レポート

地域からの新しい風ー 成功事例で九州を元気に モットーは「楽しく」

2009.03.19

黒澤宏 氏 / JSTイノベーションサテライト宮崎 館長

黒澤宏 氏(JSTイノベーションサテライト宮崎 館長)
黒澤宏 氏(JSTイノベーションサテライト宮崎 館長)

 JSTイノベーションサテライト宮崎(平成17年12月5日開館)では、季刊で年4回、JST宮崎ニュースを発行している。同じ宮崎市内にサテライト宮崎という競輪の場外車券売り場があり、大きな看板を出して、ラジオなどでも大々的に宣伝しているからだ。「宣伝活動に力を入れて知名度を上げないと、間違えられてしまうんですよ」と黒澤宏館長は笑う。担当地域は、当初、南九州(宮崎県・鹿児島県)だったが、今年度から大分県も加わった。プラザ福岡と協働して「科学技術で九州を元気に!」をキャッチフレーズに活発に活動を進めている。

 この地域には、沖電気、旭化成、日立製作所、ソニー、京セラなど大企業の工場はあっても開発部隊はいないこと、それと、やっぱり地場産業を元気にしたい、との思いからおのずと対象となる企業は中小企業、それもどちらかというと小企業が中心になる。

 「サテライト宮崎ができたときに、2つのことをやりたいと思ったんです。地方でも、数は少ないが大学等の研究者でキラリと光るものはある。それを世界的にアピールして、支援していく。もう一つは、地場産業にとっては世界レベルの研究は必要ないんです。ローテクでもいいから、地場産業の欲しい技術を大学等の研究成果から探し出して、結びつけて、『もうけた』という成功モデルを作ることです。1つでもそういうことができれば、『地域の大学をうまく使おう』という雰囲気が高まって、産学連携が進みます」

 サテライト宮崎では、シーズ発掘試験等の課題に採択された大学・高専・公設試の研究成果について、独自の成果報告会を行っている。年に1回、各研究者からこれまでの成果などについて面談形式で報告してもらう。

 「課題数が50件くらいあるので、宮崎で2日、鹿児島で2日かけて、非公開で特許や裏話なども全部聞くんです。そうすると、成果報告書には書いていない色々な話が聞けるんですよ。特許になるかどうか相談に行くほどではないというネタも、報告会では聞くことができるので、そこから特許化につながったりもします。どんな成果が出たかではなく、どこにどうつなげるかということのために行っています。また、提案された研究課題は1つですが、先生方は10年も20年も研究しているので、ものすごいバックグラウンドを持っている。そういうことも聞けるんです。それで県内のコーディネータからニーズの話を聞くと『こんなのがあるよ』と話ができる。まだ完全にうまくいっている状態ではありませんが、徐々に地盤固めをしている段階です」

 地場産業にとって、大学というのは「丘の上のお城みたいなもの」だと黒澤館長はいう。

 「大学の研究が役に立つかどうかというレベルではなく、社長や技術者が研究発表会に顔は出しても、それが自分たちの仕事に役に立つのかどうかが分からないんです。1年でも共同で何かをやってみると、自分たちのニーズが理解できる。地方の一番の問題は、こちらがある程度誘導しないと、ニーズ自体が分からないことです」

 「例えば、健康食品を作ってみたけれど、それが腸内でどんな働きをしているを調べたい。だけれど、どの先生に頼んで良いのか分からないし、お金もない、研究者もいない。そこで、先生を紹介して共同研究を提案してもらう。研究課題として採択されてうまくいけば、次には大きな研究費につなげていく。そうすると大学に目を向けて来る人が出てくるんです」

 「中小企業の経営者は自分の会社なので、自分の子どもが受け継ぐことを前提に、5年後、10年後の会社をどうするか考えませんかと言うと、『もうかるものを作りたい』から『新しいものを作ろう』という発想に変わってくるんです。やはり経営者というのは、すごく良いカンをしているので、『これはもうかりそうだ』と思ったら食いついてくる。とにかく成功事例を出すことが大事です」

 育成研究では、地域発のユニークな課題を推進している。

 藤木稔・大分大学医学部脳神経外科教授の「術中運動野同定・機能的ナビゲーションシステムの開発研究」は、脳外科手術をするときにMRI画像だけでなく、電気信号を使って運動野を特定し、3次元画像として統合することで、術中に運動野を傷つけないようにする手術支援システムを開発する。「これまでの脳外科手術では半身不随などのリスクがあった。これを少しでも減らすことができれば、非常に素晴らしい」

 「お好みの色と花をつくりましょう」ということで進めているのが、橋本文雄・鹿児島大学農学部准教授の「主要花き類の花色遺伝子型による花色育種法の開発」。複対立遺伝子を解析しながら、交配を繰り返し、目的の色や形のペチュニア、スイートピー、トルコギキョウなどを作り出す。

 明石良・宮崎大学農学部准教授(08年からフロンティア科学実験総合センター教授)の「ゴーヤ種子由来抗Hレクチンを用いた血液検査試薬の開発と新規医薬品への応用」では、ゴーヤの種に含まれるレクチンを使って、O型判定試薬を開発し、既に各県警の科学警察研究所で売れているという。現在、レクチンの持つ免疫活性化能を使って、薬を最小限に抑えたエビの養殖などへの展開を目指している。「共同研究相手は県外の企業ですが、事業化する時には宮崎で行う予定です」

 さらに大学だけでなく、公設試や私立大学、高専でも事業説明会を開いている。「『3ページで200万円』といってシーズ発掘試験に応募してもらえるように努力しています。それで1件でも採択されれば、注目してそこの組織の人たちがこっちを向いてくれるようになる」

 鹿児島県の水産試験場では、地元の漁師の要望に応えて、サメ撃退法の開発を進めている。「こういう地元ならではの課題を地元の大学と結びつけて、地元で解決する。さらに地元企業が事業化できれば、すごく楽しくなります」

 黒澤館長のモットーは「何事も楽しく!」。例えば、月2回、スタッフ全員で部屋の掃除を行っている。「今年の3月末までは宮崎大学内にオフィスがあったのですが、掃除をすると大学内で1番きれいな部屋になるんです。『きれい』な環境も楽しさの一つです。逆に楽しくなければ何か間違っているということだと思います」

地元の高校生や市民が集まるサイエンスカフェの様子
地元の高校生や市民が集まる
サイエンスカフェの様子

 そうした「楽しむ」姿勢は「人を楽しませる」ことにもつながり、毎月1回開いているサイエンスカフェは地元の高校生や一般市民でにぎわっている。また、サイエンスカフェを通じて研究内容に興味を持ち、地元の大学に入学した高校生もいるという。

 昨年の科学技術週間では「駅伝サイエンスカフェ」を開催、小学生向けのジュニアサイエンスカフェに始まり、中高生向けハイスクールサイエンスカフェ、大人向けのサイエンスバーで締めくくる他に類をみないユニークな理解増進事業を行っている。

 黒澤館長の取材をしていると、とにかく話が面白い。そして、聞いている方がだんだん「楽しく」なってくるから不思議だ。「僕の役割は最終的な防波堤。最後は全部責任を取るから、みんなで楽しんでやろう」という姿勢がスタッフだけでなく関係者を元気にしている。

(科学新聞 2008年8月22日号より)

<所在地・問い合わせ>
JSTイノベーションサテライト宮崎
〒880-0805 宮崎市橘通東1-7-4 第一宮銀ビル6F

黒澤宏 氏(JSTイノベーションサテライト宮崎 館長)
黒澤 宏 氏
(くろさわ こう)

黒澤 宏(くろさわ こう)氏のプロフィール
1946年生まれ。大阪府立大学博士課程修了。大阪府立大学助教授を経て、91年から宮崎大学工学部電気電子工学科教授、「論文を書くことにワクワク感がなくなった」と59歳で退職し、2005年から現職。真空紫外光を用いた薄膜製作、超短パルスレーザーを用いた超微細加工など、デバイス関連で数多くの研究業績をあげ、ベンチャー企業も設立した。

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