レポート

地域からの新しい風ー 知名度高め仕事円滑に 草の根交流が成功例生む

2008.12.19

浅井滋生 氏 / JSTイノベーションプラザ東海 館長

浅井滋生 氏(JSTイノベーションプラザ東海 館長)
浅井滋生 氏(JSTイノベーションプラザ東海 館長)

 JSTイノベーションプラザ東海は、平成19年度のJSTにおける事業評価で16あるプラザとサテライトの中で全国1位(18年度は4位)になった。浅井館長は「コーディネータの頑張りが一番大きいです」と話すが、それに加えて、館長として様々な仕掛けをしていることが大きな影響を与えている。

 館長に就任して1年半、まず運営委員会の委員を刷新した。名古屋大学の平野眞一総長、松尾稔前総長、大辻義弘・中部経済産業局長など、東海地域に大きな影響力を持つメンバーを集めた。「最初、JSTのことを十分ご存じなかった方もみえたんですよ。まず知ってもらって、足を運んでもらうことが大事です。人間は知って顔を合わせれば親近感を持つし、知らないと協力もいただけません。参画いただくことで事業がやりやすくなります」

 またJSTサロン東海を去年から始めた。産官学の関係者を集めての講演会だが、講師がすごい。第1回は豊田章一郎・トヨタ自動車取締役名誉会長、今年3月には松尾稔・科学技術交流財団理事長(前名古屋大総長)、今年10月10日には伊藤忠商事の丹羽宇一郎・会長が講師を務める予定。「東海地区の産官学のトップの方々にJSTを知っていただいたらスムーズに仕事が進みます。まずは東海地区でJSTの知名度を上げなければなりません」

 プラザやサテライトの目的は“大学等のシーズを発掘し、企業等のニーズにつなげ、地域のイノベーションに結び付ける”ということになっているが、浅井館長はシーズを育てることは重要だとしながらも「それだけでは成り立たない」と指摘する。

 「世の中に特許は数多くあるが、そのうち、実用化されるものは本当に少ない。ましてや研究段階にあるものでは、成功の確率は極めて低い。一方、企業は本当のニーズは言わない。そこで本当のニーズに近いところを見つけだし、ふさわしい先生を紹介すればいい、というのが基本的な考え方です」

 ただし、シーズの発掘も忘れてはいない。名誉教授を巻き込んでの新たな仕組みを構築した。現役の研究者は、浅井館長が「委員会 こんなにあって いいんかい」と川柳で例えるように、何かと忙しい。また、研究の提案書についても審査員に伝わる書き方がなされていない場合が多い。一方、平均寿命が80代となっている現在、大学を退職した名誉教授には力があり余っている。

 そこで浅井館長が考えたのが、名誉教授が現役教員の申請書に目を通す方式だ。もちろんJSTの予算は使えない。そこで、(財)名古屋産業科学研究所(名産研)の経済支援を得て、名産研に登録された名誉教授の力を借りることにした。そこでは俗人的問題を回避するため、間にコーディネータが入って申請書のブラッシュアップを行う。「最終的な文章については申請される先生がご判断されればいいんです。ただし、このブラッシュアップの過程で文章が審査員に伝わりやすくなったと気づくんですよ」名誉教授の活用だけでなく、現役教員の教育にもつながる制度で、全国初のものだ。

 現在、JSTイノベーションプラザは全国に8つあり、いずれの館も独自に建物を持っているが、その建物が本当に地域のニーズを受け止め十分に活用されるよう、常に気をつけていかなければいけない、と浅井館長は指摘する。「プラザ東海は東海3県の主要大学とは離れたところにあるんです。この立地条件で、いかに「地域に愛されるプラザ」として運営していくか、をよく考えなければいけない」

 館長就任当初は、工業地帯という立地の悪さを嘆いていたが、あるきっかけで、場所のデメリットはメリットに変わった。プラザ東海の近くを流れる天白川(2級河川)で昼食後、河原を散歩がてらゴミ拾いをしていたら、そこで地元の中小企業の事業主と偶然知り合った。

 「お互いに仕事の話をするようになり、そのうち、技術的な課題についても相談を受けるようになったので、特許や文献を調べたんです。より具体的な話になったので、専門の名古屋工業大学の先生を紹介したところ、非常に喜んでもらえたんです。そこで分かったことは、そういった大企業の孫受けくらいの企業は、今日まで科学的な手が入っていない。JSTやNEDOが支援しているのは、まがりなりにも研究ができる中小企業ですから。そういう方と話してみると、科学技術を使ってなんとかしたいという熱意が感じられたんです。親会社に首根っこを押さえられていることと、そのつながりが人間的なもので不安定だからです。もし自分のところの独自技術が少しでもあれば、よその仕事がとれたりするので、科学技術で自分の会社をなんとかしたいという渇望がものすごくある。それで、調べてみると、500メートル圏内に100社以上もあることがわかったので、それまでは大学と離れていて、良くない場所だと思っていたのが、今度は逆に非常に恵まれた場所だと思えるようになったんです」

「天白川をデートコースにする会」で川の美化活動をする浅井館長
「天白川をデートコースにする会」で川の美化活動をする浅井館長

 そこで浅井館長は『天白川をデートコースにする会』を地域住民や地域企業の従業員とともに設立した。募金を得て、去年の秋に菜種をまいたところ、今、数多くの花が咲いた。先月は、コスモスの種をまいた。「秋の河原が楽しみです」

 こうした活動を通じて、地域とのコミュニケーションを密にしている。「先日、町内会長さんと会って、中小企業の方との交流会を提案したら、『私が声をかけましょう』と言ってくれたんです。私が各中小企業を回って、JSTはこういう組織ですけど、一度来てみませんかといっても、うさんくさいと思われる。ところが町内会長さんならば、その点がものすごくスムーズなんです」

 今月中には、地元中小企業と名誉教授との交流会を開催する。そこで新たな出会いがあり、様々な形で地域の活性化につながることを期待するという。「プラザ東海を今後、「地域に愛されるプラザ」として運営していくためには、今までJSTが支援の対象から漏らしがちであった企業に手を差し伸べて、成功例を1つでも2つでも作ることです。我々が生きる道を探ろうと思ったら、それしかないと思っています」

 さらに館内ロビーの壁を、ギャラリーとして地元の画家に無料で貸し出している。「今後、近所の小中学生の絵を飾るようにして、地域の人に親しまれる館にしていきたい」

 浅井館長は現役時代、超難関の科研費・特定領域研究に一回の提案で採択された。研究レベルの高さは当然のことであるが、ヒアリングに50キログラムの磁石を名古屋から持ち込んで、審査会で実験をやったのも良かったという。趣味の川柳では意外性が“笑い”につながり、研究でも意外性が新たな発見を生み出す。地域イノベーション創出でもユーモアが大切になるだろう。ちなみにテニスの腕はと聞かれたら「成績は メタボが履いた 古パンツ(音がする川柳)」だと本人は言っている。

(科学新聞 2008年7月25日号より)

<所在地・問い合わせ>
JSTイノベーションプラザ東海
〒457-0063 愛知県名古屋市南区阿原町23番1号

浅井滋生 氏(JSTイノベーションプラザ東海 館長)
浅井滋生 氏
(あさい しげお)

浅井滋生(あさい しげお)氏のプロフィール
1943年9月13日生まれ。66年名古屋大学工学部鉄鋼工学科卒業、88年名古屋大学工学部教授、97年同大学大学院工学研究科教授。日本鉄鋼協会会長、日本学術会議連携会員、拠点リーダーを務めた21世紀COE「自然に学ぶ材料プロセシングの創成」では「期待以上の成果があった」と最高の評価を得た。電場・磁場の機能を利用する学術・技術分野「材料電磁プロセッシング」における世界の第一人者。趣味は、川柳とテニス。

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