|
長い歴史の中で、人は目で見えないもの、しかし間違いなく存在する物を見つけ、理解することに執着してきた。ドイツの科学者、W.C.レントゲンがX線を発見したのが100年ほど前であるが、その「物を突き抜ける光線」が人々に与えた衝撃は、現在の広範な利用という事実から推し量ることができる。
本書は、そうした物を突き抜ける光で、ともすれば突き抜けるだけで終わってしまいそうな表面を覆う薄い膜を分析する、微妙な科学の綾を取り扱っている。X線におけるこの科学の綾は、異なる性質を持つ物質同士が接する“界面”の存在によって初めて一つにまとまり、力強い分析ツール、すなわち「X線反射率法」となった。従って「X線反射率法」は、界面がもたらすもの、例えば、膜の厚さ、界面の凹凸、拡散による密度変化と言ったものを極めて高い精度で与えてくれる。もちろん、X線の物を突き抜ける能力によって、膜をはがしたり、削ったりする必要は全く無いのである。
本書は学術書なので、X線反射率と界面の関係を厳密に議論しているが、専門家でない場合は、一つのキーワード(ここでは界面)が上述の一見相反する性質を矛盾なく収める過程、それらの性質の間を微妙に渡り歩くことによって枝分かれして行った、数々の新しい技術の紹介をざっと追うだけでも得るものがある。さらに、ここでの微妙な駆け引きは、今なお新たな問題を引き起こし、ホットな議論の対象となっている。本書では、そういった現状・限界に目をつぶらず積極的に解説しているので、生々しい分析技術の構築現場を見物できる(傍から見ると)楽しさもある。
また既にX線反射率法を使ってはいるものの細かな数学は追いきれない場合には、本書を記したX線反射率法の第一線の科学者たちが行ってきた努力により、手法の信頼性がどこまで保証されているのか、時に調べるための辞書代わりにしても良い。それは、広範なユーザーにとっては、懐刀を持つ恩恵、すなわち工業的なアプリケーションとして安心して使える範囲と根拠を得ることに等しい。同書の中では、併用すると有意義な関連技術、応用例、解析プログラム、有用なwebサイトやX線関連の法令や手続きの紹介にまで多くのページを割いており、疑問や限界を感じた時や、切羽詰まった場合の配慮も尽くされている。もちろん、こうした情報を端からたどっていけば、X線反射率をこれから使うための道標になる。
古より表面を膜で覆う事は、下地の性質を保ちつつ、プラスアルファの特長を付け加える有効な手段であった。時には、錆から鉄を守り、電気的絶縁で人を守った。21世紀になり、ナノテクノロジーが社会的に高い地位を得るに到り、膜も当然のように薄くなり、役割も飛躍的に拡大して来た。いわゆる「機能性薄膜」の台頭である。そういえば、わが社の製品にも、と思い当たる方も多いであろう。一方で、界面の乱れはデメリットとなる場合も有るが、時として新機能ももたらす。界面を真っ向から扱うことの意義は高まるばかりである。
分析技術の流れを追う解説書として、あるいは社の技術革新をもたらす指南書として、手にとられてはいかがであろうか?