レポート

科学のおすすめ本ー 深海生物の謎 彼らはいかにして闇の世界で生きることを決めたのか

2007.10.09

益田賢治氏 / 編集長/推薦者/ソフトバンク クリエイティブ サイエンス・アイ編集部

深海生物の謎 彼らはいかにして闇の世界で生きることを決めたのか
 ISBN: ISBN978-4-7973-3923-9
 定 価: 本体952円+税
 著 者: 北村雄一 氏
 発 行: ソフトバンククリエイティブ
 頁: 208 頁
 出版日: 2007年8月16日

 深海とは、界面から深度200メートル以降の世界を指す。深度200メートルでは光は海面の1%しか届かず、深度1000メートルでは完全に闇の世界と化す。しかしその世界で、たくましく生きているものたちがいる。それが深海生物たちだ。

 深海に住む生き物というと、誰もがチョウチンアンコウやリュウグウノツカイ、オニキンメなどの迫力ある魚をイメージする。いわゆる深海魚だ。1938年に発見され、生きた化石として世界を驚かせたシーラカンスも、深度150〜700メートルに住む深海魚。しかしもっと広い視野で見てみると、“深海”という過酷な世界で、実にさまざまな生き物がそこを住処にし、それぞれのスタイルで生きていることを知ることができる。本書のカバーで登場するオケサナマコも、こうした生き物の1つだ。ナマコというと、這うように歩くというイメージがあるだろう。しかし深海に住むオケサナマコやユメナマコなどは、実に優雅に泳ぐのだ。“泳ぐナマコ”。想像しただけでも、ワクワクしてこないだろうか。しかもその姿たるや、「これは火星の惑星エウロパの氷の下の海に住む生物なんだ」と紹介されても信じてしまうぐらい、インパクトがある。

 深海をテーマにしたタイトルをサイエンス・アイ新書で刊行したい。そう私が考えたとき、まず頭にあったのは、前述した深海魚たちだ。しかし著者の北村氏と企画を詰めていくうちに、深海魚を含めた深海生物たちの魅力にどんどん取りつかれていった。そして海洋研究開発機構から提供された膨大な写真を見て、「なんてすばらしい生き物たちなんだろう」と感嘆した。体を硫化鉄によってコーティングし、防御力を高めたウロコフネタマガイ。クジラの骨に群がり、ゾンビワームという通称がついたホネクイムシ。泥を食べて生きる深海ユムシ。そのユムシが泥を食べた痕跡が神奈川県の三浦半島にあると北村氏から聞いたときは、さらに衝撃が走った。その痕跡をズーフィコスというのだが、これは三浦半島の浜諸磯に足を運べば、誰でも見ることができる。もちろん本書にも、写真は掲載してある。関東近県の人は、見に行きたくてウズウズしてこないだろうか。

 宇宙にしろ深海にしろ、われわれが直には触れることができない未知の世界への憧れは、実に強いものがある。深海は、探査船や探査機の映像を通してでしか見ることができない世界。宇宙でこそ遅れは取っているものの、深海の探査技術は、日本は世界でトップ。たとえば現在運航されている有人潜水調査船「しんかい6500」は、世界でいちばん深い水深6500メートルまで潜ることができる。無人探査機であれば、「かいこう」はなんと1万メートルまで潜ることができるのだ。もっとも「かいこう」は、2003年にケーブルの切断により失われてしまったが。とはいえ、本書の膨大な写真は、日本の探査技術が優れているがゆえの成果だ。そういう点で、技術立国日本を見直すきっかけにもなるのではないだろうか。

深海生物の魅力は、文章ではやはり語り尽くすことができない。写真を見てもらうのがいちばんだが、とはいえ深海の世界では、日常の世界のようにしっかりとピントを合わせてシャッターチャンスを狙う、というわけにはいかないのが現実だ。その点は、著者北村氏のイラストを使って補ってある。イラストにすると、また違った魅力がでるのに気づいてもらえると思う。本書はある意味、深海探査にかける多くの研究者たちの成果でもある。深海魚にとらわれず、深海という大きな視点で本書を読んでもらえば、多くのことを発見できるのではないだろうか。

 

 理系で学ぶことや理系のキャリアについて興味を持つ人に、特に高校生や大学生、さらにすでに社会で活躍している人に、ぜひ一読をお薦めしたい。情報は多いが読みやすく、興味をもつ部分を拾い読みするだけでも役立つと思われる。

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