この連載では第6回にJSTイノベーションサテライト岩手の猪内正雄館長にご登場いただいたが、猪内館長は6月末で退職し、7月から平山健一・前岩手大学長が館長に就任した。平山館長は「私の専門は土木なので、先端科学からは縁遠い分野。学長時代は管理業務ばかりやっていたので、うまくできるかどうか分かりませんが、大学の時に培った人脈やネットワークを使って取り組みたい」と話す。
サテライト岩手は、岩手県、秋田県、青森県という3県を対象に、大学等研究機関および企業との共同研究や委託研究、研究機関におけるシーズの発掘および研究成果の実用化・事業化への橋渡しなどのためのコーディネート活動を行っている。
「岩手県は、もともと産学官連携が活発で、岩手大学工学部の先生方が昭和の後半から土曜日は『地域貢献の日』と決めて、企業に行って現場のニーズを調べたり、企業の人に大学に来てもらって大学のシーズをお話ししたりしてきました。当時の工学部の多くの教員には、大学の存在価値は地域から頼りにされることであり、地域とともに歩む大学でなければならないという気持ちがありました。若手の教員も、企業や行政の第一線にいる課長とか係長といった人たちと絆を作ってきたんです。それが岩手ネットワークシステム(INS)です。そういう歴史があって、産学官の連携とか企業間の連携が形作られてきました。今でも大学が率先して地域産業の振興に中核的な役割を果たさなければいけないという思いには強いものがあります」
「北東北は地域的な広がりがあって、それぞれの間の交通機関も十分ではなく、冬の間は顔を付き合わせて酒を飲む機会も少ないため、地域間の人の交流は低下しますが、岩手で形作られてきたような産学官連携の仕組みを、北東北3県の中で作っていきたい」
秋田県は、猪内前館長が力を入れてネットワーク作りを進めていたため、かなり仕組み作りが進んでいるという。特に、秋田大学長に地元出身の吉村昇学長が就任したことで、連携が加速された。9月2日に、秋田県庁の学術国際部科学技術課の主催で研究開発セッション2008が開催され、秋田大学、秋田県立大学、秋田高専だけでなく、数多くの企業が参加した。
「学の連携もしっかりまとまってきましたし、行政はもともと主導的にやってきましたので、そこに産業界の顔がかなり見えるようになってきました。秋田は力強くなってきたと思っています」
問題は青森県だ。旧津軽藩(青森県西部)と旧南部藩(青森県東部)の歴史的風土の違いが現在でも県民意識の中に残っており、そのため県内での産学官連携もあまり進んでいない。平山館長は、青森県におけるネットワーク作りが新たな任務だという。
「青森は難しいんですよ。国立大学は弘前市にあり、県庁は青森市、物づくりの産業が八戸市と分かれてしまっている。しかも3都市を結ぶ交通の利便性が十分とはいえず、県が目指す産業振興の方向が産学官で共有されていないんです。また、弘前大学・八戸工業大学・八戸工業高等専門学校・青森大学などの学の連携もまだまだ十分でないのが現状です。そこで、まずは学の連携をとっていきたいと思っています」
岩手大学長であった平山館長には、青森県の大学同士の交流とは異なるネットワークを持っている。「弘前大学の遠藤正彦学長とは長年一緒に学長を務めてきましたし、現在も弘前大学の外部評価を務めさせて頂いています。八戸工大の庄谷征美学長は北海道大学で同じ研究室にいました。それに、東北大学から来られた八戸工業高専の井口泰孝校長とは、以前から非常に親しくさせてもらっています。地元の誰かがキーパーソンの役を担わなければなりませんが、そのお手伝いをしたいものです。その人が中心になって青森の産学官の連携を今以上に強化してもらいたい。連携というのは、足ではなく手を引っ張るやり方ですから、それぞれの機能を活かしながら、青森県はもちろん北東北3県として、世界に発信できる地域のパイをいかに大きくしていくかということにJSTは専念したいと思っています」
平山館長は自身の専門分野を通じて、これまでNPO活動(北上川流域連携交流会、北上川リバーカルチャーアソシエーション)などを進めてきた。
「河川事業では、洪水防止のための治水、水を使う利水、環境という3つの柱があるのですが、日本ではどうしても小さな流域の中ですら、トンボが大切だという人は環境だけを主張し、農業用水や上水、災害のことなどは無視してしまう。そういう狭い視野はものごとを進める上で大きな束縛になっている。“共存”というか、それぞれが少しずつ我慢して全体としては、よりよいものを求めるというような仕組みを作っていきたいと思ってやってきました。しかし国内では、利根川に行っても、石狩川に行っても、やはり岩手の北上川と同じような構図があって、やはり視野が狭い」
その後、NPO活動を通じて、北上川とナイル川は姉妹河川になった。2003年の世界水フォーラム(京都)で、副議長を務めたエジプトのマハムード・アブゼイード・水資源潅漑大臣も同席して調印した。
「それから毎年、エジプト大使が北上川を訪問し、我々もナイルに行きました。そこで分かったのは、ナイルの豊かな水はエジプトに降った雨ではありません。上流は外国(エチオピアやスーダン)です。エジプトにとって水は命そのものなのです。そのためアスワンハイダムの周りには高射砲陣地があったり、上流のダム開発ではエジプトが猛反対して国際問題になるんです。豊かな水に恵まれた我々は、頭が真っ白になるほどの強い印象を受けました。広い視点を持たなければならないということが分かったんです」
「それと同じように産業の振興という大きな目標があったとき、できるだけ大きな視点を持って、連携、機能分担によって北東北全域の産業が活性化するようにしたい。その時、地場資源をいかに活かしていくのかという視点が大切です。サテライト岩手への研究申請を見ると第1次産業、農林水産などの食べ物関係が多いので、そういうところに光を当てていきたい。人の気持ちの豊かさや安心というものは、まさに田んぼから土地から与えられる食べ物です。農業をやっている人たちというのは子どもが多いので少子化対策にもつながります。もの作りを支える人材という面からも第1次産業がしっかりしているというのは非常に大切なことだと思っています」
平山館長は「地域の人が残ってほしいと思うような大学でなければ存在価値がない」という。現在、地方大学は非常に厳しい状況にある。産学連携による地域の産業振興は一つの突破口になるものだが、単に共同研究や受託研究などを増やせばいいというものではない。
地域の特性や状況に見合う研究が進められるようJSTイノベーションプラザ・サテライトとの連携・共存が望まれる。
(科学新聞 2008年9月26日号より)
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JSTイノベーションサテライト岩手
〒020-0852 岩手県盛岡市飯岡新田3-35-2 岩手県先端科学技術研究センター内
平山健一(ひらやま けんいち)氏のプロフィール
1942年北海道生まれ。67年北海道大学大学院修士課程修了、74年アイオワ州立大学大学院博士課程修了、同年岩手大学工学部助教授、83年教授、98年工学部長、2002年岩手大学長、08年6月4日、2期6年の任期を終え退職。7月1日から現職。専門は雪氷工学、河川工学。