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テクノフロントー 第25回「フォトニック結晶レーザの応用展開」(八木 重典氏 / 科学技術振興機構 ACCELプログラムマネージャー)

2014.06.16

八木 重典氏 / 科学技術振興機構 ACCELプログラムマネージャー

科学技術振興機構 ACCELプログラムマネージャー 八木 重典氏
八木 重典氏

1. はじめに

 レーザはLASER:Light Amplification by Stimulated Emission of Radiationの示す通り、誘導放出によって生み出される人工的な光の状態である。物質固有の光が共振器を境界条件として選択的に共振し、外部に取り出されるという構造の原理によって、遠達性、集束性、高周波性など、光の有する属性の一部が先鋭化される。ここでは人工的な屈折率の結晶格子構造によって可能になる「フォトニック結晶レーザ」について、JSTの新しいプログラムACCELが始まり、プログラムマネージャを拝命した機会に紹介する。

 筆者はCO2レーザ発振器とレーザ加工機の開発事業化に多年従事し、フォトニック結晶レーザはわが国発の技術であること、独創的で高度な変貌を続けて発展しているらしいことを、畏敬の念をもって眺めていたが、産業技術として相当の距離感をもって見たことも事実である。

2. レーザと産業

1) 産業社会とレーザ

 レーザの応用は産業社会の隅々まで行きわたり、図1に示すようにIT:情報、通信、映像の革新、製造の革新、それらのベースとなる半導体製造の革新、医学などさまざまな分野への応用がなされ、レーザ核融合によるエネルギー創出にも長い間研究努力が続けられている。

産業社会とレーザ
図1. 産業社会とレーザ

2)「光製造」レーザの生産への応用

 レーザによる製造への応用は最近「光製造」と総称される。R1)

光製造 世界市場規模及び日本の強みと弱み
図2. 光製造 世界市場規模及び日本の強みと弱み

 レーザ加工機の市場規模、レーザ発振器部分の市場規模は図中に数値で示すとおりであるが、レーザによって製造される膨大な製品の市場を考えればこの技術が社会に及ぼす影響はさらに大きい。

 切断など高出力ガスレーザなどを手段として製造業の基盤として堅実に伸びてきた分野に加え、最近は半導体レーザ励起のファイバーレーザなど各種固体レーザによる分野があり、溶接、マーキング、Additive manufacturing(3Dプリンティング)などを含む各種加工分野の伸長が著しい。高出力ガスレーザはわが国優位であるが、各種固体レーザは出遅れ、海外勢が優位にある。

・起死回生の一手

 ファイバーレーザなど、急進する各種レーザはほとんど半導体レーザを活用している。個々の半導体レーザは出力が低く、集束性も良くないが、エネルギー効率が非常に良い。また情報・通信用途で発展した半導体レーザの製造インフラが流用できて、製造コストが安価な利点がある。多数の半導体レーザをファイバーで束ねて励起源とし、あるいは合波して出力を増すなど、用途に適したさまざまな技術開発で市場に浸透してきている。

 半導体レーザそのものの集束性を上げ、出力も上げることができれば、伸長する新市場へ進出する高効率高出力レーザの実現につながり、わが国光製造にとって起死回生の一手となり得る。また新しい市場分野の開拓にもつながる。これがACCELプログラム「フォトニック結晶レーザの高輝度・高出力化」の目指すところである。

3. フォトニック結晶レーザ

1) 原理構造

 フォトニック結晶レーザの構造の一例を図3に示す。R2)

フォトニックレーザの構造例
図3. フォトニックレーザの構造例

 活性層の近傍に間隔aで構成された、三角形の空隙(格子点)による正方格子のフォトニック結晶が構成されている。活性層からエバネセント波として染み出た光の電磁界が格子点で前後左右に回折され、相互に結合し、図4のように全体で単一の定在波を形成する。定在波の媒質内波長は正方格子の周期に一致するものとなり、すべての空隙近傍には、同一の電磁界が同期して形成される。空隙から面垂直方向に回折された光は互いに結合し、遠視野では格子面と直交して外部に放射される単一モードの光となる。

2次元フォトニッケ結晶における定在波
図4. 2次元フォトニッケ結晶における定在波

2) 一次元格子のバンド構造

 物理光学になじみのない人には分かりづらいところもあるので、ここでは正確性は相当犠牲にしても直観的理解を得やすいように述べることにする。(フォトニック結晶の技術については立派な教科書がたくさんあるので、詳しくはそれらを参考にされたい)

 まず図5で一次元フォトニック結晶について、すなわち屈折率が異なる2層が間隔aで無限に並んだ物質中を伝搬する光を考える。角周波数ωの光は物質の屈折率によって真空中より短い波長(より大きな波数k)で進む。k=0、ω=0の原点付近の傾きは位相速度に相当する。

1次元フォトニック結晶の中を進む光の波数と周波数の分散関係
図5. 1次元フォトニック結晶の中を進む光の波数と周波数の分散関係

 ここで特異点k=π/aにおける光の挙動を考える。図中右方向に伝搬する角周波数ωの光は、1/2波長ごとに境界で一部が反射され、逆方向すなわち左方向に伝搬する。この結果、左右へ伝搬する光が互いに干渉(強化)し、定在波が形成される。定在波電界の腹が低誘電率部にあるか、高誘電率部にあるか、でその周波数ωにわずかな差が生じる。この差をバンドギャップと呼ぶ。次の特異点k=2π/aの近傍でも1波長ごとに干渉が起き、定在波が形成される。

 一例としてSiO2,TiO2による多層膜について分散関係と透過率を併せて示したものが図6R3)である。ωとkの関係は逆方向に伝搬する光との等価性から0≦k≦π/aの象限に押し込んで示してある。

1次元フォトニック結晶における分散と透過率
図6. 1次元フォトニック結晶における分散と透過率

 k=0、π/aの各特異点で分散曲線はk軸に対して平行、つまり群速度はゼロとなり、光は動けない。結局光はフォトニック結晶の中に閉じ込められる。
バンドギャップにあたる周波数の光は結晶に入ることができず、全反射される。自然界ではモロフォ蝶の翅の鱗粉がこのような微細構造を持ち、青のスペクトルを反射するので鮮やかな青に光る。図7R4)

自然界のフォトニック結晶 モルフォ蝶の鱗粉にある微細構造
図7. 自然界のフォトニック結晶 モルフォ蝶の鱗粉にある微細構造

3) 二次元フォトニック結晶のバンド構造 バンド端エンジニアリング

 フォトニック結晶レーザでは図3で示したように二次元の正方格子が形成されている。格子列に平行なx、y方向それぞれに、反射と分岐とそれらの結合が2次元方向に起こり、結晶の面内方向に対して群速度がゼロとなるため、光は2次元的に閉じ込められることとなる。

 対称性が最も良いΓ点からM、X方向へ進む波の「分散」をバンド端Γ付近で拡大すると、図8R5)のようになる。レーザ発振はバンド端の各点で起こりうるがフォトニック結晶の具体的構造設計(バンド端エンジニアリング)によって発振の閾値などが変化するのを活用して発振を選択する。

2次元フォトニック結晶のバンド構造
図8. 2次元フォトニック結晶のバンド構造
(a)Γ点とその拡大、(b)バンド端における電、磁界分布
色は磁場(面に垂直) 、矢印は電界、黒丸は穴の位置を示す

・共振器方式としての独自性

 ガスレーザの研究・開発に従事した経験からすると、出力を上げることと集束性を良くすることはほとんど常に背反する命題であり、そこに産業用途 ≒ 高出力・高集束化の開発努力が傾注される。

 一般に共振器の集束性を上げることと、光波面の位相をそろえることは等価である。そのため図9のように、励起空間の中央にあるレーザ光軸に対し、光軸の周辺に設けた開口(アパーチャ)によって等位相部分を切り出すことや、導波路構造によって発散を閉じ込めるなどの仕掛けをする。活性層から離れた空間で発振と集束性の制御を同時にやってのけるフォトニック結晶レーザは共振器方式としても実にユニークな存在である。

レーザ共振器における高集束化の方法
図9. レーザ共振器における高集束化の方法(参考)

4. 発展の歴史 フォトニック結晶レーザ誕生のエピソード

 フォトニック結晶研究の世界的先駆者でかつ権威であり、フォトニック結晶レーザの発明者でもある野田進京都大学教授に自らの研究と発展の歴史をまとめてもらったのが図10である(初公開)。以下は直接聞いた話である。

フォトニック結晶(PC)研究の歴史と広がり
図10. フォトニック結晶(PC)研究の歴史と広がり

<フォトニック結晶をなぜ始めたか>

 光を閉じ込める人工的構造ができれば、光の道筋の制御ができ、さまざまな非線形現象も起こすことができる。始めた動機は光を自在に操る場を実現したいというもので、可能性の探索から研究を始めた。2次元構造、3次元構造による光閉じ込めの実現は、人為的に設定した欠陥により光を自在に制御するさまざまな道を開いている。

<高輝度高出力レーザとしての可能性に、いつ気づいたか>

 2次元フォトニック結晶では結晶面に直交する方向に光を出せることは予測できた。やってみたら発振した。予想外だったが、位相がそろった、言い換えれば、2次元面内で見事に結合した発振が起こったことだった。それから、本格的な理論的追及が始まった。図10に示したさまざまな発展が並行して加速的に進んだ。高輝度・高出力の面発光半導体レーザは、加工用途にとどまらず、フォトニック結晶が切り開いた可能性の多くを産業社会において実現するための橋頭堡になるはずだ。

5. ACCELプログラム「フォトニック結晶レーザの高輝度・高出力化」

1) 技術目標 POC

 JST ACCELプログラム「高輝度高出力フォトニック結晶レーザ」2013.12〜2018.3(予定)では単素子10W、合波100Wを技術目標としている。数Wレベルの実現からさまざまな応用開発が産業界で始まり、プログラム目標が達成されれば、光製造への応用に向けて産業界で製品開発への流れが始まることが期待される。それゆえ、この技術目標はPOC:Proof of Concept と位置付けられている。

 レーザ加工機事業を推進してきた筆者の経験からすると、製造の現場には、ユーザーが資源を投入し最適化した環境の中に、習熟した既存の技術手段が常にある。機能・性能のみならず、コスト、信頼性全てにおいて既存のものを上回れなければ、新製品の成功は極めて限定されたものとならざるを得ない。

 それゆえ、光製造を意識した目標は、あまりに困難な道を進もうとするのではないか。これはプログラム審議の過程でも有識者が多く懸念したところであり、実際、同業の諸氏からそのような感想を漏らされたこともある。

 にもかかわらず、これまでの研究の道程は、広がりとともに科学としての進歩を伴っている。だから物理学的なチャレンジをしようというのが、今、プログラム参加者全員の意思になっている。

2) ここまで来ている技術 最新の論文から

 格子点の構造を丸から、xおよびyに非対称性を持たせるべく、三角形にすることで外部への取り出し効率を上げる(図11)R6)ことに成功し、また理論解析の手法も進歩し、結合波理論(表1)R7)によって詳細な解析が可能となっている。(説明は割愛)

フォトニック結晶格子点構造と微分効率の関係
図11. フォトニック結晶格子点構造と微分効率の関係
結合波方程式(閾値以下)
表1. 結合波方程式(閾値以下)
空間的に有限要素化し、固有値問題を解く⇒周波数δ 閾値利得α, 光波の空間分布

 製造手段については格子点に電子ビーム露光とエッチングでたとえば3角形の穴をまず作り、有機金属気相成長法(MOCVD)で結晶を再成長させて埋め込む方法を確立した。(図12)R2)結果として得た最近の出力特性を図13R2)に示す。連続動作で0.5Wまで基本モードの出力が得られている。半導体レーザの分野でCW基本モードを出せる限界を大きく突破する成果である。入力の増加でCW最高1.5Wが得られるが、集束性の劣化が生じている。この結果はフォトニック結晶レーザの進歩を示すと同時に、今後の課題を示すものとなっている。

結晶成長(MOCVD)を用いたフォトニック結晶の作製 電子ビームで穴をあけ、結晶を再成長させている。
図12. 結晶成長(MOCVD)を用いたフォトニック結晶の作製
電子ビームで穴をあけ、結晶を再成長させている。
フォトニック結晶レーザの出力およびビーム広がり 最大出力1.5W達成。0.8Wで、ビームの集束性劣化が始っている。
図13. フォトニック結晶レーザの出力およびビーム広がり
最大出力1.5W達成。0.8Wで、ビームの集束性劣化が始っている。

 一方で理論解析は大きく進歩しており、一例を示すものが、図14R5)である。定在波の電界分布には、空隙と電界(矢印)の位置関係が異なるモードA、モードBがあり、空隙から外部へ漏れ出る電界のベクトル和で遠視野の偏光(黄色の太矢印)が決定されている。さらに電界強度の強い部分がGaAs基板上により多く存在するか否かで、電界の感じる実効的な屈折率にわずかな違いがあり、それに応じてモードBはAより発振周波数がわずかに高い。また図には示さないが、空隙の厚さ方向の非対称性を考慮した各モードの発振閾値も計算され、モードBが発振している実験事実も理論的に解明されている。

最大出力1.5W達成。0.8Wで、ビームの集束性劣化が始っている。格子点近傍の電界(矢印)と磁界(色)、および偏光(黄色太矢印)
図14. 最大出力1.5W達成。0.8Wで、ビームの集束性劣化が始っている。
格子点近傍の電界(矢印)と磁界(色)、および偏光(黄色太矢印)

3) 突破すべき壁 物理的なチャレンジ

 単素子10Wの実現は発振域の拡大による入力増加を基本として進めることになろうが、未踏領域への挑戦であるから、多くの課題が想定されている。出力増大に伴い基本モードから高次モードへ移行、混在するモード競合をいかに抑えるか、出力分布をもたらす空間的ホールバーニングを緩和できるか、有効な冷却をいかに実現するか。合波で100Wを狙う際には、さらに複数素子の近接配置、電源と素子のインピーダンス整合、冷却などに加え、集束性をあまり落とさずに合波する光学的な開発も必要になる。

 物理的なハードルはとても高いが、素子の製造方法も開発しながら、質的な進化を続けてきた研究代表者の率いる研究陣に加え、半導体デバイス、光デバイス、レーザ加工機などの事業で大きな実績のある企業3社のメンバーでこのプログラム課題にチャレンジする。

4) プログラム運営

 そのために、プログラム運営には知財権の成り行きが気になって、真の論議ができないような環境はまずい。まず成果共有に向けて全者が納得できる基本ルールを確立しつつある。

 また技術成立性と市場整合性は常に追求すべきであるから、たとえ中間レベルでも、製品化という具体的目標に進むことで益ありと判断されれば、計画の修正などを許容する柔軟性を持たせて運営する。たとえば単素子数Wが達成されれば、現実味をもってくる応用として図15のようなものが想定されるからである。

数Wのフォトニック結晶レーザ実現で見えてくる産業応用
図15. 数Wのフォトニック結晶レーザ実現で見えてくる産業応用

5. まとめ

 わが国が誇る独創の「フォトニック結晶レーザ」技術で、高出力の未踏領域に進むのがACCELプログラム「フォトニック結晶レーザの高輝度・高出力化」である。多くの困難な課題があるが、高度かつ堅実な研究開発によって解決し、成果を世界に発信し、基礎科学の進歩に資するものとしたい。

 出力領域を拡大する構造、製造方法の進歩は、この技術に大きな期待を抱く企業の等しく期待するところで、世界の製造加工を革新する大きなインパクトを産業界に与える可能性を秘める。各分野にも製品開発の流れが継承され、レーザ開発の主役に躍り出ることも期待できる。

 技術成果の適切な発信、ピアレビュー機会の設定によって、計画参加者を含め、国内外の志高い人材を最先端へといざなうものとなることを期待している。

謝辞

 寄稿に当たりプログラムの研究代表者・野田 進教授、および同研究室の諸氏とくに梁 永(Yong Liang)博士に多くのご協力をいただいた。お礼申し上げます。

文献
R1) Optic Consulting, 9th International Laser Marketplace 2009のデータをもとに作成
R2) K. Hirose, Y. Liang, Y. Kurosaka, A. Watanabe, T. Sugiyama, and S. Noda, “Watt-class high-power, high-beam-quality photonic-crystal lasers”, Nature Photonics, Advanced online publication (DOI: 10.1038/nphoton.2014.75).
R3) 迫田和明:フォトニック結晶入門 p50(縦軸の数値を省略した。)
R4) ”Natural photonic crystals”
R5) Yong Liang :“Three-dimensional coupled-wave theory for photonic-crystal surface emitting lasers” 京都大学学位論文 2014.3
R6) T. Sakaguchi, W. Kunishi, S. Arimura, K. Nagase, E. Miyai, D. Ohnishi, K. Sakai, and S. Noda, “Surface-emitting photonic-crystal laser with 35W peak power,” in Proceedings of The Conference on Lasers and Electro-Optics (CLEO), 2009. CTuH1, Baltimore, June, 2009.
R7) Y. Liang, C. Peng, K. Sakai, S. Iwahashi, and S. Noda, “Three-dimensional coupled- wave analysis for square-lattice photonic-crystal lasers with transverse electric polarization: finite-size effects,” Opt. Express 20, 15945-15961 (2012).

科学技術振興機構 ACCELプログラムマネージャー 八木 重典氏
八木 重典氏
(やぎ しげのり)

八木 重典(やぎ しげのり) 氏 プロフィール
1947年広島市生まれ。
科学技術振興機構-ACCELプログラムマネージャー。
1972年東京大学工学部修士課程修了、同年 三菱電機(株)中央研究所入社、以降放電応用機器、レーザ加工機などの研究、開発、事業推進に従事。2002年、同社役員技監。 1979年工学博士。 電気学会理事、IEC(国際電気標準会議)評議会日本代表などを歴任。現在大阪工業大学客員教授、レーザ学会副会長。

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