レポート

英国大学事情—2007年3月号「科学・イノベーション賞(Science and Innovation Awards)」

2007.03.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

【1. はじめに 】

 「科学・イノベーション賞:Science and Innovation Awards」は、英国が特に弱いと思われる、戦略的重要研究分野を支援するため、工学・自然科学研究会議(EPSRC)および高等教育助成会議によって2005年に開始された、大学の研究への助成策である。

 この賞は、1プロジェクトあたり300万ポンド(6億9,000万円)から500万ポンド(11億5,000万円)と、英国の大学への研究助成制度としては大型であり、また約5年という比較的長期の助成を目指していることも特徴である。また、助成期間が終了後も、ホストの大学が支援を継続することが条件となっている。

 英国の工学および自然科学分野のいくつかの研究領域においては、研究および大学卒業後の訓練のために必要とされる能力がなくなっているのではないかという、重大な懸念がある。そのエビデンスは、各種の統計研究や国際レビュー等からも明らかであり、2004年の「科学・イノベーション投資枠組み:2004年-2014年」にても強調されたところである。それに対処する方策の一環としても、この「科学・イノベーション賞」助成制度が導入された。

【2. 「第1次科学・イノベーション賞」(2006年6月受賞結果発表) 】

 試行的な試みであった第1次公募には特定の大学のみが応募に招かれ、そのうち5大学に総額約1,500万ポンド(34億5,000万円)が助成された。

 その他、ストラスクライド大学等のスコットランド、ウェールズ地域の3大学が、それぞれ約300ポンド(6億9,000万円)の助成金を得た。

【3. 「第2次科学・イノベーション賞」 】

 第2次公募からは、すべての英国の大学が応募対象となった。

【4. 「第3次科学・イノベーション賞」 】

【募集テーマ】

 システム・バイオロジー、幹細胞および合成生物学(synthetic biology)等を含む生命科学によってもたらされる将来の好機をとらえるために、生命科学におけるインターフェースは、ケミカル・エンジニアリング分野にて開発された手法、技術および専門的知識や技能を寄せ集める必要がある。なお、応募者はインターフェース全般にわたる、研究者間の具体的な共同アプローチの方法を示す必要がある。

  • 物理有機化学
    2002年の王立化学協会による、化学に関する国際レビュー「Chemistry at the Centre」において、英国の物理有機化学(physical organic chemistry)研究の強化の必要性が指摘された。
  • 量子コヒーレンス
    最近実施された、「物理学および天文学に関する国際レビュー」は、英国の冷却原子物理学(cold atom physics)分野の研究は、2000年以来、進歩が見られたが、若い研究者がこの分野を研究することを奨励するための、更なる努力が必要であるとした。特にEPSRCでは、冷却原子物理学の発展の上に成り立つ、量子コヒーレンス(Quantum Coherence)分野の研究活動の強化を目指している。
  • 再生可能エネルギー
    気候変動および英国産エネルギーの供給の減少により、英国は安全で多様なエネルギー源を必要としている。応募プロジェクトは、特に再生可能エネルギーの生成・供給分野における大学の研究能力を強化、拡充およびコーディネートすることが期待される。また応募プロジェクトは、英国における既存の研究とインターフェースするための計画を示すことが必要となる。
  • 数学的分析
    非線型偏微分方程式(nonlinear partial differential equations)の厳密な分析は、 画期的な数学のアイデアを必要とし、また深い知性への挑戦でもある。それ故、この分野における、純粋数学と応用数学の間の強いインターフェースが特に重要となる。「数学に関する国際レビュー」は、英国における非線型偏微分方程式の研究能力の欠如およびこの分野の研究に入ってくる若い研究者の不足を指摘した。

【5. 高等教育助成会議の支援 】

 この「科学・イノベーション賞」はEPSRCが主体となった助成制度であるが、高等教育助成会議も研究インフラ等の費用助成において大きく貢献しており、EPSRCと高等教育助成会議の共同支援制度と言える。高等教育助成会議は、「科学・イノベーション賞」に関する研究インフラおよびスタート・アップ費用の助成を行っている。また、複数の研究機関間の共同研究管理費用も、同会議によって助成されている。

  • インフラ
    高等教育助成会議は既存の研究施設の改修および小規模な新規施設の費用を助成する。また、大学における類似の研究のための機器類の充実を高めることになるのなら、新しいコンピューター、ポンプやゲージ等の新規機器の費用も助成する。(当該プロジェクトに必要な、特定の機器への助成を行うEPSRCの助成方式とは異なる。)
  • スタート・アップ費用
    以下のスタート・アップ費用が想定される。
    ・「フル・エコノミック・コスト*」に基づくスタッフ費用及びスタッフの時間の一部
    ・新規のコンピューターおよびソフトウェア
    ・既存施設のメンテナンスの一部
    ・スタート・アップに関連した旅費および経費
  • 共同研究
    国の研究基盤を強化し、その質を向上させ、また研究パートナーが戦略的共同研究の持続に本気で取り組むことが明白である場合、高等教育助成会議は共同研究を奨励する。

【6. 筆者コメント 】

 この「科学・イノベーション賞」は、戦略的に重要な分野において、英国の研究が国際的に遅れているまたは弱いと思われる領域への戦略的な研究助成である。自国の科学分野に関して、海外の専門家によるレビューを行い、その結果に対して、研究会議と高等教育助成会議が共同で対処している姿勢は注目されよう。英国では、「井の中の蛙」になることを防ぐために、経費はかかるが、きちんとした国際レビューによって客観的評価を受けることが良く行われている。

 この助成制度は、比較的大型の助成額および5年間という長い助成期間であることも、特徴である。助成プログラムの本数を減らして大型化し、助成期間を長くするという傾向は、英国の大学の知識移転活動支援助成策のフラッグシップである「高等教育イノベーション・ファンド 」でも見られ、最近の英国の助成制度の傾向でもある。助成プログラム内での柔軟性を高めることがその目的であろう、またこれにより助成元のプロジェクト管理コスト削減も期待されている。

 共同研究の奨励は、「高等教育イノベーション・ファンド」でも見られる。これは、他の大学におけるグッド・プラクティスおよび研究に関する専門知識の共有を通して、英国の大学における研究基盤の向上を目指しているためと思われる。

用語説明

※Full Economic Cost:研究に関わる総費用として、直接経費のほか、使用施設や建物の使用コスト、財務や人事等の支援サービス・コスト等を含む。

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