レポート

英国大学事情—2008年1月号「ウォリック大学:創立50周年に向けた戦略

2008.01.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

【1. はじめに 】

 ウォリック大学(University of Warwick)は、1965年に創立された比較的新しい大学であるが、英国の新聞社が発表している大学総合ランキングでは、約120ある英国の大学中、常に6位から8位を占めている。2001年に行われた直近の公的研究評価(Research Assessment Exercise)における研究評価は、英国内で5番目であった。又、最近の同校の学部への新入学定員約3,000名に対して、入学志望者は約30,000名と非常に高い人気を得ている。ケンブリッジ、オックスフォード、LSE、インペリアル、UCL等の歴史の長い伝統校が大学総合ランキングで常に1位から5位を占めていることを考慮すると、創立後40年で、ここまで急成長した同校の活力は注目されよう。

 2007年秋、ウォリック大学は2015年の創立50周年に向けて、「Vision 2015」と名づけた戦略を公表した。非常に野心的かつ興味深い内容なので、その一部を紹介する。

【2. ウォリック大学の創立50周年戦略「Vision 2015」 】

2-1)アンビション

 スコットランド高等教育助成会議(SHEFC)、各参加大学および科学技術庁(OST)はこれらのプロジェクトに対し、4年間で総額3,700万ポンド(約85億円)を助成する計画である。これにより、スコットランドの180名以上の化学研究者と200名以上の物理学研究者が、それぞれチームを組むことになった。

【目標】

  • 2015年までに、研究の質と学生の入学希望の強さにおいて、世界の大学の中で50位以内に入ることを目標とする。
  • (2006年度の「The Times Higher Education Supplement」の世界大学ランキングでは73位。)

【戦略】

  • ベストの研究と教育によって、大学の国際的評価を更に高める必要がある。また、質の高いスタッフと学生のみを継続的に大学に引き寄せることも必要となる。
  • 産業界、政府、寄付者、卒業生等のすべての支援を勝ち取るために、これらの関係者に積極的に働きかけなければならない。
  • そのためには、2015年までに大学の年間総収入を実質ベースで2004・05年度比、2倍に引き上げる必要がある。

2-2) 研究およびスカラーシップ

【目標】

  • 2015年までに、ISI1社の「highly cited researchers」に掲載される研究者数を45名に増やす。
  • 「Institute of Advanced Study2」と海外パートナー大学との共同研究を増やす。
  • 3つの学際的研究センターを新設する。
  • ポスドク研究学生数を倍増させる。

【戦略】

  • 最も能力のあるスタッフを雇用する必要があり、最適任者が見つからない場合は、見つかるまで、そのポジションをしばらく空けておくことも考慮する。
  • 「University Postdoctoral Fellowship」を新設し、現行のベストの質の新人研究者への支援策を増強する。
  • 英国内の基準ではなく、世界基準に対するベンチマーキングを常に行い、研究の質を高め、またワールド・クラスの研究ができるような建物や施設を提供する。
  • 国際研究交流のために設置した「Institute of Advanced Study」をさらに発展させ、「International Fellowship Programme」を設ける。主に大学の新人スタッフを海外の名声のある学部に派遣し、また海外の大学からの継続的なビジターを歓迎することにより、将来的に当研究所を世界的スカラーシップの要の一つとする。
  • 海外の大学の研究所における共同研究を含む、少数の海外の大学との共同研究活動を更に展開させる。米国においては、すでにフォード財団や国立衛生研究所からの研究助成を受けており、またマディソン大学、ウィスコンシン大学、コロンビア大学とは博士課程学生の交換留学協定を結んでいる。今後はアジアおよび欧州との連携を強める。
  • 既存の「Warwick Digital Laboratory」、「Centre for Scientific Computing」および「Warwick Systems Biology Centre」の成功を受け、新たに最低3つの学際的研究センターを設置する。
  • ポスドク学生は大学の研究コミュニティーの貴重な人材であり、大学の研究の名声に貢献している。それ故、2015年までにその数を倍増する計画である。

2-3) 授業と学習

【目標】

  • すべてのカリキュラムの内容に、国際的観点(international perspective)を組み込む。
  • 授業と学習プロセスを強化するために、スペースの異なる利用法を考える。
  • 「Warwick Volunteers’ Programme*3」のような活動を正式に認定する。

【戦略】

  • ディジタル・メディアの更なる活用により、広範囲の科目やテーマの独立モジュールの開発等を進め、学生の学習体験を充実させる。
  • 約2,000名の学生が参加している「Warwick Volunteers' Programme」等の地域コミュニティー・ボランティア活動を、大学として正式に認定する。
  • ウォリック大学の教育は、真の国際主義(cosmopolitanism)に基づくものでなければならない。そのために、授業コースにより多くのインターナショナル・モジュールを導入する。

2-4) 国際的プロフィール

【目標】

  • 構内にインターナショナル・キャンパス地域を設ける。
  • 世界的規模の問題への提言を目指して設立された「Warwick Commission4」を更に充実させる。
  • 能のある11歳から18歳までの若者のための国際的ゲートウェイとして、新たに発足させた「International Gateway for Gifted Youth5」を拡充する。
  • 発展途上国からの学生向けスカラーシップを創設する。

【戦略】

  • ウォリック大学キャンパス内に国際地区を設け、研究活動を重視した海外の数校の大学を招聘し、土地や建物を提供する。これにより、ウォリック大学のスタッフおよび学生が、海外の有力大学の研究面や教育面での異なるカルチャーに接する機会を得ることができ、又、真の共同研究も可能になる。
  • ウォリック大学が過去5年にわたりホストをしてきた、英国内の「National Academy for Gifted and Talented Youth」にて得た豊富な知識と経験を生かし、国際的規模の「International Gateway for Gifted Youth」を促進する。
  • 文学の世界における、ウォリック大学のプロフィールを上げるために、国際的な「Warwick Prize for Writing」を創設する。又、新しい形式の参考資料の発行として、ディジタル・ユニバーシティー・プレスの創設を検討する。
  • キャンパス内にある「Warwick Arts Centre*6」は、英国の中部地方における主要なカルチャー・センターとしての名声がすでに確立しているが、更に主要な国際的カルチャー・センターとしての拡充を計る。

2-5) ウォリック・ゲートウェイ

【目標】

  • 「Warrick School for Public Policy and Management」を開設する。
  • 「Public Sector Park」をオープンする。
  • ストラッドフォード地域とウォリックシャー州南部における経済の活性化のために、ストラッドフォード・アポン・エーボン地域に主要拠点を展開する。

【戦略】

  • 中央官庁や地方自治体の政治・政策コミュニティーのために、大学内の既存の公共政策部門を再編成し、「Warrick School for Public Policy and Management」を新設する。このセンターは将来的に、ウォリック大学キャンパス内または近隣に、地方自治体と共同で設置予定の「Public Sector Park」とリンクさせる計画である。これは、英国における継続した地方分権化の流れと、それに伴う公的サービス機関のロンドンからの移転の流れをタイムリーに捉えるためである。「Public Sector Park」は、地域に2,000名の専門職を生み出すと期待される。
  • ウォリック大学の「Warwick Science Park*7」は1980年代半ばにオープンし、多くの企業の誘致に成功した、英国のサイエンス・パークの中でも最も成功した事例である。しかし、ウォリック大学が知識・技術移転のパイオニアであり続けるためには、サイエンス・パークへの大学の将来的貢献方法を見直す時にきている。

2-6) 増収への取り組み

【目標】

  • 上記の各計画を実行するために、今後5年間で2億ポンド(460億円*8)の投資を実施し、また2015年までに大学の年間収入を2倍にする。

【戦略】

  • アカデミック・スタッフの卓越したパフォーマンスおよび研究助成金の獲得に対するインセンティブ・スキームを含む一連の方策により、研究収入の大幅増収を目指す。同時に、研究助成金の獲得方法の指導や訓練等を強化し、リサーチ・ガバナンスの見直しを行う。
  • ウォリック大学は産学連携活動のリーダー的存在であるが、産業界との連携に関して、さらに密着したアプローチのためのベスト・プラクティスを検討する。
  • 現在でも定期的に多額の寄付を受けているが、財団、基金および個人との連携をより一層深めていく。
  • アカデミックスの卓越した研究成果の商業化を目指し、現行の知的所有権戦略の見直しを実施する。

【3. ウォリック大学の概要(2007年4月現在) 】

【学生・スタッフ】

【収入】

【研究】

  • 2001年に実施された直近の公的研究評価(RAE2001)では、26学科のうち25学科が、7段階のうち上位2段階である、5と5の評価を獲得し、ケンブリッジ、LSE、オックスフォード、インペリアルに続いて英国内で5位となった。
  • 最上級の5を獲得した学科は、応用数学、統計学、経済学、英語・演劇研究およびWarwick Business Schoolであった。

【アーツ・センター】

  • 英国中部地方における最大のパフォーマンスおよびビジュアル・アーツ・センターである。
  • 音楽、ドラマ、ダンス、コメディー、映画等に年間28万人の観客が訪れる。
  • キャンパス内の一つの建物のなかに、コンサート・ホール(1,500席)、2つの劇場(500席と200席)、映画館(220席)、アート・ギャラリー、会議場、レストラン、カフェ、ショップ等を完備している。

【経済効果】

  • West Midlands地方に、年間3億ポンド(720億円)以上の経済効果と6,500名の雇用を生み出している。
  • ウォリック・サイエンス・パークはコベントリー市およびウォリックシャー州の500社以上の企業を支援してきた実績がある。

【ウォリック・ビジネス・スクール】

  • 315名のスタッフおよび7,500名の学生を擁する、英国最大規模のビジネス・スクールである。(約半数は留学生)
  • MBAコースの受講生のうち、約2,600名は企業より派遣された学生。
  • 公的研究評価(RAE2001)において、最上級のランキングである5*を獲得した英国内の3つのビジネススクールの一つである。

【コンファレンス施設】

  • 専用の3施設にて年間約3,100のイベントを開催し、7万名の参加者がある。(1,200室の宿泊施設も完備。)
  • 年商2,000万ポンド(46億円)であり、高収益を上げている。

【ホスピタリティー・サービス】

  • キャンパス内に14のレストラン、カフェ、バーを550名のスタッフにて運営。
  • 年商は約1,600万ポンド(37億円)。

【ウォリック・マニュファクチャリング・グループ】

  • 企業のマネージャーや技術職のために継続教育・訓練を提供する。英国内だけではなく、6箇所の海外センターにても教育・訓練を実施しており、約500社が利用している。
  • 約4,000名がエンジニアリングおよびビジネス・マネージメント・プログラムに参加している。
  • 40社以上の国内外企業と先端技術の共同開発を実施中。
  • 専用の3つの建物にて、200名のフルタイム・スタッフと150名のアソシエートが研究プロジェクトや知識移転活動に従事しており、現在「Warwick Digital Lab」用の4番目の建物を建設している。

【サイエンス・パーク】

  • ウォリック大学、コベントリー市、ウォリックシャー州等のジョイント・ベンチャーとして1982年に開設した。
  • 現在、130社のハイテク企業が約1,800名のスタッフを雇用している。

【4. 筆者コメント 】

 ウォリック大学は近年、米国出身のVandelinde学長の強力なリーダーシップのもとに大きな躍進を遂げた。そのモメンタムを踏襲する形で、2006年にはThrift学長が就任し、2007年秋に2015年の創立50周年に向けた野心的な戦略目標を発表した。

 ウォリック大学キャンパス内に特別な国際地区を設け、研究活動を重視した海外の数校の大学を招聘し、土地や建物を提供する、というアイデアは画期的で、英国ではおそらく始めての事例となろう。「Warwick Prize for Writing」という国際的文学賞の創設も、大学の事業としてはユニークで、ウォリック大学の発想の柔軟さがうかがえる。

 また、「Warrick School for Public Policy and Management」を新設する構想も、英国における地方分権の流れと、それに伴う公的サービス機関のロンドンからの移転の流れを捉えるためでのものであり、タイムリーな発想と言えよう。

 2007年9月13日付けのIndependent紙*9によると、ウォリック大学の現在の「highly rated researcher」の数は、ケンブリッジ大学の49名に比べて5名としており、2015年までに45名に増やすということは、非常に野心的な目標である。又、年間収入を2015年までに2倍にするという計画も非常に高い目標である。

 ウォリック大学がこれらの高い目標を達成できるかは、2015年まで待たねばならないが、創立後40年あまりで現在の地位を築いた同大学の活力は驚異的であり、今後も目を離せない大学の一つであることに間違いはないであろう。

 筆者は、2007年11月末にウォリック大学の産学連携研究施設やイノベーション・センターを訪問した。また、Thrift学長をはじめとする同大学の幹部に会う機会もあったが、数年前に訪問した時と同じように同大学の大きなエネルギーを感じた。

注釈)

  • *1 SIS社:http://isihighlycited.com/
    ISI社は21研究分野における、トップ250位までの最多被引用者を公表している。
  • *2 Institute of Advanced Study:http://www2.warwick.ac.uk/fac/cross_fac/ias/
  • *3 Warwick Volunteers' Programme:http://www2.warwick.ac.uk/about/community/volunteers/
  • *4 Warwick Commission:http://www2.warwick.ac.uk/research/warwickcommission
  • *5 International Gateway for Gifted Youth:http://www2.warwick.ac.uk/research/juniorcommission/
  • *6 Warwick Arts Centre:http://www.warwickartscentre.co.uk/home
  • *7 Warwick Science Park:http://www.warwicksciencepark.co.uk/
  • *8 ポンド: 当レポートでは、1ポンドを230円にて換算した。
  • *9 Independent紙:http://news.independent.co.uk/education/higher/article2954265.ece

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