レポート

地域からの新しい風ー 部品、医療、資源、減災… 豊かな特色いかす道模索

2009.02.13

花木真一 氏 / JSTイノベーションサテライト新潟 館長

花木真一 氏(JSTイノベーションサテライト新潟 館長)
花木真一 氏(JSTイノベーションサテライト新潟 館長)

 JSTイノベーションサテライト新潟は、中越の中心都市・長岡市の新産地区に設置され 05年11月に開館した。長岡市の商工業集積地内に居を構え、そばには長岡技術科学大学があり、関越自動車道の長岡ICにも近い。入居しているNICO(にいがた産業創造機構)テクノプラザには、NICO以外にもNAZE(長岡産業活性化協議会)等も入居しており、地元組織との交流も盛んだ。サテライト新潟は、隣接する群馬県も担当する。

 花木館長は、「新潟と群馬では、文化や産業構造の面で大きな違いがあります。同じシナリオで我々の使命を果たすのは難しい。私たちは、県の将来ビジョン、地元の声をしっかり聞いて、役に立ち喜ばれる存在になることを目指しています。サテライト新潟は、小さな組織ですがJSTの地域へのサービス拠点として、まとまった機能が用意されています。地域の組織・機関と協力することで、より大きな有機的支援機関ネットワークに発展できる“芽”になりたい。例えば、高層ビル建設で最初に屋上へ引き上げられる小さなクレーンのような役割を果たせればと思います。JSTの持つ全国区のチャンネルともつながっていることから、広域でのシーズ・ニーズのマッチングを行うことでも地域に貢献したいと考えています」

 新潟と言えば“米”が産業の稼ぎ頭というイメージが強い。しかし実際は、電子部品や金属製品製造、機械の部品製造などが盛んで経済を支えている。食の安全・安心と共に文化を支える農業や環境などを維持し発展させることが大切だ。

 工業生産の規模が一層大きな群馬は、豊かな農業とともに畜産県としても有名だが、環境改善には科学技術のアプローチが重要。「キーワードは“この地域に住み続けるために”。地域の医療インフラを維持することは重要な課題。新潟、群馬ともに雪深い地域が多く、除雪サービスも重要なインフラです。このような地域に住み続けるためには、健全な財政の基盤が必要で、それを支えるのは、やはり産業です」

 “地域が何を求めているのか”。サテライト新潟において戦略を練るために、第一に理解しなければならないことだ。

 「地域の将来方向に向かって具体的に何にどう取り組むかは、試行錯誤で戦略を作り、地域とベクトルを合わせるしかありません。地域によってどんな文化的な背景、大学や高専、企業があるのか、それがどのようにつながっているかを知る必要があります。例えば、新潟県では“健康ビジネス連峰”を打ち出し、新潟大学においては、歯周病治療の実績をベースに再生医療の拠点作りの調整が行われています。群馬県では、重粒子線治療施設の建設を目玉にしています。このような県の目標や動きだけでなく実際の産業構造も参考にし、どの科学技術分野に注力すべきか仮説を立て戦略を練る。現在も理想的なサテライトの姿を模索中です」

 育成研究’(大学などのシーズをもとに産学共同研究を行う事業。年間2600万円を上限とし、期間は2〜3年間)では、金属加工技術や計測装置の開発、米・米ぬか由来のタンパク質から機能性食品の作出を目指す研究など新潟の地域性を反映した課題や、群馬大学では今年度から、日本の国際貢献力アップにもつながる熱帯熱マラリアの予防・診断を革新するためにワクチンとなる人工抗原ペプチドの安定製造技術を確立するユニークな研究がスタートした。

 地域結集型研究開発プログラム(地域として企業化の高い分野の課題を集中的に産学官で共同開発を進める事業。年間4億円程度をJSTと都道府県が共同出資する、期間は5年間)が、畜産産出額全国4位の群馬県で『環境に調和した地域産業創出プロジェクト』として05年から開始された。これには、家畜の排泄物を低温触媒で処理する群馬大学のシーズがベースになっている。また、新潟県では『食の高付加価値化に資する基盤技術の開発』が07年度に採択された。食品を高圧処理することで機能を変えて付加価値を高めるなどの研究を行う。「大きなネットワークが産学官連携で構築されつつあります。特定のチャンピオンを作るというよりは、皆で協力してやっていくイメージ。サテライト新潟では、その流れをスムーズにするお手伝いをします」

 新潟は天然ガス、石油生産量とも日本一のエネルギー県だ。長岡のガス田は長年インフラを整備し、近隣の新潟市ばかりでなく仙台や山形、遠くは練馬にまでパイプを通じてガスを供給している。

 サテライト新潟では昨年、昨今のエネルギー事情を踏まえフォーラムを主催し、メタン活用技術研究会を発足させた。さらに、中越地震、中越沖地震で立て続けに被災した経験から、“減災”をテーマにした特別展『中越災害と復旧にむけての空間情報技術の利用』を昨年10月に(社)日本写真測量学会の学術講演会に併せて長岡で開催。人工衛星のデータを研究で用いることから、地元大学、研究所、企業、自治体の関係者だけでなく、リモート・センシング技術センターや宇宙航空研究開発機構等からも協力が得られ地域への刺激となった。

科学技術に関心を持ってもらうため開いている子ども向けイベント
科学技術に関心を持ってもらうため開いている
子ども向けイベント

 科学技術の理解増進活動にも積極的だ。主に子どもを対象にしたイベント『科学とみんなの広場』は07、08年と開催し、県内の大学や教育関係者、地域の科学教育活動グループ、企業が出展。ワークショップや展示、工作教室を開催した。参加者は、昨年約1500人、今年は2600人ほど。その成功の裏では、サテライト新潟の女性スタッフたちが市教育委員会と密に連絡を取り、イベントのチラシを市内の全小学校に配ってもらうなどの努力があった。「これはメインミッションではありませんが、このイベントに触発されて、地元の人が中心となった科学イベントが上越で計画されています。子供向けのイベントですが、小学生なら親と一緒に参加します。多くの人たちの関心が科学技術に向き、さらにJSTの名を地元に浸透させることにも効果を発揮している事業です」

 花木館長は、「経済的な支援だけでなく、地域に有用な情報を収集し提供すること、こちらからアイデアを出すことも重要な仕事。これから様々な展開が考えられます。私たちサテライト新潟の役割は、社会アーキテクト。地元のニーズにあった産業振興を行うには、まず地域に溶け込み信頼を得ることが大切です」と語った。

 1人勝ちではなく、皆で地域の産業を支えることが日本各地の産業を振興させる鍵となる。プラザ・サテライトでは、地元行政、大学、企業など関係者の考え・想いを受けとめ、産業振興の戦略を練る。

 戦後、経済優先で進んできた日本では、急激な社会構造の変化に対応するため様々な場面でつながりが分断されてきた。その中で、多くの声を聞くことができるプラザ・サテライトには、社会のつながりを回復させる『つなぎ手』として役割も期待できる。

(科学新聞 2008年7月11日号より)

<所在地・問い合わせ>
JSTイノベーションサテライト新潟
〒940-2127 新潟県長岡市新産4-1-9 NICOテクノプラザ2階

花木真一 氏(JSTイノベーションサテライト新潟 館長)
花木真一 氏
(はなき しんいち)

花木真一(はなき しんいち)氏のプロフィール
東京工業大学大学院工学研究科修士課程修了。65年に日本電気株式会社に入社、主にパターン認識、画像処理、リモート・センシングの研究に従事。工学博士。94年長岡技術科学大学教授、05年退職。現在、JSTイノベーションサテライト新潟館長。

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