大阪府和泉市にあるイノベーションプラザ大阪は、周辺地域にある数多くのアクティビティの高い研究機関と企業を対象に事業を進め、大きな成果をあげている。世界的な研究者としても知られるプラザ大阪の村井眞二館長は「ピカ新のネタを探してエンカレッジしていくために様々な工夫をしている」と話す。
プラザ大阪の役割は、基本的には使命感を持ったサービス業です。最終的には国民に対するサービスですが、その手法としては、大学の先生方の良いネタを掘り起こし、興味を持っている企業の方々につないでいく。しかし、面白いということだけでは技術は育たないので、自分たちが勝手に面白いというのではなく、面白いということの裏付けを取っていきたい。裏付けの基準はいくつかありますが、一つは商品になる。お金を出して買おうという人が現れるということは、それが役に立っているということです。
プラザの目玉事業の一つに育成研究(大学等のシーズをもとに産学共同研究を行う)があります。3年間、年間2600万円くらいの研究費だけでなく、特許戦略や企業間や大学との調整も行いますし、プラザにある研究スペースを貸したり人も雇用します。
大阪大学微生物病研究所の野島博教授の研究では、患者さんの血液から病気の診断や病因の特定などができる、新しい血液RNA診断システムの発売にまでこぎ着けました。医師が、病状と病因とを自ら結びつけられるので、新しい治療法にも貢献しますし、非常に似た症状をしている患者さんも違う病気だと見分けられます。育成研究を終え、重点地域研究開発推進プログラム(研究開発資源活用型)に採択されて、世界のマーケットに出せる商品を目指してブラッシュアップしているところです。
現在、カーボンナノチューブ(CNT)の用途開発が盛んに行われているわけですが、用途開発を進めるためには、試料がネックになります。大阪大学の中山喜萬教授(採択当時は大阪府立大学)が始めた育成研究では、CNTの非常にうまい作り方を見つけ、CNTを作る装置を市販しました。納入先で色々な工夫を加えながら、新しいタイプのCNTやCNC(カーボンナノコイル)ができています。用途研究がかなり広がっていますので、大きな貢献をしています。
大阪大学産業科学研究所の黒田俊一准教授の開発した中空バイオナノ粒子は、遺伝子・タンパク質・薬剤を封入して生体内で特定部位にピンポイントで送ることができます。これまでのDDS(ドラッグ・デリバリー・システム)は、標的のサイズを狙ったり、偶然に頼ったりして、ようやく患部にたどり着いているものが多い中、この粒子ではアミノ酸のラベルを付けることでピンポイントで患部に届けられます。現在、第2ステージとして、よく知られている抗ガン剤を特定のガンに送り込むプロジェクトが走っています。既にベンチャーも立ち上がっています。
心がけていることは、“ピカ新”のネタを拾うことです。ピカ新というのは新薬の用語で、治療法を変えるほどの新しい薬です。ちなみに“ゾロ新”は今までの何倍もの効果があるが治療法のタイプとしては同じで、“ゾロゾロ”はどこにでもあるような薬です。
そのためにスタッフ一同、足を棒にして探したり、エンカレッジしていく。また審査チームは非常に見識の高い人が集まっていて良いものを文句なしに選びます。これが一つの財産です。
研究者には、学術論文は数は要らないので、一つだけでも非常にレベルの高い雑誌に書いてくださいとお願いしています。これが出ると引き合いのレベルがワールドクラスになる。また館長やスタッフとのクロスコンタクトも重要です。プラザの良いところは、すぐに行ける距離に先生や企業がいることです。A社とB社で特許戦略に違いがあるときに調整したり、現場で困ったときにすぐに対応できたりと、実はそういったことが研究を進める上で非常に重要なのです。
期間中は徹底的に秘密保持は守ります。そのため競争的資金によくある発表会は1回もやりません。内部研究会に部内以外の人が参加するときは事前にOKかどうかを確認する。情報が漏れないと安心してもらうと本気のディスカッションができる。その環境づくりを大事に心がけています。
中間評価では、走っているプロジェクトの3分の1は減額か中止にする。これを初めから宣言しています。2年目中頃の中間報告では、そのことを言った上でタイムスケジュールを出してもらいます。いつまでにこれはできる、できない、発見型のものはいついつまでにこういうトライアルをやってみると。大学の研究者は、研究に対する納期という観念がないので、先生方は学生の修論などのペースにあわせて、だらりと進んでいく。それでは間尺にあわない。
今まで採択課題の3分の1くらいのペースで減額ないし中止にしてきています。残念なのは、JSTの評価では中止のプロジェクトがあるというだけで、その事業にマイナスの評価が入る。特に良いプロジェクトを選んで本人を奮い立たせるために、あえて相対評価で他のプロジェクトの減額や中止をしているのに、それは今の役所的にはまずい課題を選定したとしか評価できない。JSTのミッションに対しては忠実にやっているんですが(笑)。
もう一つの目玉が、和泉市の小学校6年生全員(約300人ほど)が一度はプラザ大阪に来ていることです。プラザ大阪で理科教室をやっていて、定番のものが多いのですが、みんなキャーキャー喜んでいる。一度、カッターナイフで紙を切って、船をつくっている時、2〜3人が手を切ってけがをしてしまったんです。大事があってはいけないと思い、すぐに教育委員会に連絡したところ、いや生徒があれだけ喜んでいたからご心配なくと。喜んでもらっていたみたいで、安心しました。
いずみニューテクノフォーラムは企業の人に集まってもらって、新技術を紹介する催しですが、スピーカーは研究者ではなくコーディネーターです。そうすると、コーディネーターもそこで説明するために頑張って現場で勉強しますし、情報を集めますから、先生方とのコミュニケーションも密になりますので、何重にも効果があります。これを年2〜3回開いています。
プラザ大阪では、いままでお話しした活動の他にもJSTの出先機関として様々な活動を行っています。
産学共同シーズイノベーション化事業(シーズ顕在化ステージ)という、大学のシーズをもとに産学で提案するプロジェクトがあるのですが、この呼びかけ方でプラザ大阪モデルを作りました。1回目は大阪大学でやりました。先生方にこのネタはひょっとしたら面白いんじゃないというのを発表してくださいと呼びかけます。一般的にはコーディネーターを通じて、大学の産学連携本部から先生方に呼びかけますが、それでは伝わらない。大学の中には教育以外に命令系統がないからです。そこで教育に関する命令系統を使って、この事業を応募ターゲットに、研究担当副学長から各学部の研究担当の長に言ってもらって、そこから若手助教授あたりを説明会に強制的に出してもらいました。その後、各研究室に事業のパンフレットがメールボックスに入るようにした。
それでシーズ発表会をやったのですが、60人くらいの先生方と、企業100社が集まりました。情報物理系とバイオ系の2部に分けて、先生方に発表してもらうのは1分間だけ、その後に、本人がポスターの前で説明してもらう。企業の人は発表の後、この人と思える人のポスターのところに聞きに行く。その際、企業の人はもちろん、先生方とも守秘契約を結んだんです。代理出席も認めない。情報漏洩がないと信頼してもらえると、良いネタが発表されます。
その後、事業に応募してもらって、ふたを開けてみると、全国186件の採択の中で大阪大学がダントツの21件。2位と3位が京都大学と東京大学で12件ずつ。翌年は関西の大学に声をかけて、同じことをやってまたトップだった。先生方はシャイですから、本当に知りたい人しかいないことを保証し、参加者の名簿は全員分差しあげることで、やっと重い腰が上がる。重い腰が上がったら成功なんですね。その後、この「プラザ大阪モデル」はJSTの「イノベーションブリッジ」事業の方式へと発展しています。
はじめにも申しましたが、JSTは使命感を持って科学技術の発展に尽くしています。これまでJSTは研究開発を支える「黒子」の役割だと言われてました。私は、むしろJSTは誰からも良く見えて信頼されるプロデューサーだと思っています。プラザ大阪は地域と国全体とに精通した良いプロデューサーでありたいと努力しています。
(科学新聞 2008年5月23日号より)
<所在地・問い合わせ>
JSTイノベーションプラザ大阪
〒594-1144 大阪府和泉市テクノステージ3-1-10
村井眞二(むらい しんじ)氏のプロフィール
大阪大学大学院工学研究科修了。89年大阪大学教授、99年大阪大学工学部長を経て、02年定年退官。現在、JSTのプラザ大阪館長および特任フェローを務める。有機合成化学の研究で藤原賞受賞など。奈良先端科学技術大学院大学理事。