文部科学省と科学技術振興機構(JST) は、2013年度から「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM※) 」を始めた。このプログラムは、現代社会に潜在するニーズから、将来に求められる社会の姿や暮らしのあり方(=ビジョン) を設定し、10年後を見通してその実現を目指す、ハイリスクだが実用化の期待が大きい革新的な研究開発を集中的に支援する。そうした研究開発において、鍵となるのが異分野融合・産学連携の体制による拠点の創出である。本シリーズでは、COI STREAMのビジョンの下、イノベーションの拠点形成に率先して取り組むリーダーたちに、研究の目的や実践的な方法を述べていただく。第14回は、山形大学を中核に、有機テクノロジーにより、「柔らかく人とモノと情報をつなげ、未来の心豊かで快適・健康な生活・社会」の実現を目指す「フロンティア有機システムイノベーション」のための研究プロジェクトをご紹介する。
※COI STREAM/Center of Innovation Science and Technology based Radical Innovation and Entrepreneurship Program。JSTは、「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」として大規模産学官連携拠点(COI拠点) を形成し研究開発を支援している。詳しくは、JST センター・オブ・イノベーション(COI)プログラムのページを参照。
はじめに

日本は、「大学の研究では世界に勝っているのに、事業につながらない」と言われています。そのために、米国のDARPA(国防高等研究計画局)の方式に学び、企業からリーダーを出すプロジェクトとして、このCOI、さらにはSIP、ImPACTが誕生したと聞いています。したがって、COIのリーダーを引き受けるにあたり、最終的に「事業で勝つ」ということを強く意識しています。
では、われわれの「フロンティア有機システムイノベーション拠点」では、何を目指しているのか?どのようにして勝つのか?ということについて、リーダーとしての想いを紹介させていただきます。
フロンティア有機システムイノベーション拠点の概要
われわれの拠点では、「柔らかく人とモノと情報をつなげ、未来の心豊かで快適・健康な生活・社会を実現する」ことを目標に、人と環境に優しい有機基盤技術と、「印刷」による有機デバイス製造技術を研究開発します。また、その実装過程で「デザイン思考」および「ICT(情報通信技術)との融合」を試み、社会価値イノベーションによる革新的な技術とシステムの構築を目指していきます。
技術的には、塗布型を特徴とする有機EL(照明、ディスプレイ)、有機トランジスタ(集積回路、生体センサ)、生体親和性材料などの実用化に向けた研究開発を行います。そしてそれらの技術を利用したシステムの構築により、働く・暮らす・学ぶ環境など、QOL(quality of life)の向上を図っていきます。また、地方生活者や高齢者・社会的弱者に快適・健康で感性豊かな生活を提供することで、労働人口減少・経済・コミュニケーションの問題を解決し、企業が再び元気になり人が活気溢れて生活できる社会を実現します。

上の図は、社会実装を想定している主なアプリケーション・サービスです。もう少し具体例をご紹介すると、
- コミュニケーションウォール:天井や壁面の壁紙ディスプレイにより、超臨場感のある空間を演出し、空間を超えたコミュニケーションを提供
- 有機ELによるサーカディアンリズム(circadian rhythm。概日リズム)照明:健康な生体の概日リズムを誘導する柔らかで自然な光の照明により、心地よい睡眠や活力を提供
- スマート有機システムチップ:簡易計測できる生体センサーを実現し、健康で感性豊かな社会の実現に貢献
- ストレスレスな、がんセンサー:血液に触れただけで血液中に現れるがん細胞を検出できる技術や、新しいがん治療器具を開発
- 上記を組み合わせた快適生活のシステム・ソリューション
などが挙げられます。
「事業で勝つ」ということ(プロジェクトリーダーの想い)
(1) 研究を事業につなげる
研究が事業につながらない原因の一つとして、「市場ニーズと研究テーマが一致しているかを確認する仕組みがない」ことが挙げられます。市場は常に変化しています。基礎研究といえども、中長期的に事業につなげる場合には、市場の変化を見ながら軌道修正をする必要があります。
そのため、われわれの拠点では、市場や生活者のニーズをダイレクトに獲得するために、文部科学省の国際科学イノベーション拠点整備事業を活用し、実証工房としての「スマート未来ハウス」を建設しました。拠点のある山形大学米沢キャンパスの近く、米沢オフィス・アルカディアに二階建ての住宅を建て、その中で研究成果を実証することができます。


このハウスは、見学するだけでなく、宿泊することもできます。いろいろな人にこのハウスを見て、体験していただき、研究の有用性・使い勝手などのご意見をいただくとともに、ストレス等の生体情報のデータを集めることにより、真のニーズを探り出していきます。
今まで研究室にこもっていた研究者が、実生活の現場で生の声を聞き、研究の方向性を見直すことができます。もちろん、研究は、大学、企業、研究機関が連携して行うわけですから、企業も生活者の生の声を参考に、事業の方向性を決めることができます。
このスマート未来ハウスを活用することにより、研究を事業に直結させることを狙っています。
(2) 「真似されない事業」(強み)づくり
いくら良い研究を事業につなげても、あっという間に真似されてしまっては意味がありません。そのために、真似されない仕組みづくりが必要となります。われわれの拠点でつくろうとしているのは、真似されない技術とビジネスモデルです。
● 真似されない技術
今までの歴史を振り返ると、ノウハウを持つ人(キーマン)を引き抜く、またはノウハウの集約された設備を導入することで、技術が真似されてきました。逆に言うと、真似されないためには、キーマンや設備だけにノウハウが集中しない技術をつくる必要があります。われわれの拠点では、真似されない技術とは、「印刷で微細な有機エレクトロニクスをつくる」ことだと思っています。
半導体や液晶ディスプレイの製造では、シリコンやガラスといったリジッド(rigid。硬質)な基板上に、真空中のドライな条件下で金属や半導体を製膜し、フォトリソ技術(紫外線を用いてマスクのパターンを再現形成する技術)を用いて電子回路がつくられています。高価な設備を使いますが、その設備にノウハウが移植されたため、その設備を導入した新興国でも半導体や液晶ディスプレイがつくれるようになりました。
それに対して、印刷は、大気中でフィルム基板にウエットプロセス(溶液中に融けこんだ分子を塗布してパターンを形成する手法)を施します。設備がシンプルで安価な一方で、印刷には変動要素が多く、設備にノウハウを溜めることができません。また、プロセスだけでなく、材料や設計など多くの要素が複雑に絡み合うので、キーマンであろうとも、全てのノウハウを把握するのが困難です。
そのため、印刷で微細なエレクトロニクスを開発するためには、印刷に適した設計・材料・プロセス・デバイス・基板・設備・使われるアプリケーション等々、いくつもの要素を同時に検討しなくてはなりません。成功するためには、それぞれの技術を持った研究者たちが、一緒に長期間開発を続ける必要があります。これは、忍耐力を持ち、執念を持ち、粘り強く、細かいことまでよく気が付く日本人に最適な研究です。言い換えると、日本人にしかできない研究だと思っています。
われわれの拠点では、山形大学を中心に25の企業・大学・研究機関が集結し、研究をスタートすることができました。強みづくりの第一歩が切れたと思っています。
●真似されないビジネスモデル
もはや、「優れた技術があるから、優れた製品をつくる」という考え方では、事業で勝つことはできません。これからは、モノをつくるのではなく、「快適な生活を提供する」というようなソリューションを提供することがビジネスになると考えています。
この拠点でも真似されない技術でモノをつくりますが、それが生活シーンでどのように使われるのかをスマート未来ハウスで検証し、生活を快適にするシステムやソリューションとして提供することを目的としています。
「快適な生活を提供する」ためには、快適とは何か?を明らかにする必要があります。われわれはさまざまな生体情報を指標としてセンシングし、解析することにより、快適とは何かを探っていきます。
われわれの拠点では、フィルムのセンサーを開発しています。フレキシブルで人の肌にも貼ることができるので、さまざまな生体情報を取得することができます。また、踏んでも壊れないマット型の大面積センサーも試作しています。それらのセンサーを上記のスマート未来ハウスで実証していきます。
その成果を快適な生活のためのデザインに活用していきます。人は環境や外部刺激に対して、どのように感じているのか?何を考え、どのように行動するのか?それらを、IoH(Internet of Human)として研究しています。データを取得するだけでなく、そのデータが個々人にどのような意味があるのかを、人文社会科学的な観点も含めて明らかにするのです。モノと人、IoTとIoHを組み合わせたIoE(Internet of Everything)を研究の成果とすることを目指し、快適生活ソリューションをデザインし、それを提供していきます。
「おもてなし」の心を大事にする。これが日本人の強みであり、その心をビジネスとして提供する。これこそが「真似されないビジネスモデル」であると信じています。
おわりに
COIの取り組みがスタートし、研究開発に日々励んでいますが、成功するまでの道のりは長くて険しいと感じています。真の「強み」づくりには、他の拠点や大学、企業との連携が不可欠です。これからも、皆様のお力を借りて、オール・ジャパンとして、結果を出したいと思っています。
今後とも、ご支援・ご協力をよろしくお願い申し上げます。

三宅 徹(みやけ とおる) 氏のプロフィール
1958年生まれ。82年上智大学大学院理工学研究科(応用化学専攻)修了後、同年大日本印刷株式会社に入社。中央研究所にて、ディスプレイの開発に従事。91年から4年間ドイツのデュッセルドルフ駐在員事務所長。帰国後、98年ディスプレイ技術研究所長、2010年ディスプレイ製品事業部副事業部長、11年本社の研究開発・事業化推進本部長に就任。現在、研究開発センター長とともにMEMSセンター長、研究開発・事業化推進本部長を兼務。14年より、山形大学客員教授。