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[シリーズ]イノベーションの拠点をつくる〈11〉名古屋大学COI拠点 国際競争力に寄与する産学連携研究拠点を目指して(江崎研司 氏 / 名古屋COI拠点長 名古屋大学 客員教授、トヨタ自動車株式会社 技術統括部 担当部長)

2015.11.09

江崎研司 氏 / 名古屋COI拠点長 名古屋大学 客員教授、トヨタ自動車株式会社 技術統括部 担当部長

 文部科学省と科学技術振興機構(JST)は、2013年度から「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM※)」を始めた。このプログラムは、現代社会に潜在するニーズから、将来に求められる社会の姿や暮らしのあり方(=ビジョン)を設定し、10年後を見通してその実現を目指す、ハイリスクだが実用化の期待が大きい革新的な研究開発を集中的に支援する。そうした研究開発において、鍵となるのが異分野融合・産学連携の体制による拠点の創出である。本シリーズでは、COI STREAMのビジョンの下、イノベーションの拠点形成に率先して取り組むリーダーたちに、研究の目的や実践的な方法を述べていただく。第11回は、名古屋大学を中核に、高齢者が元気になるモビリティ社会の実現を目指す江崎研司氏にご意見をいただいた。オープンイノベーションで国際競争力を高める欧州の動向を意識した、新たな研究体制の考え方をご紹介する。

※COI STREAM/Center of Innovation Science and Technology based Radical Innovation and Entrepreneurship Program。JSTは、「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」として大規模産学官連携拠点(COI拠点)を形成し研究開発を支援している。詳しくは、JST センター・オブ・イノベーション(COI)プログラムのページを参照。

はじめに

江崎研司 氏
江崎研司 氏

 これまで、日本のリーディング企業は自前の研究開発をベースに強みを発揮してきましたが、新たなイノベーションやスタンダードを創出するためのオープンイノベーションの面で、欧米との差が顕在化してきています。

 一方、大学においては、出口ニーズに基づく応用研究が長年にわたり企業内で実施されてきたために、基礎と開発をつなぐ領域、例えば自動車工学や内燃機関工学のような実用指向領域における学術的深化と、それを実践する人材育成が結果的に妨げられてしまったともいえます。

 このような課題認識と反省の下で、バックキャストによるオープンイノベーションの実現をコンセプトとする新たな産学連携拠点を、産学官が本気になって構築するというCOIのプログラムに賛同し、その実現を目指して、今、私は名古屋COIのマネジメントを行っています。

 本稿では、COI拠点の運営を通じて感じていることを含めて、世界で戦える新たな産学連携拠点構築への思いと課題について、私見をご紹介したいと思います。

なぜ今オープンイノベーションなのか

 日本の大手製造企業は、その傘下に研究部門を持って、基礎研究から製品開発までを一貫して自前で行っています。このことにより、競争力の源泉となる技術とスピードを内部留保し、日本の強いモノづくりをリードしてきました。

 従来は、事業やその製品に関与する科学技術が限定されていたこともあり、トップランナーのキャッチアップ、製品の改良開発のスピード効率において、自前開発は大変有効でした。しかしながら、近年は、前人未踏の目標達成のための技術革新ニーズの出現や、情報技術の進展によるモノづくり(ハード)とコトづくり(ソフト)のインタラクションの重要性の増大により、一企業一事業の範囲内では解決困難な研究課題が増えてきました。

 トヨタにおける社内での解決が困難な事例としては、環境技術や自動運転技術などが挙げられます。(図1)

図1.オープンイノベーションの重要性の拡大
図1.オープンイノベーションの重要性の拡大

 環境技術は、普及して初めてその価値が発揮されると考えています。このことからみれば、電気自動車、燃料電池車に用いられている電池や燃料電池は、まだまだ十分な性能とコストが得られていません。企業では、車両普及のために電池や燃料電池のあるべき目標値を示すことができても、従来の性能向上の延長線上でその目標に達成することは困難であり、設計技術だけでなく、基礎技術においてもブレークスルーが必要となります。このため、多くの専門技術の知恵が集まって共通基盤技術のブレークスルーを目指す共同研究開発体制が必要となります。2009年にスタートしたRISING事業※1への参画は、その先駆的な取り組みでした。

※1 RISING事業/革新型蓄電池先端科学基礎研究事業(Research and Development Initiative for Scientific Innovation of New Generation Batteries)。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が推進する国の研究プロジェクト。産学官オールジャパン体制で1キログラム当たり500ワット時のパワーを持つ蓄電池開発への道筋を明確にするための研究に取り組む。

 一方、近年注目を浴びている自動運転技術は、交通事故の削減や高齢者の移動支援等、さまざまな革新の可能性を秘めていますが、社会イノベーションを生み出すためには、人間との協調・親和性や、インフラ・社会システムとの連動性が必要となります。たんに自動車業界だけの課題ではなく、人と社会に新たな価値を創出するための、国レベルでの戦略や共通課題を議論する体制、および、実際に車・人・社会システムを融合する研究拠点が必要です。(図2)

図2.自動運転技術におけるオープンイノベーションの重要性
図2.自動運転技術におけるオープンイノベーションの重要性

 弊社が、SIP※2の自動走行システムプログラムのオールジャパン戦略策定や仕組み作りの場に参画していること、また、それ以前から、本稿が扱う文部科学省のCOI STREAMにも参画して、車・人・交通情報システムを基盤とする産学官連携研究拠点の構築に向けて名古屋大学と連携して取り組んでいることは、その一環といえます。

※2 SIP/戦略的イノベーション創造プログラム(Cross-Ministerial Strategic Innovation Promotion Program)。総合科学技術・イノベーション会議が自らの司令塔機能を発揮して、府省の枠や旧来の分野の枠を超えたマネジメントに主導的な役割を果たし、科学技術イノベーションを実現するために創設された内閣府のプログラム。自動走行システムは対象10課題のうちのひとつ。

 このような、企業が産学連携の場で業界や競合の壁を越えて議論する場は、欧州では既に構築されており、これらの環境から、新たなイノベーションの種となる研究や、標準となる制度・仕組みが創出されています。モビリティの領域では、ドイツのフラウンホーファー研究機構が有名ですが、その他にもオランダのデルフト工科大学やオートモーティブキャンパスなど多くの研究機関で、オープンな環境による実用に向けた研究が進められています。モビリティ以外でも、フランスのグルノーブルにあるミナテックは、「ノーベル賞よりもイノベーション」をスローガンに社会課題に直結した出口指向研究を進めています。

 今後は、ビッグデータやITを基盤にした情報解析と、その利活用を含めた統合型社会システム(サイバーフィジカルシステム、IoTなど)がイノベーションを創出すると期待されています。いち早く欧州からインダストリー4.0※3のコンセプトが提唱されていることを考えると、日本でも省庁や企業を越えた場における戦略企画・推進体制の重要性が増しています。欧州は出口を見据えたプラットホームやアーキテクチャの標準化が、米国は大学発ベンチャー等の先駆的取組による蓄積が強みであると感じています。日本がこれまで成功してきた個々のモノづくりで培った強い製造業基盤に安住することなく、欧米との新たな価値創出の国際競争を勝ち抜くためには、産学官が共通して健全な危機意識を持ち、イノベーションのための産学連携研究体制に変革することが必要です。

※3 参考:海外レポート [シリーズ] 諸外国における製造業強化のための研究開発戦略
ドイツ:製造業高度化プロジェクト「インダストリー4.0」

オープンイノベーションを創出する産学官連携拠点のあり方

では、産学連携拠点がその実効性を上げるために、どのような運営やマネジメントが必要でしょうか。私がこれまで企業の立場で携わった国内外の大学との共同研究や、現在携わっているCOI拠点のプロジェクトマネジメントを通じて得られた私見を述べたいと思います。

(1) 橋渡し研究に特化した運営が可能な組織
(ミッション・人材・経営・研究テーママネジメント)

 第一に、知の社会還元に特化した組織と、その経営モデルを構築する必要があると思います。大学の持つ3つのミッションは、「研究」「教育」「社会還元」です。大学の強みである、自由な発想で新たな知やシーズを発掘・創出する「研究」のミッションはこれまで通り維持しつつ、その知を企業や地域における事業者につなげるための研究開発(橋渡し研究)を遂行する専門人材やマネジメントの仕組みを、大学に取り入れることが重要です。(図3)

図3.大学のミッションと産学連携視点からの期待
図3.大学のミッションと産学連携視点からの期待

 研究活動において基礎研究による知を社会還元するための場を考えると、医学系では大学病院という社会実装の場がありますが、工学系では一般的に企業側の実用化開発を経て社会還元されるため、活動成果指標(KPI:Key Performance Indicators)が曖昧かつ成果が見えにくく、モチベーションが働かない面もあるのではないでしょうか。この点において興味深い経営方式として、フラウンホーファー・モデルがあります。(図4)

 これは、研究成果の受益者である企業や地域(行政)から獲得した研究資金実績をKPIとして扱うもので、少なくとも社会還元をミッションとする研究組織・機構において導入すべき合理的モデルと考えます。「受益者による資金提供は、研究の評価や組織への信頼(ブランド力)獲得の結果を反映する」と定義したものです。国は、公益的な基礎研究や人材育成に投資することを基本とし、産学連携促進のために必要な投資が、産学連携拠点の社会実装の実績とその経営努力に応じて配分されるため、より効果的な投資が可能です。

図4.フラウンホーファー研究機構の基盤助成の配分モデル
出典:産業構造審議会産業技術環境分科会 研究開発・評価小委員会 資料
図4.フラウンホーファー研究機構の基盤助成の配分モデル
出典:産業構造審議会産業技術環境分科会 研究開発・評価小委員会 資料

 一方で、拠点側は社会実装の実績を高めるために、経営の変革が必要になります。COIプログラムで提唱されているバックキャスト型研究は、まさにその変革の重用な視点ですが、大学におけるシーズ育成型の研究文化とはギャップがあるため、橋渡し研究拠点を日常テーマに適合するようにマネジメントすることが必要になります。COI拠点での大学側の研究リーダーにおいても、社会や企業の潜在・顕在ニーズを把握するとともに、複数の専門領域を俯瞰した目利きが求められます。

 バックキャストの仕組みと風土の構築は、名古屋COIのマネジメントにおいても立ち上げ段階から注力していることです。目指す社会と創出価値を描いた上で、特に、①製品やサービスの実現(社会実装)に向けたロードマップを策定し、②ロードマップの後工程(出口側)に向けて確実に成果を引き継ぐための移転可能なレベル(ハンドオーバー要件)を共有。その上で、PDCA(Plan:計画、Do:実行、 Check:評価、 Act:改善)を回す仕組みができつつあります。ロードマップは、複数の要素研究が最終的な実装対象(システム・機器・サービス・制度等)に向けてインテグレートされていく道筋を、異分野のメンバーからなる研究チームで共有できます。各研究課題の有機的な連携による加速や、研究目標の見直しと洗練が促進される点で、効果が表れてきています。

 また、名古屋COIの研究においては、システムや機器のプロトタイピングにも力を入れています。従来は、大学の研究で生まれた要素技術は企業で評価することが一般的でしたが、名古屋COIは橋渡し研究拠点として、システムや機器を実験用に自ら試作し、社会実験を含めて機能確認をすることにより、研究のPDCAサイクルの加速を狙っており、実際に効果が表れてきています。

 しかしながら、上述のような研究マネジメントは大学の自由な文化とは異質なものであるため、実際の研究現場に入ると外から考えていた以上に導入が難しく、仕組みの定着、さらには風土や意識の浸透にはまだまだ試行錯誤が必要と実感しています。その加速に向けて、プロジェクトで社会実装の成功モデルを一つでも早く創出したいと思っています。大学においても、橋渡しミッションに特化した運営(資金獲得・研究管理・成果評価・人事制度など)のための組織改革が検討されており、大変期待をしているところです。

(2) オープンイノベーションに対する日本企業のマインドセット

 オランダのオートモーティブキャンパスの研究コーディネーターに、企業間の協調プロジェクトがうまくできている理由を伺ったところ、「オランダの各企業の国際競争力への危機感がその源泉となっている」との答えと、「日本の企業に声をかけても財務部門や法務部門の人が先に出てきて、技術部門の人は出て来ない」との指摘を受けたのが印象的でした。

 従来の強みの維持だけに固執することにより、強みが弱みに変わるリスクも現実化しています。競争相手のめまぐるしい変化を認識し、日本の国際競争力強化やイノベーション創出のために「呉越同舟」を是とする経営トップの舵取りに期待するとともに、技術者が過度の自前主義やクローズな研究環境から脱却しブレークスルー実現の実績を示していくことが望まれます。産学官連携領域の設定は、トップダウンだけではなく、ボトムアップも重要であると考えています。名古屋COIでは参画企業のご理解の下で、各社のリソーセス※5による産学協同研究講座を設置し、企業出身研究者を大学に派遣していただいています。(図5)

※5 リソーセス/resources。ここでは主に人的資源

 一定の機密管理の下で、企業間の垣根を越えた一線の研究者が、アンダーワンルーフでオープンに議論できる場を提供しています。そこで生まれた協調研究のアイデアがオープンイノベーションの種になることを期待して、産学官連携のマネジメントに生かしていきたいと思います。

図5.産学協同研究講座(名古屋COI拠点におけるトヨタの事例)
図5.産学協同研究講座(名古屋COI拠点におけるトヨタの事例)

(3) 産学官の人材交流・実践型人材育成

 橋渡し研究拠点としての使命「社会実装」では、技術の目利きと実装への展開力がキーとなります。このためには、川上から川下までの人材交流が急務です。社会実装の実行主体である企業や行政(地域)から実務人材を大学に派遣したり、逆に大学研究者を企業に派遣して実用研究マネジメントを経験してもらったりしながら、マネジメントから実務に至る各層で、橋渡し研究のプロ人材を育成するキャリアパスを構築することが重要です。ここには、研究のプロセス管理を行う間接部門の人材も含まれます。大学と企業の文化や仕組みの違いを経験した上で、双方の良さをつなぐバランス意識を持った実践型人材が増えることを期待します。

 同時に、橋渡し研究拠点は、「教育」の機能を持つべきであると考えます。学生が社会実装を目指した研究を経験することにより、幅広い視野と人脈を持つ実践型研究人材の育成が期待できます。企業で活躍できる即戦力のある人材を輩出するのみならず、橋渡し研究拠点の担い手として、持続的なイノベーション創出に寄与するものと確信しています。

(4) 社会・地域との密接な連携 (産学官民連携)

 これまでは、大学と産業界の連携を中心に述べてきましたが、オープンイノベーションの意義は、さらに多くのステークホルダーとの連携ができる点です。企業における事業スキームや顧客の変化が進行する中で、個別の製品やサービスの提供は社会システムの提供へとシフトし、社会受容性の評価がこれまで以上にクリティカルになるケースが増えてくると思われます。いかなる価値においても、その最終的受益者は地域や住民であり、その潜在ニーズや課題に対して、橋渡し研究拠点は、新たな価値モデルを先行的に地域に導入する役割を担い、その期待は増大するものと思います。

 名古屋COIでは、企業での製品やサービスを出口にした研究だけでなく、地域や市民のニーズや課題とダイレクトに向き合って、新たな解決モデルを提案し、持続可能なコミュニティモデルを実装するための研究も進めています(社会イノベーションデザイン学センター)。(図6)

図6.名古屋大学 社会イノベーションデザイン学センターが取り組む技術移転モデル
図6.名古屋大学 社会イノベーションデザイン学センターが取り組む技術移転モデル

 この活動で新たに分かったことですが、社会システムの研究や実装においては、大学の知や成果を一方的に持ち込むのではうまくいきません。地域住民との対話・協働が不可欠であり、その持続可能モデルの創出が最も重要な研究課題です。

 こうした取り組みは企業単独では投資対効果が得られにくく、オープンイノベーションで進めるべき領域かと思います。イノベーション拠点では、行政や地域市民とのパイプを太く維持した「産学官プラス民」の連携活動を積極的に進め、社会課題先進国の日本が世界に発信・展開できる社会システムや、その地域モデルを構築していくことが望まれます。

おわりに

 弊社の元会長で日本経済団体連合会の初代会長でもある奥田碩(おくだ ひろし)が、社内で常々言っていた一節「何も変えないことが最も悪いこと」は、私の人生の貴重な教訓となっています。また、スペンサー・ジョーンズのベストセラー「チーズはどこへ消えた」からは、生き残るために変わることを楽しもうという示唆を得ました。この本は私が共感を抱いた本の一つです。

 COIで提唱している新しい未来の社会を創るためにも、また、日本が国際競争力を発揮し続けるためにも、何かを変えないといけません。COIのプロジェクトを通じて、産学連携研究の仕組み・風土の変革モデルを創出する志を持って微力を尽くす所存ですが、COIや産学官連携に携わるリーダーから現場研究者、事務に至る全ての人が、健全な危機意識を共有し、それぞれの立場で従来の仕事やそのプロセスの変えるべきところを見出し、変えていくことが、成功モデルの源泉となるものと確信しております。

 皆様のご支援・ご協力をよろしくお願い申し上げます。

江崎研司 氏
江崎 研司 氏(えさき けんじ)

江崎 研司(えさき けんじ)氏のプロフィール
1956年生まれ。81年名古屋大学大学院工学研究科(応用化学専攻)修了後、同年トヨタ自動車株式会社に入社、自動車電子部品の材料開発や自動車用新材料の開発戦略企画に従事。90年から3年間トヨタテクニカルセンターU.S.A.に出向し、米国の研究機関等との共同研究企画を実施。帰国後、燃料電池やLiイオン電池の開発リーダー等を経て、2002年に第2材料技術部長に就任。03年から知的財産部長、09年から材料技術統括部長として、業界連携や産学官連携を含めた組織マネジメントに従事。13年技術統括部に異動と同時にCOIのプロジェクトリーダーに就任、現在に至る。

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