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[シリーズ]イノベーションの拠点をつくる〈12〉九州大学COI拠点 社会が変わる。産学官民連携で活力と持続性ある“街(まち)”を創る。~都市OSによる共進化社会の創成~(是久洋一 氏 / 九州大学共進化社会システム創成拠点・拠点長)

2015.11.25

是久洋一 氏 / 九州大学共進化社会システム創成拠点・拠点長

 文部科学省と科学技術振興機構(JST)は、2013年度から「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM※)」を始めた。このプログラムは、現代社会に潜在するニーズから、将来に求められる社会の姿や暮らしのあり方(=ビジョン)を設定し、10年後を見通してその実現を目指す、ハイリスクだが実用化の期待が大きい革新的な研究開発を集中的に支援する。そうした研究開発において、鍵となるのが異分野融合・産学連携の体制による拠点の創出である。本シリーズでは、COI STREAMのビジョンの下、イノベーションの拠点形成に率先して取り組むリーダーたちに、研究の目的や実践的な方法を述べていただく。第12回は、九州大学を中核に、近未来に向けた「都市OS」(OS:Operating System。運用システム)のビジョンを掲げ、基盤技術の創出を目指す是久洋一氏にご意見をいただいた。情報通信技術を使い、都市のさまざまな問題を解決しながら住民と共に進化する都市OSの構想とはいかなるものか、ご紹介する。

※COI STREAM/Center of Innovation Science and Technology based Radical Innovation and Entrepreneurship Program。JSTは、「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」として大規模産学官連携拠点(COI拠点)を形成し研究開発を支援している。詳しくは、JST センター・オブ・イノベーション(COI)プログラムのページを参照。

共進化社会の構築と都市OS

是久洋一 氏
是久洋一 氏

 世界的に都市部への人口集中が続いており、2050年には都市部に住む人口の割合は90%に達すると言われています。日本においても同様であり、総人口が減少する中で都市圏への人口集中と都市部以外での過疎化が同時並行で進んでいきます。また日本の都市は、少子高齢化問題、環境・エネルギー問題、自然災害、グローバル対応などさまざまな課題に対処して、効率的な投資を前提とした活力ある持続可能な社会を構築していかなければなりません。

 本COI拠点(共進化社会システム創成拠点)の中核機関としての九州大学は、サテライト機関である横浜国立大学、東京大学とともに、「活気ある持続可能な社会の構築」を目指すCOIプログラム・ビジョン3に対して申請を行い採択されました。そこに暮らす多様な人々が健全に共生し進化する「共進化社会」の構築を目指して、その社会システム基盤となる「都市OS」と関連先端技術の研究開発を進めています。

情報通信基盤としての都市OS

 都市、街、コミュニティーの活力や発展性、持続性とはどのようにして形成されるものでしょうか?共進化社会システム創成拠点では、燃料電池や有機ELなどの先端デバイス、情報通信技術(ICT:Information and Communication Technology)、ビッグデータ・オープンデータ、応用数学の活用を通して、都市が持つさまざまな課題の解決、都市オペレーションやサービスの最適化、そして新たな産業の創出を目指します。

図1.都市OSが実装された社会基盤システムのイメージ
図1.都市OSが実装された社会基盤システムのイメージ

 過去半世紀のICTは、目覚ましい進歩を遂げました。あらゆる社会基盤がICTに依存しています。私たちは、これまでにない先端技術や大量のデータや知識を低コストで手に入れることができるようになりました。おそらく都市の姿もICTが変えていくことになるでしょう。ICTの存在を前提として社会の制度やしくみを再設計する時代が来ています。

モビリティの活性化と都市OS

 都市の活力、楽しみ、喜びは、多様なモビリティ(移動)によって支えられています。郊外から都市への流入、都市内の移動の容易さ、快適さなど、モビリティは、都市生活者、訪問者にとっての都市活力のバロメーターです。多様なモビリティ手段をストレスなく活用できるような都市交通計画、多様で選択可能な交通手段、最適化された交通情報提供などが必要です。

 エネルギーもまたモビリティとして捉え、制御することが可能となりつつあります。再生可能エネルギーの普及・拡大、蓄電デバイス、水素・燃料電池の応用拡大、エネルギーマネージメントシステムなどの技術進歩に加え、電力自由化・発送電分離などの制度改革により、エネルギーを創る、溜める、運ぶことが自由度高く行える環境に近づいています。ここにICTを活用して最適化を行うチャンスがあります。

 最後に情報そのものをモビリティとして考えると、ビッグデータの入力源としてのスマホや街中のさまざまな場所に配置されたセンサー群から、PCやスマホ、街中のサイネージ※1や巨大パネルなどの表示・出力デバイスに至るまで、都市全体に存在するIoT(Internet of Things:情報通信機能のついたモノ)デバイスとICTが、都市住民や訪問者の生活や行動を安全、安心、便利にサポートする都市基盤として機能します。

※1 サイネージ/Signage。野外の看板やポスターなどの広告物。現在、電子情報を表示するDigital Signageの開発が進んでいる。

 以上のように、都市生活で発生する、交通流・人流、エネルギーや情報の流れといったさまざまなモビリティ情報やモビリティ手段を、スムーズに遅滞なく必要な時に必要な場所で、解析結果も含め最適な形で入手・活用できる情報通信基盤を、われわれは都市OSと呼んでいます。

都市OSが実現するイノベーション

 過去、都市をマネージメントするシステム、そこに住む市民や訪問者がサービスを利用するためのシステムなどは個別に開発され、対象となるデータも別システムにて個別管理されていました。これらのシステムは相互に連携することもなく、メンテナンスや機能拡張を行う上での制約もあり維持コストがかさむ原因となっています。クラウドコンピューティング、IoT環境、AI(Artificial Intelligence:人工知能)技術の発展などにより、都市問題解決に利用できる計算機リソースの応用範囲は広がっています。個別システム間の境界を越えるデータ活用、分析・解析アルゴリズム活用、実社会へのフィードバックが実現すれば、より効率的で経済的、付加価値の高い都市オペレーション、市民サービスの提供が可能になると考えます。このような機能を持つ都市OSを完成させ、さまざまな規模と特性を持った都市や街に社会実装していくことで、活力と持続性を持つ共進化社会を実現したいと考えています。

都市OSの実現課題

 都市OSをさまざまな規模と性格の都市で利用可能なものにするためには、OSが本来持っている、資源の抽象化、管理メカニズム、外部へのインターフェースを設計し提供することが必要です。都市環境でそれを考えたときに、都市OSが利用可能な資源とは、都市の構造(地理・地形的条件、環境条件、交通網、エネルギー網、情報網など)、移動体(ヒト・モノ、エネルギー、サービスなど)、そして都市からリアルタイムに得られるセンサー情報や過去の蓄積情報(自治体オープンデータ)などです。都市OSは、これらの資源を計算機上で、分類、類型化、抽象化し、データとして使いやすい利用手段とあわせて外部に提供します。

 都市OS上で動作する行政サービスや民間サービスは、これらのデータと解析手段に基づき、最適な管理・運用方針を意思決定し速やかに移動体や市民に伝達する、また、中長期的な都市計画策定にも利用します。さらに、都市OSが支える社会では、実社会へのフィードバック結果を、再度データとして収集し都市OSを通過・循環させます。このような循環を通じて都市の運営コストを削減し、エネルギー消費を減らし、市民サービスを拡充することで、市民の満足度(QOL: Quality of Life)を向上させ、活力ある都市、持続性ある都市の実現を目指します。

図2.都市OSにおける情報循環のイメージ。地理情報やセンシング情報などの都市が持つ情報資源を、一度サイバー空間に集積して解析し、実社会に役立つ形の情報にしてフィードバックさせる。
図2.都市OSにおける情報循環のイメージ。地理情報やセンシング情報などの都市が持つ情報資源を、一度サイバー空間に集積して解析し、実社会に役立つ形の情報にしてフィードバックさせる。

 今後も、都市は外的要因、内的要因により発生するさまざまな問題を効率的な投資により解決していくことが求められます。都市OSは、多様なデータ収集と解析手段を通じて、問題解決に向かう知恵を蓄積することで、自律的、効率的に都市の改善サイクルを回し、しかも新たな産業創出をサポートすることのできる社会システム基盤です。このような社会システム基盤を活用することで、旧来の縦割りシステムの束縛と経済的な制約により変化できない都市を、変化に柔軟に対応できる共進化可能な都市に変質させることをわれわれは目指しています。

 本構想実現の技術的課題は、都市OSにとってさまざまな都市のタイポロジー(類型)を越えて普遍的に問題解決可能な都市OSの原理・原則、社会実装の方法論を確立することです。

社会実装へ向けて

 われわれは、10年後の目指すべき社会をビジョンとして明確に描きつつ、大学と参画機関が連携しながら新しいイノベーション技術を世の中に生み出していくプロジェクトを進めています。また革新的な都市OSと、それに連携して動く先端デバイスや数学アルゴリズムなどの関連技術を大学発で完成させ、企業と共同で製品・サービスとして実用化、社会実装まで行うことを目指しています。加えて経済性を伴う事業構造を構築し、新しいビジネスモデルを成立させることで持続可能な社会システムの構築につなげたいと考えています。しかしながら、そのためにはデータ利用に関わる個人情報問題、セキュリティ対策、各種デバイスを社会実装する上での規制緩和、都市OS社会実装のための事業基盤構築など、さまざまな課題が想定されます。

 今後、われわれは大学のキャンパスからスタートして、まずは地元福岡市、横浜市などで交通問題、エネルギー問題の解決、データ活用サービスによる新産業創出などの実証実験を進めていきます。これらの実験を通じて実績を積みつつ、システムの使い勝手や信頼性を高め、知見・資産を蓄積して都市OSを完成させ、最終的な社会実装の実現を目指します。研究開発、実証実験、社会実装を進めていく中で、さまざまな企業、自治体、関連機関の皆さまと連携しながら、未来の街づくりに貢献することを目標に活動を進めて参ります。

 最後に私個人としては、40年近くの国内・海外での企業人生活で、新製品開発、新規事業開拓のマネージメントを主体に行い生きてきました。幾つかの新規事業を立ち上げる幸運にも恵まれましたし、事業構造改革、リストラも経験しました。今回、縁あって大学人の立場で産学官民連携の新規事業開発のマネージメントを経験することとなりました。企業人としてのマネージメント経験を活かして、都市OSという新しい社会システム基盤の実現にチャレンジしたいと考えています。

是久洋一 氏
是久洋一 氏(これひさ よういち)

是久洋一(これひさ よういち)氏のプロフィール
1953年生まれ、九州大学理学部化学科卒業、85年九州松下電器(現パナソニックシステムネットワークス(株))入社、94年九州松下電器 米国研究所所長、2001年英国九州松下電器社長、05年パナソニックコミュニケーションズ取締役、07年パナソニックコミュニケーショ ンズ常務取締役、パナソニック時代は、主として通信機器・通信システムの研究開発・新規事業開拓に従事。13年九州大学共進化社会システム創成拠点・拠点長。

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