レポート

英国大学事情—2008年7月号「オックスフォード大学の新規募金活動」

2008.07.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

【1. はじめに 】

 2008年5月28日、オックスフォード大学は総額12億5,000万ポンド(2,625億円*1)の大型募金キャンペーンを発表した(同大学では、この額を最低限の目標額としている)。同大学では、この募金キャンペーンの正式発足に備え、2004年8月から、すでに「プレ・キャンペーン」を始めており、過去4年間で5億7,500万ポンド(1,208億円)の募金に成功している。そのため、新たな募金目標額は6億7,500万ポンド(1,418億円)となる。 この総額12億5,000万ポンドを目標とした募金キャンペーンは、欧州の一大学による募金活動としては過去最大である。キャンペーン・テーマは、オックスフォード大学のオリジナリティーの精神を表した、「Oxford Thinking」に決定した。オックスフォード大学が、どのような目的でこの大規模な募金キャンペーンを開始したかを知るために、同大学が当キャンペーン発表時の資料を基に、その概略を紹介する。

【2. 「プレ・キャンペーン」期間の主な成果 】

  • 過去4年間で、既に5億7,500万ポンド(1,208億円)の募金に成功
  • ガーフィールド・ウェストン財団(Garfield Weston Foundation*2)による、ニュー・ボドリアン図書館への2,500万ポンド(53億円)の寄付
  • 実業家のWafic Rida Said氏による、Said Business Schoolの「Strategic Development Fund」への2,500万ポンド(53億円)の寄付
  • 2004年8月から2008年3月末までに、個人や財団などから2万件を超える寄付を受けた。そのほとんどは、1件当たり2万5,000ポンド(525万円)以下であり、広範囲にわたる寄付者の支援を受けた。

【3. キャンペーンの戦略的優先目的 】

 当キャンペーンの戦略的目的は、「学生への支援」、「アカデミック・ポストと研究プログラムへの支援」および「インフラストラクチャーと建物への支援」を3本柱としている。

A.学生への支援
現在、オックスフォード大学には世界140カ国以上の国から約2万名(学部学生:12,106名、大学院生:7,380名)の学生が在籍している。
【学部生向け】
目的
●能力のある学生が経済的理由によって、当大学への入学をあきらめることのないようにする。
●低所得家庭からの学生への財政支援を拡大する。
●学生の多様性を拡大する。
現状
●学部学生への奨学金制度「Oxford Bursary」によって、英国の学生に生活費として、3年コースで1万300ポンド(216万円)、4年コースでは1万3,450ポンド(282万円)を上限とする支援を行っている。この奨学金は、家庭の年間所得が5万ポンド(1,050万円)以下の場合は、自動的に、その所得に応じたスライド制によって助成を受けることができる。
●学部への進学希望者数は過去30年間で約2倍になり、特に過去10年間で43%の大幅な伸びとなった。
●学部への入学には学問的能力と可能性のみによって判断され、当大学は厳正なる選別を実施している。スタッフは入学希望者の選別に年間合計で約3万6,000時間をかけており、コレッジの各講師は年間平均約1週間、入学者選別活動に従事している。
【大学院生向け】
目的
●博士課程の学生および博士課程への進学を希望している修士課程の学生が、それぞれのコース期間中、十分なる資金助成を受けられるようにする。
現状
●63%の大学院生は海外からの留学生である。
●ベストの大学院生を獲得するための国際競争は熾(し)烈になっており、大学院進学希望者がどの大学を選ぶかを決定する際に、助成の充実さは主要な要因になってきている。

B.アカデミック・ポストと研究プログラムへの支援
 オックスフォード大学における研究は、健康、加齢化、気候変動、民族間抗争、社会的不公平、野生動植物の保全、水資源の保護、持続可能な経済成長、異文化への理解の構築というような、21世紀の人類への課題に直面しており、アカデミック・ポストと研究プログラムへの支援は当キャンペーンの重点テーマの一つである。

【アカデミック・ポストへの支援】
目的
●既存および将来の約200名のアカデミック・ポストに対する十分な助成を行う。
(既存のポストには将来にわたる経済的安定を与え、また優先研究分野においては新たなポストを設置する)
●ジュニア・リサーチ・フェローから教授職まで、広範囲のポストを支援する。
●ポストと研究プログラムへの財政的支援、卓越したインフラストラクチャー、およびオックスフォード大学の優れた現職の研究者等を通じて、当大学に世界のベストの研究者を引き寄せる。
●ワールド・クラスの研究者による研究と教育の両面を支援することによって、オックスフォード大学のチューター制による卓越した教育の質を維持する。
【研究プログラムへの支援】
目的
●21世紀の重要課題に取り組む研究プログラムへの支援
●学系(Divisions)や学科によって選ばれた優先テーマの研究への支援
●学際的研究への支援
主要データ
●今までに47名のノーベル賞受賞者を輩出しており、21世紀には入ってからも7名の受賞者を出している。
●2006・07年度において、約2億4,800万ポンド(521億円)の外部研究資金およびウェルカム財団*4の医学研究助成金の約20%を獲得しており、これらは英国の大学の中では最高額である。
●最近の公的研究評価(Research Assessment Exercise 2001)において、英国のどの大学よりも多くの研究者がワールド・クラスの学科(評価基準7グレード中、最高の5*および5を取得した学科)で研究しているとの評価を得た。
●83名のアカデミックスが王立協会(The Royal Society)のフェロー、また90名以上がブリティッシュ・アカデミーのフェローとなっている。
●「Oxford English Dictionary」の編纂を通じて、「英語」の守護者(guardian)の役割を担っている。
●今まで、ペニシリンの開発、細胞周期の発見、X線結晶学の開発、喫煙とガンの関連性の発見など、多くのブレークスルーをもたらしてきた。
●教育・研究スタッフの28%および研究のみに従事するスタッフの43%が海外からの研究者である。

C.インフラストラクチャーと建物への支援
【アカデミック・ポストへの支援】

各コレッジの建物への支援
 各コレッジの優先的な要望事項に応じて、コレッジのインフラストラクチャーを改善する。特に、学生寄宿舎やコミュニティー・エリアの増築、図書館・学習施設、スポーツ施設や調理施設などの改善、歴史的建造物の修復などを図る。

オックスフォード市内ラドクリフ・キャンパスの開発
 2003年にオックスフォード大学が購入した、オックスフォード市中心部にある約10.5エーカー(約42,000m2)の旧国立ラドクリフ病院敷地を今後20年かけて開発する。この新キャンパスには人文科学の各学科が入居予定で、異なる学科間の交流を深めることも目的としている。その他、この新キャンパスは数学科のハブとしての機能を果たす予定である。

ニュー・ボドリアン図書館の改築
 1602年に設立されたオックスフォード大学ボドリアン図書館は、世界で最も重要な図書館の一つである。同図書館の一部であるニュー・ボドリアン図書館の改築目的は、膨大な数の貴重な書籍の長期的な安全管理にある。また、貴重な蔵書が一般市民にも開放される予定である。ボドリアン図書館は「納本図書館」に指定されており、英国内で出版されたすべての出版物や世界からの納本もあり、年間17万冊の新刊書が増えている。

がん医学研究所の新設
 2008年に開設予定のオックスフォード大学がん医学研究所(Institute of Cancer Medicine)は、広範囲の分野から250名以上の科学者、リサーチャーおよび臨床医を一箇所に集め、欧州におけるがん研究の主導的役割を担うセンターを目指している。また、この新研究所は、オックスフォード市が1億ポンド(210億円)をかけて新設したがん治療専門病院に隣接しており、同病院とのパートナーシップを組むことにより、科学と医療のより緊密な連携に取り組む計画である。

オックスフォード大学所有の博物館への援助
 英国で最古の公共博物館である、オックスフォード大学・芸術・考古学アッシュモリーン博物館(Ashmolean Museum of Arts and Archaeology)の増築のために、既に6,100万ポンド(約128億円)の寄付金を集めることに成功した。当募金キャンペーンによる寄付金は、オックスフォード大学所有の他の博物館の貴重品の保存や一般市民のアクセスの改善などにも使用される予定である。

【4. 筆者コメント 】

 筆者は過去に、資産3兆円以上のウェルカム財団や年間800億円以上の募金を集める「キャンサー・リサーチUK*5」などの英国のチャリティー機関を紹介したことがある。今回、オックスフォード大学に約53億円を寄付した「Garfield Weston Foundation」の年次報告書を読んで、同財団の資産が約7,800億円もあることを初めて知った。

 日本では、1963年に設立された武田科学振興財団の所有する資産、約1,400億円が最大規模であることを考えると、税制、寄付の文化資産運用方法の違いもあると思うが、英国のチャリティー機関の資産の充実振りがうかがえる。

 英国のCharity Aid Foundationの資料によると、2006・07年度の、英国全体の個人による寄付金額は約95億ポンド(約2兆円)に上る。医学研究への寄付金額が一番多く17%を占め、次いで、宗教(16%)、子供・若者(12%)、病院・ホスピス(11%)、海外(9%)、教育(6%)、動物(5%)向けなどが続く。

 ちなみに、英国の「philanthropy uk」の資料およびNCVOの資料によると、英国には16万4,000以上のチャリティー団体があり、2005・06年度における民間の寄付金の合計は、個人、財団、遺産、企業からの寄付金を含め、149億ポンド(3兆1,290億円)であった。

 英国において、チャリティー機関への寄付は所得税控除になるため、一時的には国庫の税収減とはなるが、長期的には、チャリティー機関は時の政府の方針に関わりなく、助成ができるため、社会全体としてバランスの取れた助成ができるという利点があろう。

 また、オックスフォード大学のボドリアン図書館の改修計画のように、単にオックスフォード大学だけのためではなく、図書の歴史を後世に長く残すという遠大な計画のもとに、人類の文化遺産に貢献することを目的としているために、趣旨に賛同する寄付者も多く出てくるのではと感じている。

 また、ケンブリッジ大学でも2009年の創立800年に向けて、10億ポンド(2,100億円)の募金キャンペーンを展開している。ケンブリッジ大学は当初、創立800年に合わせた8億ポンドを募金目標としていたが、昨年、筆者が同大学の総長室関係者から聞いたところによると、8億ポンドの募金のめどが立ったため、10億ポンドに引き上げたとのことであった。同大学の最新の資料によると、2007年末の目標額に対して、既に6億6,300万ポンド(1,392億円)の寄付金を集めている。なお、ケンブリッジ大学への寄付金額は、財団・基金からが一番大きく33%、次いで卒業生(28%)、遺産(19%)、企業(10%)、その他の個人(10%)の順となっている。

 オックスフォード大学やケンブリッジ大学などをはじめとした英国のトップ大学は、特に資金力豊富な米国のトップ大学を意識しており、近年、募金活動を活発化させている。

 余談ながら、この原稿を書き始めた6月3日、オックスフォード大学は、現在米国イェール大学のProvost(副学長)のAndrew Hamilton教授をオックスフォード大学の次期総長(Vice-Chancellor*6)に指名した、とのプレスリリースを発表した。正式承認を経て、2009年10月に就任予定である。オックスフォード大学で学んだことがなく、かつ同大学での研究・教育の経験のない人がオックスフォード大学総長に就任するのは、同大学の歴史上初めてである。

 ハミルトン教授は英国生まれの生化学者で55歳。英国のExeter大学を卒業後、British Columbia大学で修士号、1980年にCambridge大学で博士号を取得後、81年プリンストン大学の助教授、88年ピッツバーグ大学教授、97年イェール大学教授、99年から2003年同大学化学科長、04年同大学Provostと米国の大学の要職を歴任した。

 これでオックスフォード大学では、ニュージーランド出身であるJohn Hood現総長に次いで、2代続けて大学外部からの総長の起用となった。 また、イェール大学のProvost職を経て、ケンブリッジ大学の総長となった英国出身のAlison Richard現総長に続いて、イェール大学のProvostがオックスフォード大学の次期総長にも就任することになり、イェール大学はOxbridgeの両方の大学の総長を送り出したことになる。

注釈)

  • *1 ポンド: 当レポートでは、すべて1ポンドを210円で換算した。
  • *2 ガーフィールド・ウェストン財団(Garfield Weston Foundation): 英国の事業家W. Garfield Weston氏とその家族が創立した食品会社の株式の寄贈を受けて1958年に設立された財団。2006・07年度には、教育を初めとする広範囲の分野に、合計1,982件、総額4,170万ポンド(88億円)の助成を行った。2007年3月末の財団資産は約37億ポンド(7,770億円)に達する。
  • *3 Said Business School: 1996年にMr.Saidの寄付によって開校された。
  • *4 ウェルカム財団: Wellcome Trust。英国最大のチャリティー機関であり、医学関連のチャリティーとしては世界第2位の規模。2007年9月末の資産規模は151億ポンド(約3兆1,700億円)。
  • *5 キャンサー・リサーチUK: Cancer Research UK
  • *6 Vice-Chancellor: オックスフォード大学やケンブリッジ大学はコレッジ制を採用しており、各コレッジにはそれぞれ学長がいる。それらの学長を統括する意味で「総長:Vice-Chancellor」という名称を使用している。「Chancellor」という役職もあるが、通常は名誉職であり、実務のトップの「Vice-Chancellor」が実質的な総長職である。ちなみに、オックスフォード大学の現在のChancellorは、保守党のチェアマンを務めた経験のある政治家で最後の香港提督であった上院議員のLord Chris Pattenである。英国の大学の「Chancellor」は通常、大学の式典等に出席するのみであり、「Chancellor」を「名誉総長」、「Vice-Chancellor」を「総長」と訳した方が誤解は少ないと思われる。

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