レポート

地域からの新しい風ー 最先端研究をローテク化 「資金より人」 北先大と協力

2008.12.12

三谷忠興 氏 / JSTイノベーションプラザ石川 館長

三谷忠興 氏(JSTイノベーションプラザ石川 館長)
三谷忠興 氏(JSTイノベーションプラザ石川 館長)

 プラザ石川は、富山県、石川県の北陸地域で産学官連携事業、地域研究事業などを展開している。三谷忠興館長は戦略的創造研究推進事業発展研究(SORST)研究総括やERATO顧問などを兼任し、現役で大型の基礎研究プロジェクトも牽引している。それだけに地域科学技術振興へのアプローチも異なり「世界最先端のハイレベルな基礎研究をローテク化して、地域の企業に展開していきたい」と話す。

 SORSTは、戦略的創造研究推進事業等の研究課題のうち、優れた研究成果が期待され発展の見込まれる研究への支援を延長して、今後の科学技術の鍵となる大きな研究成果や将来実用化が見込まれる研究成果を創出しようというもの。三谷館長が研究総括を務める物理・情報分野では7課題が進行中。また顧問となっているERATO下田プロジェクトは、微小液滴内での溶質の移動(輸送)の挙動や自己組織化能力を理解し、量子力学的なミクロの問題に還元して扱うナノ輸送科学を開拓することで、液体の多様な能力を利用してナノサイズの電子デバイスを作製する技術基盤の確立を目指す。

 「国際的にハイレベルな基礎研究の成果を地域に展開するというのは、最先端のハイテクでしか作れなかったものを、地域の中小企業でもできるようにローテク化して、ローテクでハイテクを作るというものです。例えば、溶液を使うとか化学を駆使して、超高真空で作っていたプロセスと同じことができれば、色々なものを安く、低エネルギー、省材料、低環境負荷でできる。こういった新しいことを地域企業ができるようにすることが大事です。これまではそういうパスがなかった。プラザの地域活性化の方法論の一つとして、地域オリジナルだけでなく、国際的に最先端の研究とドッキングさせるというものもあると思っています。ただし、こうしたハイテクをローテクに移すということは“簡単につくる”ということですから、結構難しいことなんです。一番のサイエンスかもしれません」

 そうした新たな地域活性化策を実施していくためには、研究資金よりも人が重要だと三谷館長はいう。

 「やはり地域の大学や公設試、中小企業と、大型基礎研究とでは大きなギャップがあるんです。知的クラスターや産業クラスター、都市エリア整備事業などもありますが、これらは資金が中心になって人が集まっているので、資金が途切れると求心力がなくなってしまう。これでは意識も含めてギャップは埋まらない。そこで、キーパーソンが地域に来て、人を育て、産業への展開も意識しながら最先端の研究を推進していくことができれば、そこに求心力が生まれます。実際、ERATO下田プロジェクトは、いしかわサイエンスパークのフロンティアラボ(県の研究施設)に入っていますし、その近くにプラザ石川、北陸先端科学技術大学院大学があります。エプソンの研究所長だった下田達也・北陸先端大教授が中心となって、こうしたロケーションで多くの大学教員や企業と連携してやっているので、こうなるとギャップはなくなってきます。やはり、企業の考え方ができて最先端の科学が分かる人が重要です」

 産学官連携でイノベーション創出というのは、最近、色々な場面で聞くフレーズだが、大学の研究と実際の事業化との間には非常に大きな差がある。

 「プラザ石川の育成研究の第1期生なんですよ。育成研究を終えてから、企業化開発・顕在化ステージにアプライしたんですが蹴られてしまいました。そこで共同研究相手の企業が上記のフロンティアラボの施設を借りてくれたので、EL関連の仕事を続けたのですが、その関連事業でやっと量産に向けた検証に入ったところです。そういう意味では事業化の難しさは肌身で感じています。そこで、僕も含めて第1期生から現在までの研究代表者と、関連してきた企業のリーダーたちを集めて、イノベーションコアという形で、今後どうすべきなのかを経験者が話し合うフォーラムを作ろうと思っています。日本では産と学が離れすぎているので、コアになるグループを作って、ハイテクをローテクに落とし込んでいくとか、実用化に向けたスピードアップをぜひやっていきたい。何人かに声をかけたら賛成してくれましたから、年末までに“フレキシブル・サイエンス”をキーワードにしてキックオフミーティングを開きたいと思っています」

 この9月には、地域の主要大学や高等専門学校と協力の覚書を正式に交わし始める。三谷館長と同時に着任した林勇二郎総館長は3月末までの2期8年間、金沢大学学長として活躍していたため、地域に幅広いネットワークを持っており、この交渉も非常にスムーズだったという。

 「これまでコーディネータは、個人で開拓していかなければなりませんでしたが、組織としてサポートするという覚書があると、非常に動きやすくなると思います」

三谷館長が主催する陶芸教室の子供たちの作品。
子供が親から離れて無邪気に作ると魅力的なものがどんどん出てくる。
三谷館長が主催する陶芸教室の子供たちの作品。
子供が親から離れて無邪気に作ると魅力的なものがどんどん出てくる。

 また、北陸先端大とは同じく8月、技術協力協定を結んだ。北陸先端大の技術サービス部のスタッフとプラザ石川の科学技術コーディネータが協力し、プラザの要請に応じて、有償で試験や計測・分析、さらにはサンプル作りまで行うという。

 「地域で新しい研究に取り組もうと思っても、最先端の研究装置が必要な場合にはなかなかステップアップできないのが現状です。そこで、そうした装置を持っていない大学や地元企業などが、研究を次の段階へレベルアップさせようという時に、コーディネータが橋渡しをして、北陸先端大のサービスを受けることで地域活性化につながっていくと思います。例えば、中小企業で経験的にうまくいっている技術をステップアップする際には、その背景にあるサイエンスを理解することが重要です」

 三谷館長は、北陸先端大教授の時、事務組織に付属していた技術部を学長直轄の技術サービス部として独立組織に改編させ、初代部長(兼任)に就任した。技術レベルやモチベーションを上げ、外部(企業)からも仕事を受けられる仕組みを作ったことが、今回の協定締結につながっている。

 さらに北陸先端大では、ベトナム国家大学に設置したデュアル大学院の初代事務所長にも就任していた。その経験から、今後はアジアを意識した事業展開が必要だという。

 「この10月からベトナム政府の支援で北陸先端大に14人の学生が来ますが、企業や大学の先生を含めて幅広く交流を進めながら、アジアとのつながりを強めていくことが次のステップだと思っています。向こうには企業がどんどん進出していますから、それらも含めて産学連携を進めていきたい」

 三谷館長はこれまで、東大では物質工学を、分子研では装置開発を、北陸先端大では有機と無機の融合をと、幅広い領域で研究を進め、新たな研究領域を開拓してきた。感覚的にも分野的にも壁がないため、「ハイテクをローテクに」「ローテクをハイテクに」という自由な発想で育成研究のアドバイスなども行っている。地域科学技術の新たな風として期待される。

(科学新聞 2008年9月12日号より)

<所在地・問い合わせ>
JSTイノベーションプラザ石川
〒923-1211 石川県能美市旭台2丁目13番地 いしかわサイエンスパーク内

三谷忠興 氏(JSTイノベーションプラザ石川 館長)
三谷忠興 氏
(みたに ただおき)

三谷忠興(みたに ただおき)氏のプロフィール
1941年生まれ。64年大阪市立大学工学部卒業、65年東京大学工学部助手、81年分子科学研究所助教授、89年総合研究大学院大学数物科学研究科助教授(併任)、93年北陸先端科学技術大学院大学材料科学研究科教授、2005年北陸先端科学技術大学院大学技術・サービス部長(併任)、08年3月末で定年退職、4月から現職。分子科学、溶液科学、分子素子、分子エレクトロニクスといった最先端分野の先駆者。趣味は陶芸。

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