レポート

地域からの新しい風ー 自然豊かな3県が一体 目指すはフィンランド型

2009.01.23

猪内正雄 氏 / JSTイノベーションサテライト岩手 館長

猪内正雄 氏(JSTイノベーションサテライト岩手 館長)
猪内正雄 氏(JSTイノベーションサテライト岩手 館長)

 北東北3県をいくつかの指標から見てみると、04年の全国平均所得298万円に対して、青森215万円、秋田230万円、岩手236万円と低く、産業別人口構成比(05年)は1次産業が全国平均5%に対して11〜14%と高く、逆に3次産業は60〜65%と全国平均69%を下回っている。また75歳以上の老齢化率(07年)は、23.3〜27.4%と全国平均21%よりも高い。

 こうした指標だけを眺めていると、その中での産学連携によるイノベーション創出というのは難しいのではないかと考えてしまいがちだが、猪内館長の考え方は違う。

 「プラスの条件もあるんですよ。大きな企業が少ないことで、大学等の研究シーズが十分に活用されていないため、未利用の研究シーズがたくさん残っています。また人材にしても、地元に残りたいのだけれども、企業がないために残れない人も多いので、かなり豊富なポテンシャルがあります。これを活かせば、北東北3県(青森、秋田、岩手)連携協力による『地域イノベーション』の実現と豊かな地域作りというのは可能なんです」

 また、豊かな土地、豊かな農林水産資源、自然環境の豊かさも、北東北3県の共通のプラス条件だという。こうした条件を活かして、猪内館長が理想としてめざしているのがフィンランド型の地域作りだ。

 「私自身、10年ほど前に半年間、ヘルシンキに留学したことがあるんですよ。フィンランドというのは、森林が豊かで、人口は少ないため、大きな企業もない。その中で、北西部にあるオール市では、オール大学が中心になって、大手電気通信機器メーカーのノキアと産学連携を進めている。地域の卒業生もヘルシンキのような街には出ないで、地元で就職できるようになっています。また、森の中に工場があるのですが、外から見ると工場がどこにあるか分からないくらい自然が豊かで、住民もその豊かな自然の中に住んで、工場に通っています。非常にうらやましい環境です。我々も、北東北型の産業を興して、豊かな自然の中で暮らしていければ、金銭的だけではなく精神的にも豊かな地域ができるはずです」

平成20年度第1回サテライト岩手サイエンス・カフェの様子。「最新で最古の古文書〜ゲノム・マップ〜を読む」と題して、岩手大学の内山三郎教授が講演した
平成20年度第1回サテライト岩手サイエンス・カフェの様子。

 そうした理想を実現するためには、北東北3県が一丸となって地域イノベーション創出に取り組まなければならない。

 「うちのサテライトは盛岡にあるのですが、岩手県だけあるいは盛岡だけ、そう思われてはまずい。3県一体でやっているという雰囲気作りが大切です。研究事業も岩手県だけ多く取るようなことはしませんし、行事などでも平等に行うようにしています。3県のシーズなどを紹介する北東北イノベーションフォーラムは、第1回を秋田県秋田市で開催。今年は青森県、来年は岩手県で開催する予定です。また今年4月に盛岡で始めたサイエンスカフェも順次、秋田、弘前を巡回することにしています」

 また、サテライトの重要な機能として、研究シーズと企業ニーズを結びつけるコーディネート活動があるが、北東北3県では、その担い手であるコーディネータ同士の集まりは各県それぞれで行われている。

 「第1回北東北イノベーションフォーラムでは、パネルディスカッションでコーディネータ問題を取り上げ、3県のコーディネータが集まって議論しました。北東北3県のコーディネータが集まって議論する地域コーディネート連絡会に向けての布石です」

 さらに秋田県、青森県、岩手県から、各県のコーディネータそれぞれ1名、兼任コーディネータとしてサテライトの事業に協力する枠組みを作った。

 「北東北3県というのは広いので、こうした仕組みを作ることで、地元の情報がたくさん入ってきますし、JSTの事業についても多くの地域の方に知っていただけるようになります」

 そんな猪内館長が選ぶ注目研究が、岩手大学の森邦夫名誉教授のトリアジンチオール誘導体の合成とその応用に関する研究だ。トリアジンチオールは、分子の中に硫黄が入っている有機物で岩手大学では応用化学科が創設された59年から研究が進められてきた物質。

 「森先生はこの誘導体として、金属、セラミックス、高分子材料等、あらゆるものを接着できる分子接着剤を開発したんです。高周波対応プリント回路基板、筐体等への3次元配線、難メッキ素材へのメッキなど、様々な分野に応用できます。エッチング溶液が不要なため環境負荷が小さく、また製造工程・使用資材が少ないため、高生産性・低コスト化が図れるなど、多くのメリットがあります」

 森教授の研究は、都市エリア産学官連携促進事業、シーズ発掘試験、地域研究資源活用促進プログラムへと採択され、その内容を徐々にレベルアップさせていくとともに、産学共同研究の相手も増やしてきた。「成功モデル」と猪内館長はいう。

 「国立大学が法人化してから、特許が原則機関帰属になったのですが、実際に収入になるような成果はなかなか出てこない。森先生の研究はそうした面でも大学や地域産業の活性化に貢献しています。05年度の技術移転収入で岩手大学は4800万円だったのですが、その多くが森先生の技術によるものです」

 また青森県では、弘前大学の佐藤達資教授、野坂大喜助教が(株)クラーロと共同で、画像解析を応用した遠隔医療診断のためのシステムを開発した。実用化のための可能性試験で2年間支援して、製品化までこぎつけた。

 以前から県をあげて医工連携に取り組んでいた秋田県では、シーズ発掘試験等を基礎にして秋田大学の濱田文男教授と(株)アイカムス・ラボ、(株)ニプロ等で、骨粗鬆症遺伝子検査装置を開発し、製品化を目指している。

 こうした産学連携の成功例が生まれる背景には、地方の国立大学が本気で産学連携活動に取り組んでいることがあるという。

 「産学連携を推し進めるための組織として、弘前大学には地域共同研究センター、秋田大学には産学連携推進機構、岩手大学には地域連携推進センター。もともと3大学とも地域共同研究センターだったものを、知財管理部門や生涯学習センターなどを取り込んで、それぞれ発展させたんです。地域にとっては、こういう組織による活動が将来効いてくるんです」

 国立大学の法人化前後、地方大学の再編・統合問題が取りざたされたことがあった。その時、3大学では相当真剣な議論が交わされたという。

 「現在でも連携組織が定期的に会合を開いていますし、3大学で共同研究もやっています。この3大学が、地域一体の連携組織の核になっています」

  こうした背景をよく理解し、その上で地域が一体となるための様々な仕掛けをしている猪内館長だからこそ、フィンランド型の地域再生も近い将来のことかもしれない。

(科学新聞 2008年6月27日号より)

<所在地・問い合わせ>
JSTイノベーションサテライト岩手
〒020-0852 岩手県盛岡市飯岡新田3-35-2 岩手県先端科学技術研究センター内

猪内正雄 氏(JSTイノベーションサテライト岩手 館長)
猪内正雄 氏
(ししうち まさお)

猪内正雄(ししうち まさお)氏のプロフィール
1939年生まれ、岩手大学農学部卒業後、森林総合研究所で働きながら博士号(農学)取得、69年岩手大学農学部助手、74年同講師、80年同助教授、93年同教授。2002年から岩手大学副学長(学術担当)として国立大学法人化という大改革に取り組み、05年退職後、現職。林学・森林利用学が専門。

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