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現場視点で広げる、サイエンスコミュニケーターの可能性ー北海道大学CoSTEPフェロー 西尾直樹氏

2022.04.15

西尾直樹 / 北海道大学高等教育推進機構CoSTEPフェロー

西尾直樹氏
西尾直樹氏

 今年(2022年)1月、全国放送のテレビ局アナウンサーが転職し、大学の研究者としてサイエンスコミュニケーター(SC)を目指すというニュースが報じられた。大きく社会的注目を集めることとなったが、その多くは「SCっていったい何?」というもの。世間一般での認知や活用は、広がっているとは言い難い。

 SCがより社会に浸透し、社会課題の解決や新しい価値の創造に広く貢献する存在となるために、どのようなアプローチを積み重ねていけばいいのか。そのポイントを地域の現場視点で考察する。またSCと社会をつなぐ新しいプラットフォームの取り組みについても紹介する。

地域に入り込んで手を動かし、対話を重ねる姿勢が重要

 筆者は日本のサイエンスコミュニケーション元年とも言える2005年から3年間、NEDOフェローとして産学連携という科学の現場からのコーディネート業務に携わった後、地域活性への関心から、京都にてソーシャルセクターやまちづくりなど地域の現場でのコーディネート業務に携わった。

 そして2016年からは、SCを養成する北海道大学CoSTEP(以下、CoSTEP)のスタッフとなり、科学の現場へと戻った。いわばサイエンスコミュニケーションの中と外を行ったり来たりという経歴を持っている。今回は、科学と地域のバイリンガルとして、SCのあり方について私見を述べさせていただく。

 SCの定義は幅広いが、おおよそ「専門家と市民をつなぐ」「研究機関と地域をつなぐ」存在という点は共通しているだろう。その対象となるはずの市民や地域に認知が広がっていないということは、現場のニーズとのマッチングがまだまだ不足しているといえる。SCが持つ資質やスキルには、サイエンスの現場に関わらず有用で、汎用性の高いものも多い。CoSTEPのプログラムを参照しつつ整理したものを以下に例示する。

 ■SCが持つ汎用性の高い能力
  A.基本的なアプローチ
   A-1. 専門知をかみ砕いて、専門外の人にわかりやすく伝える
   A-2. 多様な立場の人による、対話を通じた相互理解や共創を進める
  B.個別のスキル
   B-1. インタビュー・ライティングスキル
   B-2. イベント企画・ファシリテーションスキル
   B-3. 情報収集・データ分析スキル
   B-4. コンテンツ制作・デザインスキル

 これらは地域の現場でも生かされるということは、筆者自身、身をもって実感している。能力ベースではマッチするにも関わらず、なぜ認知や活用が広がらないのか。その要因として、科学の現場から飛び出し、地域の現場に入り込んでいるSCがまだまだ少なく、お互いの理解が進んでいないということも大きいのではないかと考えている。

 もちろん、サイエンスカフェや科学教室など地域や市民に向けた取り組みは多数行われている。しかし、それらのほとんどは単発のイベントである。「現場に入り込む」とは、継続的に市民や地域に関わって、彼らの持つ能力や価値観、置かれている状況や課題を知り、時間をかけて信頼関係を築いていくことである。またそれは、人々の暮らしや課題解決の現場の視点からサイエンスコミュニケーションを考えるということでもある。

 現場では必ずしも最先端技術が最適技術というわけではない。トランスサイエンス(科学に問うことはできるが、科学では答えることができない問題)に満ちており、安易に科学や技術の知識を持ち出しても、伝わらないばかりか拒否感にもつながる。そこに関わる人たちと共に手を動かし対話を重ねながら、本当の意味での解決につながるよう、適切な支援を探っていく姿勢が必要である。

筆者が企画立案から3年間携わった「京都市未来まちづくり100人委員会(2008年~2016年)」。研究者、経営者、主婦、学生、NPO代表、市役所職員など多様な市民約100人が毎月集い、大規模対話手法を用いてのプロジェクト創出と実践を行った
筆者が企画立案から3年間携わった「京都市未来まちづくり100人委員会(2008年~2016年)」。研究者、経営者、主婦、学生、NPO代表、市役所職員など多様な市民約100人が毎月集い、大規模対話手法を用いてのプロジェクト創出と実践を行った

「取り組みを支える組織」との親和性を高めたい

 次に、地域の現場にどのような形の関わり方があるか、具体的に考えてみたい。ここでは「ソーシャルセクターの活動」「中間支援組織、コーディネーター」「コレクティブ・インパクト」の3つの視点から述べる。

(1)ソーシャルセクターの活動
 ソーシャルセクターは、社会的課題の解決をする組織全般を指し、NPO・NGOといった非営利組織だけでなく企業などの営利組織も含まれる。SCの関わりとしては、組織のスタッフやプロボノ(社会的・公共的な目的のために、職業上のスキルや専門知識を生かして取り組むボランティア活動)など、社会課題の現場と専門知をつなぐ役割としての形がイメージしやすい。また問題意識が明確な人であれば、社会起業家として自ら組織を立ち上げる存在にもなりうる。実際にCoSTEP修了生にもいくつかの事例がある。

(2)中間支援組織、コーディネーター
 中間支援組織とは、行政、地域、企業の間に立ち、市民による様々な活動を支援する組織である。組織の形態や規模、支援領域も多様で、全国の地域に設置されている。中間支援組織には「コーディネーター」と呼ばれるスタッフが配置されていることも多い。コーディネーターは、専門家よりジェネラリストが向いている職業でもある。SCの持つ資質やスキルは、ピッタリはまっている。また現在全国の自治体で採用されている地域おこし協力隊も、コーディネーターに近い存在である。こちらもCoSTEP修了生で事例があり、昨年度から道内の自治体に着任して活動を行っている。

(3)コレクティブ・インパクト
 近年「コレクティブ・インパクト(以下、CI)」という取り組みが世界で広がりつつある。CIとは、特定の複雑な社会課題を解決するための共通のアジェンダに対して、大学を含む異なるセクターの主体が、構造化された協力体制を用いながら行うコミットメントを指す。CIでは、エビデンスベースでの意思決定を重視しており、社会問題に対して大学による調査やデータ分析が組み込まれている。このことは、特定の地域での一過性の成功ではなく、モデルとして汎用性を持たせることにもつながり、CIという手法が注目される要因の一つとなっている。

 CIでは「①共通のアジェンダ」「②共有された評価・測定システム」「③相互に補強し合う活動」「④継続的なコミュニケーション」「⑤取り組みを支える組織」という5つの条件が掲げられている。5つ目の「取り組みを支える組織」とは、全ての主体の活動や状況を把握し他の4つの条件に目を配る専任のスタッフがいる、独立した組織である。

 SCは、上記のようなエビデンスにも明るく、多様なセクターを橋渡ししうる存在として、この「取り組みを支える組織」との親和性が高い。CIは2011年に提唱された新しい概念で、まだまだ日本では事例が少ないが、地域や社会レベルの大きな課題を変革しうるダイナミックなアプローチである。SCの関与が広がれば、社会的なプレゼンスも高まるのではないかと考えている。

コレクティブ・インパクトと協働との違いのイメージ(筆者作成)
コレクティブ・インパクトと協働との違いのイメージ(筆者作成)

ネットワークを構築し、集団のメリットを生み出そう

 次に、SC活用のプラットフォームづくりについて少し紹介をする。ここまで、具体的な地域の現場の実例から、SCの関わりの可能性を提示してきた。しかし、SCと社会との間をつなぐ役割が存在していない。そうした状況に一石を投じるべくCoSTEPは、プロのSCとそれを求める人たちをつなげるメディア「SciBaco.net」を開発し、今年3月にオープンした。SciBaco.netは、次の3つのカテゴリーで構成されている。

・ Profile:SCのデータベース
・ Person:SCの活動紹介
・ Learning:サイエンスコミュニケーションについて学ぶ教材、情報の集約

 公開前の1月22日には、その説明会を兼ねて、『サイエンスコミュニケーションを仕事にする ~出口の出会いのデザイン~』と題したイベントを、北海道大学で産学連携や地域協働を担う産学・地域協働推進機構との共催で開催した。この会では、CoSTEP修了生でSCとして活発な活動を行っている3人を招き、クロストークを行った。

 その中で浮かび上がってきたのは、「SCが分散している状態にあり、協力し合えていない」という問題意識と、「業界化」というビジョンである。SCがネットワークを構築し、集団としてのメリットを生み出していく。社会的にもSC活用の事例が増えて認知も広がり、インダストリーとなっていく。このような道筋をSciBaco.netも活用して、みんなで目指していこうという呼びかけで会は終了した。

SciBaco.netの特徴的な「Profile」機能。まずはCoSTEP修了生のみの登録で試験運用し、順次範囲を広げていく予定となっている。「Person」「Learning」のコンテンツは誰でもアクセス可能
SciBaco.netの特徴的な「Profile」機能。まずはCoSTEP修了生のみの登録で試験運用し、順次範囲を広げていく予定となっている。「Person」「Learning」のコンテンツは誰でもアクセス可能

 ここまで、SCの認知と活用を広めるためのポイントを考察してきた。著名人の転職のニュースとSciBaco.net公開のタイミングが重なったのは全くの偶然であるが、SCの認知と活用が広がっていく機運を醸成するチャンスとも捉えることができる。筆者個人も、引き続きバイリンガルとしての研鑽を積み、地域の現場との接続やネットワークのハブ役として貢献できるよう活動を行っていきたい。ここまでお読みいただいて共感された方は、ジョインしていただけると幸いである。

西尾直樹(にしお・なおき)

北海道大学高等教育推進機構CoSTEPフェロー

2005年から産学官民をつなぐコーディネーター(NEDOフェロー、「京都市未来まちづくり100人委員会」運営事務局、独立行政法人地域公共人材開発機構コーディネーター、京都府庁協働コーディネーター)を歴任。その業務などを通じて多様な地域、分野、職業の500人以上へのインタビューを行う。2016年から北海道大学高等教育推進機構CoSTEP特任助教として科学技術コミュニケーションの教育、実践、研究に従事。2021年からは個人でサイエンスコミュニケーターとしての実践を行いつつ、フェローとして社会とCoSTEPとの橋渡し役を担当している。博士(ソーシャル・イノベーション)。株式会社聴き綴り本舗代表取締役。京都府立林業大学校客員教授。

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