レポート

地域からの新しい風ー 新規事業はぜひ地元で 大学と企業 両方の視点いかす

2008.12.05

中村慶久 氏 / JSTイノベーションプラザ宮城 館長

中村慶久 氏(JSTイノベーションプラザ宮城 館長)
中村慶久 氏(JSTイノベーションプラザ宮城 館長)

 JSTイノベーションプラザ宮城は平成14年、仙台市青葉区に開館。宮城、山形、福島の南東北3県を担当し、大学等研究機関と地元企業とを結びつけ、研究シーズの実用化を図り、それを通じて地域における新規事業の創出と経済の活性化を目指して事業を推進している。

 「まだプラザ宮城の特徴がつかめていると言って良いのかわかりませんが」と言う中村慶久館長は1年前に就任。「プラザ宮城では、3名の科学技術コーディネータと技術参事が中心となって事業を進めていますが、私や事務局長、事務参事以外はすべて企業出身者というのも、特徴の一つかもしれませんね。大学にいた私では気づかないことを指摘してくれています。

 私は根が大学人なので、大学の研究は成果を事業化することが目的という訳ではない、と思っているのですが、研究者の中には、事業化や特許について、まだまだ疎い方が多いのも事実です。私たちからのアドバイスを受けながら、自身の研究成果を社会貢献や社会還元のシーズとして考えて頂くのも良いことだと思います。ただし、アドバイスが厳しすぎて、特に若い研究者のやる気をそぐようなことがないようにだけは気をつけています」と話す。

 プラザ宮城は平成14年度から「育成研究」を開始。平成17年度には「シーズ発掘試験」も開始。育成研究はこれまで16件を採択し、今年7月から平成20年度の募集も始めている。

 平成17年度採択の育成研究課題「常温常圧下におけるハイドロキシアパタイト厚膜形成法の開発と新しい虫歯治療への応用」では東北大学大学院工学研究科の厨川常元教授が中心となり、同大歯学研究科、(株)仙台ニコン、(株)サンギと共同研究を実施している。

 中村館長は、「厨川教授のプロジェクトには大変興味を持っています。この方は工学研究科の教授ですが、微粒子を高速噴射させると適当な条件下では膜が形成されることに着目し、この方法でハイドロキシアパタイトを成膜させて虫歯治療や予防歯科に役立てようと、歯学研究科の先生方と歯科用治療装置の開発に取り組み、着々と成果を上げています」と話す。

 プラザ宮城では、これらJSTの各種事業に、大学等の各種研究機関から積極的な参加を促すために、定期的な連絡会議や担当コーディネータの訪問による説明会などを実施している。

 「難しいのは、大学の学部や研究科によって意見交換の頻度や機会、意識に差があり、プラザ宮城の活動内容が必ずしも全学に浸透しているとは言いがたい状況にあることです。これまで事業化研究といえば工学系が中心でしたが、バイオや食品など他の分野にも地元で掘り起こすべき良いシーズはたくさんあります。今後は、これまで培った経験をもとに、山形県および、福島県の各大学の研究担当の理事や役員の方々とお会いして、キャンパスや学部ごとに情報交換会などを持つことなども提案したいと考えています」

 また南東北地方は共同研究を行える企業の数が他に比べて比較的少ないことから、大学などによっては地域の中よりも中央を向きがちである、という悩みがある。

 仙台近郊には今後、トヨタ系のセントラル自動車(株)や半導体製造装置分野で世界的に評価の高い東京エレクトロン(株)の進出が予定されている。こういった機会を捉えて、地元で共同研究や開発を行うチャンスを増やしたいという。

 「中小企業では資金の面で、大学との共同研究が難しいとも聞きますが、企業の大小に関わらず、事業化を地元で行うことができなければ、今の状況は脱却できないと思います」

 地域の自治体や企業との連携を深めるための取り組みとしては、東北6県と新潟県の企業で構成される「東北経済連合会」の「事業化センター」との連携協定や、仙台市とプラザ宮城とで運営している「せんだいコーディネータ協議会」、宮城県が推進している「KCみやぎ(宮城県基盤技術高度化支援センター)」などへの参画がある。育成研究などの課題募集時の告知や、企業側のニーズに対して大学の研究を紹介するなどのマッチング活動を積極的に行っているという。

サイエンスサロン「星座の調べ」
質疑応答の様子
サイエンスサロン「星座の調べ」
質疑応答の様子

 また中村館長は、科学技術理解増進事業の一環としてプラザ宮城が昨年から開催している、地域住民向けの科学技術イベントの取り組みは大変興味深いという。今年も7月に、移転により新築開館した仙台市天文台のプラネタリウムにおいて、天文・宇宙に関する科学講演会と、チェロとピアノの演奏会とを結びつけたサイエンスサロン「星空の調べ」を開催し、会場あふれんばかりの聴衆で、大好評を得た(写真)。ほかにもプラザ宮城を会場に、子ども向けの理科教室なども折に触れ開催しているという。

中村館長は「このような取り組みを通じて、プラザ宮城の事業をもっと地域の多くの方に知ってもらえるのではないかと期待しています。東京からは目立たないかもしれませんが、東北にはいろいろな分野で良い仕事をしている研究者がたくさんいます。地元の良いシーズを伸ばし、事業化のお手伝いをしたいと思っています」と話している。

 東北地方の研究成果を生かし、地域の産業を活性化させたいという強い思いを中村館長は持っている。大学、企業の両方の視点から研究を見極められるプラザ宮城の、今後の活躍に期待したい。

(科学新聞 2008年8月1日号より)

<所在地・問い合わせ>
JSTイノベーションプラザ宮城
〒989-3204 宮城県仙台市青葉区南吉成6-6-5

中村慶久 氏(JSTイノベーションプラザ宮城 館長)
中村慶久 氏
(なかむら よしひさ)

中村慶久(なかむら よしひさ)氏のプロフィール
東北大学工学部通信工学科を63年卒業。同大学院工学研究科電気及通信工学専攻博士課程修了。同大学電気通信研究所助手、助教授、教授などを経て01年には同研究所所長。現在も同21世紀情報通信研究開発センター客員教授を現職と兼任。HDD(ハードディスクドライブ)メーカー等と連携して行った垂直磁気記録技術に関する研究では、開発と実用化に成功。現在世界中で生産されているほとんどのHDDは垂直磁気記録方式に切り替わっている。

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