サテライト静岡が担当する、静岡、山梨、長野の3県は、ものづくりが極めて盛んな土地柄といわれるが、人材を育成しても地元に根付かず東京に行ってしまう、企業が流出する一方で次世代企業の創業・成長が見えない、といった共通の課題を抱えている。
徳山博于館長は「地域にイノベーション風土を醸成し、グローカルな(地域発で世界に通じる)イノベーション活動が自発的・持続的に展開され、地域の文化的、経済的な活性化が進展する状況を根付かせる」ことを中期目標に掲げ、地域科学技術の活性化に取り組んでいる。
各省庁では様々な科学技術振興施策を展開しているが、数が多く、似たような制度も多いため、一見しただけではその内容を正確に理解することができない。サテライト静岡では、こうした諸施策をブレークダウンし、地域の大学や企業などと情報共有していくため、各地域の諸機関(自治体、大学等の研究機関、財団等)との連携関係を構築し、各機関所属のコーディネータ等との人間関係、信頼関係に基づく共同活動体制を作り上げてきた。
「3県は地図上では隣接しているのですが、真ん中に南アルプスがあるため、意外と交通の便が悪いんです。サテライト静岡(浜松)から信州大学工学部(長野)までは名古屋経由で3時間半、山梨大学(甲府)までも同じくらい。それを少人数でカバーするので連携は欠かせません。ようやく各機関とツーカーの関係になりました」
JSTの諸制度の募集に際しては、各応募に対して『個別相談』をきめ細かく実施している。制度の趣旨や提案書記載上の留意点など、具体的な指摘をすることで、大学等のコーディネータや研究者の意識を向上させ、地域の自律的な活動の下支えを行っている。
「個別相談というのは、提案者からの要望に応じて、提案を審査する先生方に適切に判断してもらうための“指摘”を行うもので、“指導”ではありません。書類作成のテクニック論に走るのではなく、あくまでも持ちネタ重視です。また個別相談では、研究者とその所属機関のコーディネータが同席するので、研究者にとっては1回の相談ですが、コーディネータは何度も同じような指摘を受けて経験を積むので、コーディネート能力のアップにつながっていると思います」
サテライト静岡が関わるJSTの地域事業のうち育成研究では、18年度採択4課題、19年度採択2課題を推進中で、それぞれが独自のゴールを目指している。そのひとつの、平岡賢三・山梨大学クリーンエネルギー研究センター特任教授の「光電子分光法の深さ方向分析用帯電液滴衝撃エッチング装置」では、帯電した微細水滴を電位加速して有機物の表面に衝突させ、単分子層レベルで剥離するスパッタ装置の開発を目指している。「これは世界レベルの技術を発信する課題です。これまでにプロトタイプが完成し、画期的な実験データが出てきたので、企業化を一層加速すべく、支援しています」
河岸洋和・静岡大学創造科学技術大学院教授は、キノコなどの天然食資源から得られる新物質を用いて、新しい高機能性食品や植物成長調節剤の開発を目指す。さらに、佐古猛・静岡大学創造科学技術大学院教授は、製紙工場等から大量に排出され、そのほとんどが焼却処分されているペーパースラッジから、バイオエタノールの原料となるグルコースを生産するとともに、その残渣から製紙用原料になる無機材料を回収する連続リサイクルシステムの開発を目指す。「両方の課題とも、地元企業との共同研究です。地域の資源を活用して、地域の産学が一体となった企業化のモデルづくりを目指しています。佐古教授の課題は、地球環境問題へ対応する地域発のグローカルな研究課題です」
こうした研究課題の企業化の可能性を最大化するため、技術参事を中心に研究管理の側面からリスク管理やトラブル対処を含めて支援している。各課題の年度研究計画の検討への参画、進捗状況連絡会の開催や研究現場への訪問、共同研究企業との事業化状況連絡会などを開催。「どんなプロジェクトでも、大なり小なりのトラブルは発生します。それを感度よく検出し、適切に対処することが大事です。サテライト静岡とやっていれば安心だという信頼感が大切です」
シーズ発掘試験では、終了報告・評価結果を精査し、展開方向性の見極めや、反省点の抽出を行い、綿密にフォローしている。
「フォローが一番のポイントです。たとえば、信州大学工学部の杉本公一教授の『ディーゼルエンジン用超高圧コモンレールの開発』は、18年度シーズ発掘試験のフォローの個別相談をきっかけに育成研究への応募へとつなげ、19年度に採択されました」
なお、来年の募集では、埋もれている研究シーズを発掘するという制度の趣旨に則して、応募実績のない若手研究者に応募を促すことに力点をおいた活動も、大学等のコーディネータと共同で進め、応募数の拡大と質の確保を図るという。
さらに、研究資源活用型に昨年度採択された山本清二・浜松医科大学光量子医学研究センター准教授の「内視鏡で観察している患者体内の位置を教える手術支援情報表示装置の開発」では、内視鏡による蓄膿症の手術をより安全に行うため、内視鏡の観察位置を患者の頭部断面の3次元画像内にリアルタイムで表示するナビゲーションシステムを開発している。今年3月に耳鼻咽喉科等における手術ナビゲーション加算が保険で認められ、この高機能の製品の開発が急がれている。これは、浜松地域知的クラスター創成事業第1期の成果をフォローして、サテライト静岡が提案内容のブラッシュアップに積極的に協力して、採択に結びついたものである。
別の活動として、科学技術週間に“親子ものづくり工作教室”を主催したり、大学等のイベントに協賛して親子理科工作教室などを開催している。4月に静岡大学で開いた工作教室では、サテライト静岡特製のコイルモーターキットを使用し、「ちゃんと作れて動いて、感動できた」と大変好評であった。さらに、静岡大学の「ものづくり理科地域支援ネットワーク『浜松RAIN房』」がJST理解増進事業・地域ネットワーク支援に提案する際にも支援し、全国6課題の1つに選ばれた。
一方、徳山館長を中心に、昨年12月に地域イノベーション風土醸成検討会を発足させた。“持続可能なイノベーションは人材こそ鍵である”として、人材をいかに育て地域に根付かせるかの方策について浜松地域の有識者メンバーと話し合っている。ものづくりや工学に人気がないなど理科離れが進む中で、日本全体の課題、地域としての課題を、家庭、小中高校、大学、企業などの各段階に分類した上で、それぞれへの対策を検討している。
「例えば、地元で成功している企業の技術者や経営者に、地域の中学・高校生に、ものづくりや工学によって新たな発見や発明をして、さらにそれが最終的にビジネス(経済的に豊かに)になるのだということを話してもらう。東京の大学に進学したとしても、最終的に地元の企業に就職するということにつなげていきたい」
徳山館長は、長らく企業で研究に従事し現場経験もあり、また大学では教育研究と学部マネジメントに専念した経歴から、産と学の双方の価値観などが理解でき、まさにJSTの産学連携の地域拠点リーダーとしてうってつけである。大学等の研究シーズの企業化はもちろん、理科離れ対策などのイノベーション地盤の強化による地域の中長期的な活性化にも、その成果が期待できそうだ。
(科学新聞 2008年8月29日号より)
<所在地・問い合わせ>
JSTイノベーションサテライト静岡
〒432-8561静岡県浜松市中区城北3-5-1 静岡大学イノベーション共同研究センター内
徳山博于(とくやま ひろゆき)氏のプロフィール
昭和15年岡山市生まれ。京都大学大学院工学研究科修了後、計量計画研究所、住友金属工業などを経て、平成8年静岡大学情報学部教授、情報学部長、情報学研究科長などを歴任し、平成18年定年退職後、現職。オペレーションズリサーチが専門。趣味はテニス、茶道、古寺巡り。