レポート

英国大学事情—2007年6月号「英国における科学教育促進の取り組み事例」

2007.06.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 今月号では、英国における科学教育促進のための取り組み事例として、「SETNET」、「サイエンス・エンジニアリング・アンバサダー制度」、「サイエンス・エンジニアリング・クラブ」および「科学学習センター」を紹介する。

【1. SETNET 】

 SETNET(Science、Engineering, Technology and Mathematics Network)は、英国の多くの若者が科学、技術、工学および数学(STEM)関連の職につくことを奨励するとともに、次世代の若者に科学・技術に関する十分な情報を与えることを目的とする全国的ネットワークである。SETNETは1996年に貿易産業省の支援により設立され、それ以降、貿易産業省のほかに教育技能省および企業からの支援も受けて運営されている。

 SETNETは53箇所のSETPOINTを全国に設置しており、SETPOINTは各地域における教育と地域コミュニティーの連携の役割を果たしている。

 各SETPOINTは任された地域において、支援する学校およびコレッジの数を制限することによって、密接で効果的なコミュニケーションをはかり、地域における特別なニーズへのきめ細かな対応を目指している。

 また、SETNETは下記に述べる、サイエンス・エンジニアリング・アンバサダー(SEA)制度を導入しており、このSEA制度はSETNETの主要活動となっている。

【2. サイエンス・エンジニアリング・アンバサダー 】

A) 概要

 サイエンス・エンジニアリング・アンバサダー(SEA)制度は、SETNETによる自然科学への理解増進活動の一環である。

 SEAは科学、技術、工学および数学のバックグランドを持つボランティアによる活動であり、小・中・高等学校生徒のSTEMに対する意欲を引き上げる役割を担う。

 SEA制度には、広範囲のSTEM分野、中小企業、多国籍企業および公的分野から1,000を超す事業体が参加している。多くのSEAは大学の学部学生であり、小・中・高等学校におけるSEA活動を通じて、生徒の模範(role model)になることも期待されている。

 2002年に、貿易産業省による670万ポンド(約15億円)の支援策の一環として、SEA制度が発足して以来、当制度は急速な発展を遂げ、現在では13,000名以上のSEAが活動しているが、2008年春までに18,000名まで増員する計画である。

B) 役割

  • 科学・エンジニアリング・クラブのような、学校の課外活動への支援
  • 学校におけるSTEM関連のコンペティション、イベントおよび賞への支援
  • STEM関連の課外実験のアシスタント
  • 指導、就職ガイダンスおよびロール・モデル
  • 教師および生徒に対する職場実習の提供支援

 SEAは発足以来、約24,000件のボランティア活動に参加し、5歳から19歳までの75万名以上の生徒のSET活動を支援してきた。なお、各SEAには、最低年1回の活動が義務付けられている。

【3. サイエンス・エンジニアリング・クラブ 】

 財務大臣は2006年度の国家予算発表時に、パイロット・スキームとして、250の学校における11歳から14歳の生徒を対象とした、放課後のサイエンス・エンジニアリング・クラブ(Science and Engineering Club)の発足への助成を表明した。これらの250の学校は、教育技能省によって選択され、各学校には2年間にわたり17,000ポンド(約380万円*1)が助成されることになった。約5,000名の生徒の参加を計画しており、多くの大学生を含むSEAがこのクラブ活動に参加する予定である。

 サイエンス・エンジニアリング・クラブの運営には、SETNETの指導の下、以下の組織が参加している。

  • The British Association for the Advancement of Science(BA)
  • クラブ・コーディネーターの派遣やクラブのウェブサイトの構築への支援
  • The network of Science Learning Centres
  • サイエンス・エンジニアリング・クラブのための特別な訓練を受けたクラブ・リーダーや教師の派遣
  • Escite-uk(科学センターおよび博物館の全国ネットワーク)
  • サイエンス・エンジニアリング・クラブの運営用ハンドブックの作成
  • The Specialist Schools and Academies Trust
  • 科学技術専門学校に関する専門知識の提供
  • The Association for Science Education
  • クラブ・コーディネーターのためのフィールド・オフィサー・サポートの提供

【4. 科学学習センター 】

 科学学習センター(Science Learning Centres)は、教育技能省とウェルカム財団(The Wellcome Trust)*2の共同イニシアティブとして、科学教育従事者への継続的職務能力開発(CPD)の提供を目的として設立された。イングランド地方の9大学には地域センターが設置され、ヨーク大学内には英国全土をカバーするナショナル・センターが設置されている。

A) 科学学習ナショナル・センター(National Science Learning Centre)

 科学学習ナショナル・センター(National Science Learning Centre)は、バイオメディカル・チャリティー団体のウェルカム財団*2から2,500万ポンド(約58億円)の助成を受けて、2005年11月にヨーク大学内にオープンした。このナショナル・センターは、英国全土の科学教師や技術者への継続的職務能力開発を提供するため、300席の会議場、ハイテク施設や宿泊設備も完備した施設であり、このような専門施設は世界で唯一であると思われる。

 なお当ナショナル・センターは、ヨーク大学、リーズ大学、シェフィールド大学、シェフィールド・ハラム大学の4大学のジョイント・ベンチャーであり、ヨークシャー地域の地域開発エージェンシーである、「Yorkshire Forward」からの助成も受けている。

※教育訓練コース事例(2007年3月のコースの一部)

  • 「Developing Thinking Skills in Science」
  • 「Creating Challenge in Science Writing」
  • 「Leadership for Impact : Let’s Investigate Science」
  • 「Inspiring Teaching and Learning in School Psychology」
  • 「New Approaches to Teaching Physics(11-16)」

 ナショナル・センターおよび地域センターを合わせ、2007年春には79コース、2007年夏には364コースが予定されている。

B) 地域センター

 ナショナル・センターおよび地域センターは、公募による選定の結果、以下の教育機関によって運営されている。

  • ロンドン地域科学学習センター
    教育研究所(パートナー機関:科学博物館、バークバック・コレッジ、ユニバーシティー・コレッジ・ロンドン)
  • 東イングランド地域科学学習センター
    ハートフォードシャー大学(パートナー機関:ハートフォードシャー地域教育委員会等)
  • 南西地域科学学習センター
    サザンプトン大学
  • 東中部地域科学学習センター
    レスター大学(パートナー機関:ノッティンガム大学、ビショップ・グロセテステ大学)
  • ヨークシャー・ハンバーサイド地域科学学習センター
    シェフィールド・ハラム大学(パートナー機関:リーズ大学、ヨーク大学、シェフィールド大学)
  • 北西地域科学学習センター
    マンチェスター・メトロポリタン大学(パートナー機関:セイント・マーチンズ・コレッジ・ランカスター、SETPOINTグレートマンチェスター)
  • 北東地域科学学習センター
    ダーラム大学(パートナー機関:フラムウェルゲート校、ダーラム州政府、ニューキャッスル大学、サンダーランド大学、ティーサイド大学、2民間会社)
  • 西中部地域科学学習センター
    キール大学(パートナー機関:スタッフォードシャー教育委員会、ストーク・オン・トレント地域教育委員会、スタッフォード大学等)
  • 南西地域科学学習センター
    「At-Bristol*3」(パートナー機関:ブリストル大学、プリマス大学)

※科学学習センターにおけるコース費用は、各センターにより設定されるが、教育技能省とウェルカム財団の規定により、手ごろな価格で提供することが義務付けられている。又、通常これらのコース参加費用は、参加者を派遣する各学校により負担されている。

【5. 筆者コメント 】

 大学生や中小企業、多国籍企業および公的分野などの1,000を超す組織が、サイエンス・エンジニアリング・アンバサダー(SEA)活動に参加しており、このボランティア活動参加者が、全国で13,000名に上ることは注目できよう。またウェルカム財団をはじめとした英国のチャリティー財団による科学への大規模な助成活動は、英国における長年にわたり培ってきた、チャリティーやボランティア活動に対する認識の高さを示すものと言えよう。

用語説明

  • *1 当レポートにては、1ポンドをすべて230円にて換算した。
  • *2 The Wellcome Trust:1936年に設立された英国の財団で、約3兆円の基本財産を有する。
  • *3 At-Bristol

ページトップへ