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[シリーズ]イノベーションの拠点をつくる〈15〉北海道大学COI拠点 「食と健康の達人」拠点が目指す社会(吉野正則 氏 / 北海道大学COI拠点プロジェクトリーダー、株式会社日立製作所基礎研究センタ シニアプロジェクトリーダー)

2016.01.20

吉野正則 氏 / 北海道大学COI拠点プロジェクトリーダー、株式会社日立製作所基礎研究センタ シニアプロジェクトリーダー

 文部科学省と科学技術振興機構(JST) は、2013年度から「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM※)」を始めた。このプログラムは、現代社会に潜在するニーズから、将来に求められる社会の姿や暮らしのあり方(=ビジョン) を設定し、10年後を見通してその実現を目指す、ハイリスクだが実用化の期待が大きい革新的な研究開発を集中的に支援する。そうした研究開発において、鍵となるのが異分野融合・産学連携の体制による拠点の創出である。本シリーズでは、COI STREAMのビジョンの下、イノベーションの拠点形成に率先して取り組むリーダーたちに、研究の目的や実践的な方法を述べていただく。第15回は、北海道大学を中核に、「食と健康」に支えられた新たな社会システムの創出を目指す吉野正則氏にご意見をいただいた。食と健康の達人が集うコミュニティは、産官学地域の連携体制により医療と情報科学を融合させることで可能になるという。その取り組みの中身をご紹介する。

※COI STREAM/Center of Innovation Science and Technology based Radical Innovation and Entrepreneurship Program。JSTは、「センター・オブ・イノベーション(COI) プログラム」として大規模産学官連携拠点(COI拠点) を形成し研究開発を支援している。詳しくは、JST センター・オブ・イノベーション(COI) プログラムのページを参照。

吉野正則 氏
吉野正則 氏

 私たちは、自分の子供たち、そのまた子供たちに何を残していけるのだろうと考えてきました。

 北海道大学COIは、個人に最適な「美味しい食と楽しい運動」により、健康で"笑顔あふれる"幸せ生活をデザインしていくことを目指しています。美味しい食、楽しい運動、健康、医療の知識と知恵を融合して"健康+元気"な社会を実現したい、という意味を込めて、「食と健康の達人」拠点と名付けています。

 高度成長期の"システム、効率、合理性"という考え方を中心として発展してきた時代からは、社会環境、人の生き方、価値観は大きく変わりました。物が少なく、みんなが同じ方向、同じ価値観を共有することで豊かさを感じてきた時代は終わり、一人ひとりの"価値観、感情"が行動を変えていく時代へと変わってきています。その一方では、3世代同居、近所、地域のつながりを支えてきた"公衆"という概念がなくなり、今や核家族化を突き抜け、一生ひとりで過ごす人が増える時代になってきています。"公衆"がなくなった今、そして将来に向けて、社会の仕組み、健康、個人、家族、近所、地域のコミュニケーションの考え方を変えていくことが必要だと考えています。

 その中で、北海道大学COIは、10年後の女性と子育て世代の健康と地域のつながりを考え、「プレママ(妊娠する前の女性)から、子育て、高齢者の健康を守り、たとえ病気になっても美味しい食と楽しい運動で"笑顔のあふれる社会"の実現」をビジョンとしました。

札幌にある北海道大学のフード&メディカルイノベーション(FMI)国際拠点
写真.札幌にある北海道大学のフード&メディカルイノベーション(FMI)国際拠点

 日本、特に北海道は、人の成長を助ける豊富な食材にあふれています。穀物、野菜、乳製品、魚介、畜産物などあらゆる自然の恵みを健康生活に活かしたい。そのために、大学、企業、地域、市民が集まり、異分野融合・異業種連携の研究開発と社会実装を行う。それが、このCOIが行うべき取り組みだと考えています。

 食べることは、単に消化吸収という機能にとどまらず、目で見て、匂いを嗅いで、音を聞き、触れて、味わうことで、楽しく、幸せな時間をもたらしてくれます。食を通じて、人がつながり、空間を共有できます。お母さんの腸内環境は、子供へと受け継がれていきます。子供たちはお母さんの食べているもので育ち、母乳で、そして地域の美味しいもので育っていきます。そして、それは、また次の子供へとつながっていきます。

 しかし、いま私たちのまわりには、「食の安全」、「きれいな空気」、「澄んだ水」、「家族の絆、地域とのつながり」などに多くの課題があります。少子化が進む中で、子供を取り巻く環境も悪化してきています。多くの家族が共働きになって時間と余裕が無くなり、高齢者が増え、介護問題も生まれ、人と人とのコミュニケーション自体が希薄になっていく。それをなんとか変えるために、北海道大学を中心に筑波大学、北里大学、30以上の企業、関連機関、自治体が知恵を出し合い、新しい社会イノベーションを起こそうとしています。

「食と健康の達人」拠点がパラダイムシフトを目指す、健康コミュニティのイメージ
図.「食と健康の達人」拠点がパラダイムシフトを目指す、健康コミュニティのイメージ

 私たちはビジョンを実現するために、4つのミッションを定義しています。

1.セルフヘルスケア
■自分の今の生活・健康状態を、家庭に居ながらリアルタイムで把握し、自分で行動を変える仕組みを実現していきます。将来的には、ビッグデータやAIと結びつき、未来の健康を予測するプラットフォームへと進化させようと考えています。
■人の顔が見え、人と人とをつなぐ仕組みをつくります。心不全・高血圧の方や、子育て中の方、高齢者の方を支えるための、「家族健康手帳」と称するアプリケーションの開発から始めています。

2.健康ものさし
■自分の健康状態を測る画期的な「健康ものさし」(評価系)の研究開発と世界標準化を目指しています。このものさしを使って、本人に一歩先のアドバイスを行い、病気の予防ができる未来へ発展させていきます。
■腸内細菌叢(そう)を制御するα-ディフェンシンで、健康度の測定系を作っていきます。また、日々の運動、筋力、バランス能力などから体の年齢を測る評価系や、機器の開発を行っていきます。
■母子の健康という観点から、出産前の女性、出産前後、子育て中の女性、新生児や子供を対象に、食事、便、母乳などに関する長期の研究を開始します。

3.美味しい食と楽しい運動
■食・運動の「健康ものさし」が測定したあなたの指標を改善するための食素材や食品の開発、運動プログラムの研究開発、商品化を目指します。
■北海道、そして日本の豊富な食材を使って、美味しくて健康になる商品、サービスを創ります。みんなが気軽に楽しめ、続けられる運動を創っていきます。
■食と運動の組み合わせによる相乗効果も大きなテーマです。

4.健康コミュニティ
■"住んでいる街をイノベーションしていく"がテーマです。上記3つのミッションを具体的に社会実装し、「笑顔があふれ、子育てしやすく、高齢者も元気にまだまだ働ける街、コミュニティ」を、市民みんなで創ります。そうすることで、地元の力が活性化し、新しい産業が生まれ、地方創生につながっていきます。
■実際に市民が集うことでコミュニケーションが生まれ、自分の健康度が分かり、健康にも詳しくなる"場"を創っていきます。コミュニティの中にコミュニケーションが根付くことで、もう"子育てするお母さんを孤立させない"、"高齢者を孤独にしない"そういう街を創りたい。それが、「食と健康の達人」を社会実装することだと考えています。
■地方創生の取り組みのひとつに位置づけていこうと考えています。具体的には、地域が直面する課題を解決するために、「産業創出型の地域包括ケア」と「社会保障」を両立させた新たな仕組みを創出します。

 私は、このCOIという新しい産官学地域連携で、「社会イノベーション」を起こすためには、マッチングを超えた"知の融合"が必要だと考えています。そのためには、ニーズオリエンテッドであること、自分たちの持っている力以上のものを作り出すこと。対話とゴールを共有することが重要です。私たちは、今、多くの人と議論し、共に研究開発を行っています。周りの変化のスピードは、さらに速くなっています。私たちが先回りできるように、このCOIの"場"、アンダーワンルーフをフル活用していこうと考えています。

吉野正則 氏
吉野正則 氏(よしのまさのり)

吉野正則(よしのまさのり)氏のプロフィール
1980年株式会社日立製作所入社、83年から米国・シカゴ駐在。帰国後、ビデオ、カメラ、DVD、TVのマーケティングや、商品企画、事業計画に携わり、事業本部長を務める。2010年から、家庭向けエネルギーマネージメント、ヘルスケア等新事業開発の本部長を務め、14年より現在の基礎研究センタのシニアプロジェクトリーダー。現在、北海道大学の客員教授としてCOI拠点のプロジェクトリーダーを務めている。

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