レポート

英国大学事情—2007年7月号「SET squared Partnership(英国南部地域4大学の産学連携パートナーシップ)」

2007.07.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 今月号では、英国南部地域にあるバース大学、ブリストル大学、サザンプトン大学およびサリー大学による、研究および研究成果の事業化の推進パートナーシップである、「SET squared Partnership」を紹介する。(なお、SETはScience, Engineering and Technologyの略語である。)

【1. 主要活動 】

大学発の質の高いスピンアウト会社の創出

 2002年のパートナーシップの結成以来、4つのスピンアウト会社を株式市場に上場させ、それらの現在の時価総額は約1億6,000万ポンド(384億円)に上る。当パートナーシップはベンチャー企業への継続的資金助成のため、4,500万ポンド(108億円)の資金調達を行い、またいくつかのベンチャー企業の売却も手がけてきた。

高成長が見込まれる技術企業への支援

 当パートナーシップに参加する各大学内にある「ビジネス・アクセレレーション・センター」では、大学内外の高成長が期待される設立直後のベンチャー企業への支援策として、起業や事業の専門家によるビジネスの指導、ガイダンスおよび安価なオフィス・スペースの提供等を行っている。また当パートナーシップは、大学外の新規ベンチャー企業による総額約2,500万ポンド(60億円)の資金調達への支援も行ってきた。

トップ・リサーチへの投資

 ベンチャー・キャピタリスト、ビジネス・エンジェルおよびシードコーンの助成者は、大学発スピンアウト企業を投資先として真剣に検討し始めている。当パートナーシップに参加する4大学はすべて、IPグループ社*2と提携しており、同社から知的所有権の事業化、シード・キャピタル・ファイナンスおよびスピンアウト企業の事業戦略や財務面等への支援を受けている。

海外との連携

 英国貿易産業省(DTI)による、150万ポンド(3億6,000万円)の「Science Bridge」助成制度を利用して、カリフォルニア大学のサンディエゴ校およびアービン校と提携を結んだ。特に、バイオ・エンジニアリング、幹細胞、無線技術、持続可能な環境に関する共同研究分野をすることになった。

 2007年1月には、米国テキサス州のエマージング・テクノロジーへの投資に特化した投資ファンド、インキュベーターおよびテキサス州の9大学の連合体である、「University of Texas System」の代表者が、テキサス技術移転使節団として、バース、ブリストルおよびサザンプトンの各大学のハイテク・スピンアウト会社を訪問した。

 その主目的は、無線技術、ITおよびクリーン・エネルギー関連スピンアウト会社の米国市場への参入および米国投資家による投資機会を探るためである。また、「University of Texas System」の訪問目的は、技術移転に関するベスト・プラクティスの情報交換であった。なお、このミッションは、英国貿易投資総省(UK Trade & Investment)、イングランド南東地域開発エージェンシーおよびイングランド南西地域開発エージェンシーの共同事業として行われた。

産業界との連携

 技術移転スタッフ、研究者および新規スピンアウト企業は、既存企業との共同活動もしている。例えば、航空宇宙プロジェクト用ソフトウェア開発企業のA社は、もともとはサザンプトン大学のスピンアウト企業であるが、ブリストル大学の「SET squared Business Acceleration Centre」内に拠点を構えて、大手航空機エンジン会社とパートナーを組み、新たなプロジェクト・マネージメント用ソフトウェアの開発とテストを行っている。

経験豊富なビジネス・リーダー

 経験豊富な起業家が「SET squared Partnership」の大学技術移転チームに参加しており、またその他のビジネス経験者もボランティアにて、スピンアウト企業への指導者として活動している。

ビジネス・スキルの訓練

 学生および大学スタッフにビジネス・スキルを身につけさせる訓練も行う。

【2. スピンアウト会社の事例 】

 「SET squared partnership」は2002年の設立以来、大学内外の多くのプロジェクトと約80社*3近い企業の設立を支援してきたが、その中から以下の2社を紹介する。

A) Offshore Hydrocarbon Mapping社

 サザンプトン大学・国立海洋学センターのスピンアウト会社であるOffshore Hydrocarbon Mapping社 は、海洋油田企業に電磁波イメージング技術を利用した探索やデータ処理等のサービスの提供を行っている。

 2004年3月、同社はロンドン株式市場のベンチャー企業の上場を主としたAIM市場に上場し、上場時の時価総額は4,930万ポンド(約118億円)に達した。同社の2006年度年次報告書によると、総収入は前年度の430万ポンドに比べ、1,040万ポンド(約25億円)と2倍以上に増加し、税引き前利益は前年度の100万ポンド弱から、約300万ポンド(7億2,000万円)近くに増加している。

B) Symetrica社

 サザンプトン大学のスピンアウト会社であるSymetrica社は、英国のSmith Group Plc傘下のSmith Detection 社と共に、テロリスト等に使用される可能性のある放射性物質探知用携帯型放射能探知器の開発を行ってきた。

 2006年、Smith Detection社はSimetrica社と共同開発した携帯型放射能探知器の米国政府への売り込みに成功し、2億2,200万ドル(約270億円)規模の契約を受注した。この探知器は放射能による攻撃を阻止するために、米国の警察、沿岸警備隊、国境警備隊、税関等に配備される予定である。

 Simetrica社は、サザンプトン大学のアカデミック・スタッフと物理学科のポスドクチームが、貿易産業省の「DTI SMART awards」の助成を受けて、2002年に設立したスピンアウト会社である。

 当初、同社の技術は宇宙開発用を念頭に開発され、設立初期段階には医学用スキャナーから原油探索まで広範囲な応用が検討された。しかし同社にはビジネス経験者がいなかったため、「SET squared Partnership」のもつ、450名の助言者(mentors)のネットワークの中から、同社に最適な技能を持ち、かつ30年以上の技術市場での経験を有する助言者を探し出した。

 その後、バース、ブリストルおよびサザンプトンの3大学合同の「SULISシード・コーン・ファンド」、イノベーションの促進を目的とする非営利団体のNESTA やベンチャー・キャピタルおよび主要パートナーとなったSmith Detection社からの資金助成を受けて製品開発を継続し、2006年には米国政府の研究所にてのプロトタイプの試験に成功した。

 同社社長は、「SET squared Partnership」の持つネットワークとコンタクトは、非常に有意義であった。同パートナーシップへのプレゼンテーション直後に、ベンチャー・キャピタル会社からSymetrica社への投資の申し入れがあった。」と述べている。また、同社幹部の一人は、「SET squared Partnershipが助産師として果たした役割は、我々の新規ビジネスの成功にとって必要不可欠であった。」としている。

【3. 社会的知的所有権(Social IP) 】

 「SET squared Partnership」は、社会的知的所有権(Social Intellectual Property)という概念のもとに、社会と環境に大きな影響を与える技術の事業化促進プログラムを発足させた。当プログラムは、ブリストル大学の研究・事業化開発学科(Research and Enterprise Development Department)がイニシアティブをとり、主要なベンチャー・キャピタリストの興味をあまり引かない社会や環境への利益に焦点を当てた研究の支援を行う。

 当イニシアティブの発足以来、以下の6プロジェクトに総額10万ポンド(2,400万円)の助成がなされた。

  • 災害救助への大きな可能性を秘めた、クリーンな飲料水用技術
  • 携帯電話を利用して、文字を開発途上国の地域言語音声に変換する技術
  • 特別な教育を必要とする児童に対する、就学前の早期スクリーニング
  • 地すべりの防止と緩和
  • 強度の身体的障害を持つ人たちへの注意警報システム(care-alert system)

【4. 事業における女性(Women in Enterprise) 】

A)「Women into Enterprise」

 「SET squared Partnership」参加メンバーのバース大学のビジネス・ハブでは「Women into Enterprise*7」という女性のための、無料の訓練コースを設けている。この訓練コースはEUの「European Social Fund」とバース大学からの助成を受け、事業の立ち上げまたは拡大するために必要な手法を訓練し、ビジネス・スキルを開発することを目的としている。

 このほか、英国には女性の事業活動を支援するために、以下のような団体もある。

B) Women's Business Development Agency*8(WBDA)

 WBDAは、女性による事業の設立や事業の拡大を支援するために、1990年に英国中部のCoventryとWarwickshireにて設立された非営利団体である。英国においては、女性が所有する企業は米国、カナダ、オーストラリア、ノルウェー等に比べても低水準にある。

C) Prowess*9(WBDA)

 「Prowess」 は、英国における女性による起業を支援する団体と個人のネットワーク組織である。当組織には220名以上のメンバーがおり、年間約1万の新規ビジネスを立ち上げている10万名近い女性を支援している。

【5. 筆者コメント 】

 筆者は過去に何回か、「英国大学事情」において英国の大学間の連携活動を報告してきたが、今回はイングランド地域の4大学による産学連携の共同活動に関するレポートである。2002年のパートナーシップの結成以来、4つのスピンアウト会社を株式市場に上場させ、それらの会社の株式時価総額が約350億円に上る実績をもっている。これらの4大学が、知的所有権の商業化を専門とするIP グループ社と提携を結んでいることも成功の一因であろう。 同パートナーシップはカリフォルニア大学と提携を結び、バイオ・エンジニアリング、幹細胞、無線技術等に関する共同研究分野を開始し、また今年に入って、米国テキサス州のエマージング・テクノロジーへの投資に特化した投資ファンド、インキュベーターおよびテキサス州の大学の連合体の代表者が、同パートナーシップ参加の大学スピンアウト会社を訪問するなど、海外との連携を深めていることも特色である。 このほか、同パートナーシップが450名もの助言者(mentors)のネットワークを構築していること、「社会的知的所有権(Social Intellectual Property)」という概念のもとに、社会および環境に関する新たな技術事業促進プログラムを発足させたこと、および女性のための、無料の事業訓練コースを設けていることも注目すべきであろう。 英国では、オックスフォード、ケンブリッジやロンドン大学という、いわゆるトップ大学以外に、今月号で紹介したような中堅大学が、産学連携活動を「大学の第3の使命」である「社会との連携」の柱と位置づけて力を入れており、英国の大学の産学連携活動の裾野は広いと言えるであろう。

用語説明

  • *1 当レポートにおいては、1ポンドをすべて240円にて換算した。
  • *2 IPグループ社:http://www.ip2ipo.com/ipo/
  • *3 約80社:http://www.setsquared.co.uk/list.cfm?ssid=47&TopLevelId=121&sid=92295589.9431
  • *4 Offshore Hydrocarbon Mapping社:
    • http://www.ohmsurveys.com/
    • http://www.ohmsurveys.com/files/OHM_AR_2006_FINAL.pdf
  • *5 Smith Detection:http://www.smithsdetection.com/PressRelease.asp?autonum=124
  • *6 National Endowment for Science, Technology and the Arts:http://www.nesta.org.uk/
  • *7 Women into Enterprise:http://www.bath.ac.uk/lifelong-learning/hubub/WiE/
  • *8 Women’s Business Development Agency:http://www.wbda.co.uk/
  • *9 Prowess:http://www.prowess.org.uk/

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