レポート

英国大学事情—2008年8月号「大学の市民関与活動」

2008.08.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

【1. はじめに 】

 今月号では、英国の大学による「市民の関与:public engagement」活動を促進するために新たに発足したパイロット・スキーム、「Beacons for Public Engagement」プロジェクトを紹介する。当プロジェクトには、英国の高等教育助成会議、リサーチ・カウンシルUKおよびウェルカム財団が共同で、920万ポンド(19億3,200万円*1)の予算を拠出することになった。

 当プロジェクトの地域センターである「ビーコン*2」は、マンチェスター、ニューキャッスル、ノーリッチ、ロンドン、エディンバラおよびブリストルの6カ所に設置され、各地の大学を中心とした諸活動への国民の理解を高め、市民の参加活動を促進する共同センターの役目を担っている。

 ブリストルには、「National Co-ordinating Centre」も併せて設置された。各ビーコンには、今後4年間で120万ポンド(2億5,200万円)、National Co-ordinating Centreには200万ポンド(4億2,000万円)の助成金が支給される予定である。

 なお、各ビーコンは大学のみならず、当該地域の博物館、美術館、企業、チャリティー団体、テレビ局、新聞社および公的機関などのパートナーとの共同活動も期待されている。

【2. 各ビーコンの概要 】

2-1) ナショナル・コーディネーティング・センター

 ウェスト・イングランド大学とブリストル大学の共同事業として、「National Co-ordinating Centre for Public Engagement」がブリストル市に設置された。

 当センターは各地のビーコンをコーディネートし、ベスト・プラクティスの共有の促進および市民による大学へのシングル・コンタクト・ポイントなどの機能を担う。

【事例】

 ブリストル市は毎年、自然保護のための「Festival of Nature」を開催して、イベント、映画、討論会などに約3万人の参加者を集めている。この催しは、ウェスト・イングランド大学、ブリストル大学、BBC、 世界自然保護基金(WWF)、ブリストル動物園などの9団体で組織するBristol Natural History Consortiumが主催となって実施されている。

2-2) ニューキャッスル・ダーラム・ビーコン

 当ビーコンが実施している「iKnow」プロジェクトは、ダーラム大学、ニューキャッスル大学およびCentre for Lifeが中心となって、加齢、環境および社会正義(social justice)のようなテーマの研究に関して、市民との一連の対話を促進する「知識交換」プロジェクトである。

 知識の発展は、大学の専門家と一般市民との対話を通じて既に伝えられているが、当プロジェクトは、以下のようなさらなるステップを意図している。

  • 一般市民と大学の専門家が共同で、研究テーマなどを形成する。
  • 研究にはほとんど影響力を持たないが、人生経験を通じて、多くの面での専門家でもある一般市民から、大学の専門家は学ぶこともできる。

2-3) マンチェスター・ビーコン

 当ビーコンは、マンチェスター大学、マンチェスター・メトロポリタン大学、サルフォード大学、マンチェスター科学・産業博物館、「Manchester:Knowledge Capital」の共同事業である。その本部はマンチェスター科学・産業博物館内に設置されている。

 その活動は、地域住民へのリーチ・アウト活動や地域住民の声を聞くことに重点が置かれ、実際の活動は、地域の企業、スポーツ・クラブ、文化センター、コミュニティー・グループの拠点およびメディア機関などとのパートナーシップを通じて行われる。

2-4) エディンバラ・ビーコン

 当ビーコンは、エディンバラ大学、ヘリオット・ワット大学、ネピア大学、UHIミレニアム研究所、ロスリン研究所、エディンバラ王立協会など、エディンバラ周辺の17機関の共同事業である。その主目的は、ヘルス、生命科学、エネルギー、環境のような公共政策の研究分野への市民の関与と理解を促進することにある。今後、医学、自然科学、工学、社会科学、人文科学などの広範囲の研究者による「市民の関与促進活動」の経験を活用していく計画である。

【事例】

 スコットランドの住民は、スコットランド議会の意思決定に影響を与えるために、同議会にコンタクトすることができるが、エディンバラ・ビーコンは公共政策に関する専門的知識を市民に提供する活動も行っている。例えば、同地域の若者たちがスコットランド議会に幹細胞に関する意見を提出する際に、エディンバラ王立協会が関連情報を与え、若者たちは議会への接触する前に、事前に幹細胞に関する理解を深めることができたという事例もある。

2-5) ウェールズ・ビーコン

 当ビーコンは、カーディフ大学、グラモーガン大学、ウェールズ国立博物館、BBCウェールズ、Techniquest社の共同事業である。

【事例】

・活動への支援を高めるために、必要な政策や雇用慣習の変更を大学のシニア・スタッフや執行部と話し合える、「市民の関与活動」の熱心な擁護者(champion)を任命する。 ・当活動にあまり熱心でないアカデミックスのために、市民との対話に必要な自信とスキルを高める訓練の提供やネットワークを構築する。

2-6) ユニバーシティー・コレッジ・ロンドン・ビーコン

 当ビーコンは、ユニバーシティー・コレッジ・ロンドン(UCL)、サウスバンク・センター、大英博物館など、7つの組織の共同事業である。

【事例】

  • UCLでは、スタッフと学生に「研究者と市民との対話」への参加を促すための特別訓練プログラムの提供を計画している。
  • UCL所有のブルームズベリー劇場と博物館には、毎年5万人を超える一般市民が訪れる。
  • 2006-07年度には、改修工事のために閉館中の王立研究所(Royal Institution)による恒例の「金曜講話」の会場を提供した。

2-7) イースト・アングリア・ビーコン

 当ビーコンの正式名称は「Community University Engagement East」であり、イースト・アングリア大学を中心として、BBC East、イングランド東部地区開発エージェンシーなど、22機関による共同事業である。

 当ビーコンの活動は、アカデミックスの持つノウハウを特定のユーザーのために活用する「知識移転」活動とは異なり、市民からの質問を歓迎し、市民の声を聞き、またスタッフや学生自身の参加を促進するものである。

【事例】

  • イースト・アングリア大学のセインズベリー・センターは、アート・ギャラリーにおける若者の技能の習得を支援している。同センターのスタッフ、アーティストやスペシャリストによる支援や訓練によって、若者のグループは、リサーチ、展覧会の監督、美術品の設置、プレス・リリースの作成など、展覧会の開催に必要な技能を修得することができた。

【3. プロジェクト助成機関のコメント 】

 当イニシアティブの発足に関する、各助成機関の責任者のコメントの一部を紹介する。

3-1) イングランド高等教育助成会議(HEFCE)

【チーフ・エグゼキュティブ】

 「英国の大学は、かつてないほど外を向いており、広範囲な課題に対する責任をより自覚しているため、当イニシアティブは時宜を得たものである。市民の声に耳を傾け、市民の関与を促すことは、大学の責務と社会にとって非常に重要である」

3-2) ナショナル・コーディネーティング・センター

【ブリストル大学、科学・工学への市民の関与プロジェクト責任者】

 「われわれのビジョンは、大学における障害物を取り除き、大学を一般市民に開かれたものにすることである。大学は市民をより歓迎し、市民にとってアクセスしやすくなっていくであろう。また大学人にとっても、外部社会との接触を深めることは、研究や授業をより充実させることにもつながるであろう」

3-3) ウェルカム財団

【医学・社会・歴史担当ディレクター】

 「ウェルカム財団は長年にわたり、大学による市民の関与活動を助成してきた。この新たなイニシアティブは、今まで自己の研究に対して市民の関与を促進する活動をしてきた大学人の業績を評価することにもつながり、またその活動を支援するためのリーダーシップの育成と大学内のカルチャー・チェンジをもたらすであろう」

3-4) リサーチ・カウンシルUK

【自然環境研究会議(NERC)チーフ・エグゼキュティブ】

 「大学の多くの活動は、一般市民の生活に直接的な影響を与えている。したがって、市民が大学にアクセスでき、また意見を言えるということは重要である。当ビーコン・プロジェクトは、市民に直接的に関与する機会を提供することによって、これを達成することを目指している。

 また当プロジェクトは、例えば、市民との対話や社会的考慮(social considerations)をスタッフや学生の主要な役目の一つにするというような、21世紀における大学の意義を見つめなおす一助ともなろう」

3-5) 科学・イノベーション担当閣外大臣

 「市民の関与や社会との連携は、研究者の大学生活にとって不可欠な一部となる必要がある。科学者と一般市民を引き合わせるということが、相互の利益になることは疑いない。このことは、科学の研究が社会に関連したものであり、また一般市民が科学に信頼を寄せることを、より確かなものにするであろう。研究の背景の中に、これらの活動の重要性を認識する『カルチャー・シフト』を望んでいる。

 また、市民と科学者との連携を強めることによって、若者が次世代の科学者、エンジニアや技術者になることを支援することもできる」

【4. 筆者コメント 】

 当イニシアティブは、従来からの大学の研究成果の「知識移転:Knowledge Transfer」とは異なり、市民との双方向の対話を含めた「知識交換:Knowledge Exchange」の概念の導入である。

 英国の大学における「知識移転」活動は、現在もその促進が進められている過程にあるが、「21世紀の大学のあり方」を念頭に入れて、その先にある「知識交換」活動を重視し出したと言えよう。

 英国としても、このような全国的な体系だった取り組みは初めてであり、まだパイロット・スキームの段階であるが、新しい試みとしてその成果が注目される。

注釈)

  • *1 ポンド: 当レポートでは、すべて1ポンドを210円で換算した。
  • *2 ビーコン: ここで言う「Beacon」とは、灯台や標識などの「案内役」を意味している。

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