このコーナーは、日本科学未来館のインタープリターが、ブリティッシュ・カウンシルの支援(*)でイギリス(U.K.)を訪れたときの体験談をご紹介しています。「サイエンス」や「コミュニケーション」をキーワードとする出会いや発見を、インタープリター自身が5回シリーズでレポートしました。
※日本科学未来館インタープリター:日本科学未来館の展示フロアで来館者と対話し、科学をわかりやすく伝え、ともに考える展示解説員としての役割を担うとともに、先端科学技術の動向のリサーチや、館内外での科学にかかわるさまざまなイベントの企画を行っています。また、展示フロアで日々接する来館者やイベント参加者との対話をもとに、科学技術に対する社会の評価や意見を研究者にフィードバックする役割も果たしています。
サイエンス・コミュニケーションの先進的な取り組みがなされているといわれるイギリスのロンドンにある科学館に、私たちのようなインタープリター業務を行うスタッフ、“Explainer”(エクスプレイナー)がいると聞き、インタビューを試みた。
まず、訪れたのはNatural History Museum。館内でExplainerと間違いなく出会える場所の一つにInvestigate Centre(インベスティゲーションセンター)がある。そこはさながら実験室のようであり、来館者が自由にトレイから標本を取り出し、顕微鏡で観察したり、重さを量ったりすることができる。標本の数は膨大で、動物の皮や骨など全て本物であり、子供たちは、その手触りやにおいなどに感嘆や驚きの声を漏らしていた。
ExplainerのDan氏は、「ここでは、こちらが用意したワークシートで問題を解かせたり、講義をしたりは一切ない。子供も大人も自らの疑問を家族、友人、教師、Explainerとともに自分で探求していくことが何より大切で意味があるから」と話していた。
一見野放しのようにも見えるが、そこにはExplainerの心配りが至る所に効いていた。彼らは、教師や子供たち、さまざまな来館者へタイミングを見て声をかけ、話を聞く。実際、Dan氏へのインタビュー中も、彼は子供たちの表情につねに目をとめほほえんだり、声をかけたりしていた。個々の反応へ丁寧に目を配り、時に質問を投げかけながら一緒に観察する。「ぼくはこの瞬間が一番好きなんだ」。そう言って、標本を片手にうれしそうに、子供の目線へひざをおとしている姿が、自らの職場風景と重なった。
館内でExplainer同様、積極的に来館者と話していたのはボランティアだった。Natural History Museumでは、ボランティア制度は2005年に始まったばかり。
彼らに会う為にはFocus Point(フォーカス・ポイント)と題したhanding trolley(ワゴン)を見つけるといい。その傍らには緑の制服を着たボランティアがいるはずで、ワゴンの中にあるたくさんの実物標本を用いて解説やミニプレゼンを行っている。
各ボランティアのフロア活動時間は日に4〜5時間程度。必ず最後に30分程度、スタッフとの全体ミーティングがあり、来館者が何に喜んだか?など気づいたことやスキルの共有を行っている。
次に、訪れたScience Museumでは、Explainerのサイエンス・ショーを見ることができた。見学した“Rockets(ロケット)”というサイエンス・ショーでは、ロケットが燃料を噴射し進んでいく原理をイスや身体を使って参加者が体験した。また、水素ガスを使い、風船を豪快に爆発させたり、ポテトチップスの筒で作ったロケットに水素燃料を入れ本当にとばしたりと、危険な実験も参加者のそばで行っていたのには驚いた。
Explainerは元マジシャン、弁護士、研究者、教師、俳優など多岐にわたるバックグラウンドをもっており、その年代は概ね20代〜30代だが、10代や60代のスタッフもいる。マジシャンや俳優は人を惹きつけ、魅せるテクニックに長けている。研究者は、深い知識を基にたくさんの考え方を提案できる。「さまざまなバックグラウンドを持っていることがお互いに必要なものを補い合い、豊かな発想を生む」とのスタッフの言葉に深くうなずいた。
この、さまざまなバックグラウンドのメンバーで構成されているということは、互いの成長を促す以外にも、来館者や参加者とコミュニケーションをとるためのチャンネルが必然的に広がるなどメリットがたくさんある。サイエンスへの理解や興味を広めるという目的にも合致していると思った。
とても広いそれぞれの科学館内、至る所にExplainerやボランティアがいるというわけではなく、体感型展示が多いエリアや、人気のあるエリアなど、より対話をしやすく、その効果が大きいエリアへ集中して人員が配置されていた。
また、Explainerを含む、インタビューしたどの科学館スタッフも、いい意味で力が抜けており、楽しそうに仕事をしていた。人によってその手法や趣向はことなるが、まず自分自身が“サイエンス・コミュニケーション”への気負いを捨てて、楽しむことが大事だとあらためて気づかされた。
今岡由佳子(いまおか ゆかこ) 氏 プロフィール
大学卒業後、2001年から日本科学未来館のインタープリターとして勤務。2007年4月から、同館の科学コミュニケーション推進室、科学調査・探求グループに異動。