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[シリーズ]イノベーションの拠点をつくる〈10〉京都大学COI拠点 活力ある生涯のためのLast5Xイノベーション拠点 -しなやか ほっこり社会の実現-(野村 剛 氏 / パナソニックプロダクションエンジニアリング株式会社特別顧問 京都大学COI機構長)

2015.11.04

野村 剛 氏 / パナソニックプロダクションエンジニアリング株式会社特別顧問 京都大学COI機構長

 文部科学省と科学技術振興機構(JST)は、2013年度から「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM※)」を始めた。このプログラムは、現代社会に潜在するニーズから、将来に求められる社会の姿や暮らしのあり方(=ビジョン)を設定し、10年後を見通してその実現を目指す、ハイリスクだが実用化の期待が大きい革新的な研究開発を集中的に支援する。そうした研究開発において、鍵となるのが異分野融合・産学連携の体制による拠点の創出である。本シリーズでは、COI STREAMのビジョンの下、イノベーションの拠点形成に率先して取り組むリーダーたちに、研究の目的や実践的な方法を述べていただく。第10回は、京都大学を中核に、個々人が活力ある生涯を送るための医療・通信技術の創出に挑む野村剛氏にご意見をいただいた。コードレス技術、予防・先端医療技術、つながる技術で実現される健康・医療のためのイノベーション構想をご紹介しよう。

※COI STREAM/Center of Innovation Science and Technology based Radical Innovation and Entrepreneurship Program。JSTは、「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」として大規模産学官連携拠点(COI拠点)を形成し研究開発を支援している。詳しくは、JST センター・オブ・イノベーション(COI)プログラムのページを参照。

野村 剛 氏
野村 剛 氏

 2013年より文部科学省と科学技術振興機構の「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)が始まりました。
京都大学COI拠点の機構長として、以下の3点について、述べてみたいと思います。

1.産学連携で感じていること
2.京都大学COI拠点が目指していること
3.京都大学の活動概要

1.産学連携で感じていること

 個々の研究者や企業は、細分化した産業・技術・学術の狭い分野に視点を置き、個々の分野は、それぞれ鋭角に発展するため、総合的な変革が生じていません。これまで、大学における研究成果を企業に移転し、企業が事業化を行う場合、企業は一つの開発イメージと事業ビジョンを基に新たな技術に既存の技術を加えながら開発を進めました。その結果、目標となる機能が実現され利用されます。目的とした機能が利用される周囲での波及効果を期待し、また、他の企業等がその機能を利用した新たなビジネスを起こす、すなわち伝搬型の波及効果による革新が実現する。これまでのイノベーション創出は、この方法を期待することが多かったと言えます。

 個々の技術を「点」とすれば、同様の関連分野をつなげるとネットワークされて「面」になりますが、異分野・異業種を総合的に同時に巻き込み、同時に変革をデザインする水平+垂直の3次元化がイノベーションには必要不可欠であると考えています。これを実現するには、単一の大学・分野・国・産業にとどまらず、さまざまな所属の人が一同に集い、革新的社会の創成のビジョンを共有し、技術開発・応用開発と産業・社会創成に従事することが必要不可欠であると考えます。
すなわち、アンダーワンルーフで、研究者、技術者、大学、企業の人間が、自己の研究開発分野以外の人たちとの交流、コラボレーション、融合することによって、より大きなイノベーションが起こると思いますが、その仕組みや行動が十分にできているとは言えません。

2.京都大学COI拠点が目指していること

 本拠点では、二つのことを目指します。

 一つ目は、10年後の少子高齢化社会を想定し、人と社会が「つながる」ことです。いつも健康を管理し、高度医療により支えられることによる安心感に根差した活動的な社会、「しなやかほっこり社会」を目指します。この取り組みにより、人は生涯にわたり、いきいきとした人生を保証され、安寧でハッピネスに満ちた社会を生み出します。人々が「つながる」ことによる「よく育ち、よく働き、よく老いる」新たな社会を構成することができます。それを実現する手段として、種々の研究や技術開発を進めるとともに、開発された機器等の有効性が検証でき、社会実装の総合的な実証ができる地域を行政と協力して作っていきます。

 二つ目は、産学連携の課題です。目的とする社会を実現するために将来巻き込むべき企業やその分野の研究者、技術者が一同に会し、強い使命感の下で社会構造と産業構造を改革し、開発をコンカレントに(concurrent。同時平行的に)行うことを目指しています。当然、個々の開発には達成時期の違いが生じますが、生まれる技術が期待でき、かつその技術を利用する場が用意されていることで、開発の相乗効果と開発速度の加速化が期待でき、競争力が生まれると考えています。さらに、そこから新たに生ずる基礎研究や応用研究への要望には、新たな研究者と企業の参画が期待できると思います。そして、本プログラムが終了するときには、三次元的なイノベーションを起こす組織風土や仕組みが拠点内で定着していることを目指します。

3.京都大学の活動概要

 京都大学COI拠点では、本プログラムの、社会を変えるためにあるべき10年後の未来を想定し、バックキャストして研究開発テーマを決めるという理念にのっとり、社会実装を目指して、(1)コードレスな電力伝送および分散電源、(2)安心生活センサーネットワーク、(3)予防・先制医療、(4)先端医療の4分野で、40社の企業の参画を得て、取り組んでいます。

(1)コードレスな電力電送および分散電源

 電源のコードレス化は、機器の配置の自由度を格段に向上させるとともに、人の動線などにも大きく影響を及ぼします。例えば、日常生活において周囲を見渡せば、電源の配線の中で生活し、出かけるときも電源を持ち歩き、またいつも電源を気にしています。また、病気になり病院のベッドに寝かされても、体は検査機器とさらに電力の配線で縛られています。機器の中も同様です。最先端の機器やロボットなども、電力の多くの配線が重量を増す結果、機器を構成する構造や部材の強度が必要となるとともに、駆動するためのエネルギーもたくさん必要になるという悪循環が生み出されています。本拠点では、電力を必要なときに得て、蓄積することができるシステムの構築により、エネルギーに対する不安を取り除きます。

(2)安心生活センサーネットワーク

 社会的医療・福祉コストの低減には、健常者の健康管理が鍵となります。極力負担のない、完全非接触のバイタルモニター(vital sign monitor。生体情報モニター)が有効であり、ウェアラブル機器の高度化と軽量化・小型化、また同時に、家庭内の見守り環境の構築が不可欠です。本拠点では、5 メートルの自立支援、50 メートル ~ 5 キロメートルの移動支援、500 キロメートルのコミュニケーション支援を可能にするアプリケーションを通じて、生涯にわたって安心で健康な生活を可能にします。

 センサーの微小化と高度ICTによる健康データのセンシングとデータ蓄積、並びに、医療機関との連携により、いつでもどこでも見守ることのできる安心感を獲得します。後期高齢者に、地域ぐるみで見守られている安心感を提供します。

(3)予防・先制医療

 病気の超早期発見と発症前の治療的介入による予防法の確立、および、活力のある健康長寿社会の構築は、将来の高齢化社会では不可欠です。本拠点では、大規模ゲノムコホート研究と最先端の測定・分析技術を研究基盤として、疾患の原因解明と予防・治療法の開発、健康増進と予防医療、さらには疾患治療に至る一連の過程をICTで統合した「生涯健康プラン」の構築を目指します。世界に一歩先んじた高齢化社会の健康長寿モデルは、波及効果を生み、国民のライフスタイルの大きな変化を通じて国全体の活力の回復につながります。さらに、予防に関する情報を用いた新たなヘルスケア産業の創出や、医療情報の電子化による新時代の保険医療システムの構築も進むと考えています。これらの取り組みにより、元気な少子高齢化社会を実現します。

(4)先端医療

 先端医療では、生体情報を可視化するイメージング機器やイメージングプローブ※1などを用いて、治療方針、治療効果を的確に判定できる診断機器(超早期あるいは発症前診断、形態・機能診断など)、並びに、治療効果は高いが、身体的負担の小さい治療機器(放射線治療機器、生体内埋め込み治療デバイス、治療・手術ナビゲーションシステムなど)の創出を目指します。さらに、ICT、シミュレーション技術を駆使して、診断と治療を直結し、各個人に最適な究極の個別化診断治療システムの実用化を加速します。また、マイクロデバイス応用培養機器などを開発することで、再生医療の実用化を進めます。これらの開発により、患者を発症前の状態まで短時間で回復させ、治療後のリハビリテーションや在宅医療と連携して、早期の完全社会復帰を実現します。すなわち、いかなる病気にかかろうと、あたかも風邪にかかったかのように元の健康な状態に戻れる医療・社会の実現につなげます。

※1 イメージングプローブ/生体内の分子の状態や機能を、目的の部分を蛍光させるなどして可視化し、観察すること。

(1)-(4)の技術が実装された先に訪れる社会の姿
図.(1)~(4)の技術が実装された先に訪れる社会の姿
野村 剛氏
野村 剛 氏(のむら つよし)

野村 剛(のむら つよし)氏プロフィール
1952年生まれ。京都市出身。京都大学大学院工学研究科精密工学専攻修士課程修了後、三菱重工業株式会社神戸造船所に入社し、原子力発電所の設計に従事。90年松下電器産業株式会社生産技術研究所入社。専門の解析シミュレーション技術(CAE)に、機構・制御・プロセス技術を加え、実装コア技術研究所、高度生産システム開発センター、生産革新本部を担当。2009年役員、13年常務、および、モノづくり本部長(環境、物流・調達、生産革新を担当)に就任。13年博士(工学)を取得。13年より京都大学COI機構長。15年6月パナソニック株式会社を退任。現在、パナソニックプロダクションエンジニアリング株式会社の特別顧問。

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