュース大学の電気・ガス・水道代金は年間310万ポンド(約4億7,000万円)、CO2の排出量は年間16,000トンに上る。

 2006年末、同大学はSalixから52万4,000ポンド(約7,900万円)の助成を受け、また同大学もマッチング・ファンドとして同額を拠出して、2年間で総額106万8,000ポンド(約1億6,000万円)の各種プロジェクトを開始した。

【最初の9カ月間で立ち上げたプロジェクト】
【最初の9カ月間で立ち上げたプロジェクト】

【プロジェクト例】

  • 断熱対策
    屋根、配管用パイプおよび窓枠への断熱材やシールの使用の徹底を図った。
  • 冷蔵用モーター制御器
    同大学で使用されていたすべての冷蔵機器は非効率であったため、新たな冷蔵用モーター制御器を導入して、15%のエネルギー効率の改善を達成した。
  • 照明
    建物外部の投光照明用に使用されていた50ワットのハロゲン・ランプに代わり、12ワットのLED照明の試験的導入を開始した。

【5. 筆者コメント 】

 当助成スキームは、エネルギー消費とCO2排出削減へのより一層の活動を大学に促し、それによって大学の経費節減と英国政府のCO2削減目標への一助とすることを目指している。当スキームの特長は、助成による受益者である大学にもプロジェクト資金の拠出を求める「マッチング・ファンド方式」を採用し、かつ助成金は返済義務のある「無利子のローン」の形態を採っていることにある。英国では大学基金の充実のために、大学が集めた募金額にマッチング・ファンドとして政府が助成するという制度もあり、「マッチング制度」も浸透しつつある。

 近年、英国では大学による「エコ・キャンパス運動」が活発化してきている。また、各大学の環境対策を「グリーン・ランキング」として公表し始めた団体もあり、今後、英国の大学による環境対策は一層進展していくものと思われる。

注釈)

  • *1 Carbon Trust:英国政府が設立した炭素排出削減機関
  • *2 Salix Finance:Carbon Trustからの公的助成を受けて2004年に設立され、地方自治体、NHS、中央省庁、高等教育機関等の公的機関向けのエネルギー効率化のための助成を実施している。
  • *3 1ポンド:当レポートでは、1ポンドを150円で換算している。

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