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テクノフロントー 第4回「桃栗3年柿8年、SACLAは何年で実をつける?」(石川哲也 氏 / 理化学研究所播磨研究所長、放射光科学総合研究センター長)

2012.03.08

石川哲也 氏 / 理化学研究所播磨研究所長、放射光科学総合研究センター長

石川哲也 氏

X線自由電子レーザー施設「SACLA」

 1960年に報告された最初のレーザー発振は波長694nm(ナノメートル、1nmは100万分の1㎜)の光だった。以来51年、光の波長は2011年にX線自由電子レーザー施設「SACLA(サクラ)」によって、ついに“0.1nmの壁”を破り、世界最短波長の0.063nmに到達した。わずか半世紀の間に、4ケタ短縮したことになる。こうした波長域の“硬X線”レーザーとしては、アメリカSLAC国立加速器研究所の「Linac Coherent Light Source(LCLS)」に次いで世界2番目の発振装置だが、LCLSの最短波長が0.12nmであるのに対して、SACLAはその半分ほどまでに達している。ヨーロッパでも2015年ごろの完成をめざしてX線自由電子レーザー施設「European XFEL」の建設が進められている。この計画は当初、最短波長0.085nmを謳っていたが、SACLAの成功後、「0.05nmを目指す」と言いはじめた。

 物を見るとき、どれだけ小さな物が見分けられるかの能力を「解像力」(あるいは「分解能」)という。光を用いた観察での解像力は基本的に光の波長で決まるため、波長が短ければ短いほど細かい物が見える。とくに波長0.1nm以下のX線の場合は、物質の原子の並びも観察できるので、原子や分子の形態や機能に多くを因っている先端科学技術にとっては、それらの計測手段を与えてくれるものとして極めて重要である。

 SACLAがつくるX線自由電子レーザーは、これまで世界最高強度を誇っていた大型放射光施設「SPring-8」と比較して、ピーク輝度で10億倍、パルス幅で1/1000、コヒーレンス度で1000倍という光源性能を持つ。SPring-8では原子レベルの構造を結晶化による平均状態として観察するが、SACLAのレーザーでは個々の分子の動きを直接観察することが原理的に可能だ。そのため、化学反応などに伴う分子のダイナミクス観察が大きなターゲットとなる。

X線自由電子レーザー施設「SACLA」
(提供:理化学研究所 播磨研究所)

SACLAを創った技術

 現状のX線自由電子レーザーはすべて「自己増幅自発放射(Self-Amplified Spontaneous Emission; SASE)」の原理に基づいている。これは、線形加速器でつくった高密度・低エミッタンス・高エネルギーの電子ビームを長いアンジュレータに通し、そこで発生するX線との相互作用によって電子ビームに波長間隔の密度変調を起こさせながら、X線の強度を増幅し、位相のそろったコヒーレント放射を実現させるものである。

 SACLAはこれら一連の装置で構成されているが、全長は700mと、この種の施設としてはかなりコンパクトだ。SACLAよりも先行して計画されたLCLSとEuropean XFELは、それぞれの全長が2km、3.3kmという長大な施設である。われわれは「X線自由電子レーザーは素晴らしい光を出すが、もしLCLSやEuropean XFELのような巨大な施設をつくるしか方法がないとなれば、世界で2、3台をつくるのがやっとで、とても活用の需要が賄えないのではないか」と考えた。ひらめいたのが、SPring-8で標準的に用いられている「真空封止型アンジュレータ」を用いて、施設全体を小型化することだった。真空封止型アンジュレータでは磁場周期を小さくすることが技術的に可能であり、それにより、一定の波長のX線を発生するために必要な電子のエネルギーを低くし、線形加速器の長さを短縮できる。さらに、線形加速器に日本で開発された加速勾配の大きな「Cバンド加速管」を採用すれば、施設のサイズはさらに短縮が可能となるはずだ。課題としては、低エネルギー電子でX線レーザーを発振させるために、電子ビームのエミッタンスや密度を極限まで高めることが要求されたが、それについても新しい方式の電子銃と入射部を開発し、全長60mの250MeVプロトタイプマシンでの検証実験にも成功した。そうした日本独自の技術力の結集で、世界に類のないコンパクト設計のSACLAが生まれることになったのである。

SACLAの施設概略
SACLAの施設概略

 SACLAの建設には計500社以上の民間企業が参加し、2006年から5年の歳月をかけて完成した。建設に当たっての国産化率が95%以上と非常に高いことが大きな特徴となっている。なお、建設に特にご尽力された300余社については、SACLAのウェブサイトに、サポーターとして社名を掲載させていただいている。

SACLAが創る科学

 SACLAの完成により、高速で動き回り、形を変えながらその機能を発揮する原子・分子の世界の一瞬を観察することが可能となった。現在の科学技術の多くが、このような原子・分子レベルでの物質の挙動に基礎をおいているため、それらを直接観察することは、多くの分野での課題解決に寄与することが期待されている。

 SACLAの利用に関しては建設中の段階から、光源整備と並行して、競争的資金によって全国の研究者が参加する枠組みが作られ、光源の完成時においては「可及的速やかな利用成果の創出」が可能となるよう、装置の開発が進められてきた。また、2012年3月からの供用開始に備えては、利用研究を先導する成果の創出を目指す「重点戦略分野」を選定し、その具体的な研究課題としての「重点戦略課題」を提示した。それにより、現時点では非常に限られた人たちしか手にしたことのないX線自由電子レーザーの実験手法の確立と開拓を、強力に推進することとなったのだ。重点戦略分野に選定されたのは「生体分子の階層構造ダイナミクス」と「ピコ・フェムト秒ダイナミックイメージング」の2つ。各分野で先導的な重点戦略課題を推進し、それによってさらに利用分野を開拓し、イノベーションの推進とわが国の国際競争力の強化に貢献することをねらう。

 しかしながら、高周波のX線領域では、光と相互作用した電子はすぐに相対論的領域に入るため、相対論的量子力学による取り扱いが必要となる。しかも、相互作用項がとてつもなく大きいため「摂動論」は使えない。そしておそらく、われわれが長年「光と物質の相互作用」を考える場合の基礎としてきた「双極子近似」も破綻するという、新たな状況が出現する。そして非常に大切なこととして、SACLAでの超高ピーク輝度は、いままで多くの人が取り組んできた「基底状態近辺の科学」の探求には向いておらず、「非平衡状態の科学」に立ち向かうための強力な道具を与えると思われる。すなわち、まったく新しい科学を拓いていく可能性を、SACLAは十二分に孕(はら)んでいるのである。

調整運転の進展と今後の課題

 SACLAは2011年6月のレーザー増幅の確認以来、順調に光源性能は向上しており、ほぼ計画通りの性能を達成した。さらに、共用運転に向けての装置整備と性能確認が2011年秋から2012年冬にかけて行われた。この間、利用可能な波長範囲は0.063nm-0.28nmに拡大され、この領域であればほぼ連続的にチューンできる見通しがたった。パルスエネルギーとしてはサブミリジュールを達成し、パルス幅は約10フェムト秒(100兆分の1秒)となっている。光を実験装置に導くためのビームライン整備も順調に進み、二結晶分光器、ミラー、ビームポジションモニターなどの個々の機器調整を完了している。これに加えて大阪大学を中心に開発が進められてきた、X線集光装置がビームラインに実装され、非集光では試料位置で200μm径程度のビームを1μm(1000分の1㎜)径まで集光できることが確認された。共用開始時に使用可能となるよう開発を進めてきたX線二次元検出器も所定の性能に達し、大面積仕様での利用も可能となった。

 全国の研究者によって開発された測定装置のほとんどは播磨研究所(兵庫県・播磨科学公園都市)の現場で最終調整が行われ、施設側で準備された検出器や制御システムと組み合わせて、テスト実験が行われてきた。その過程では、すでに論文となるようなデータが出始めているが、その一方で新たな課題も生じている。中でも当面の最大の課題は、二次元検出器のデータ量の多さである。大面積の二次元検出器で画像データを継続して取得すると、1時間あたり12テラバイトのデータ量となり、施設として用意したデータストレージが1か月であふれてしまう。このため今後は、データ圧縮技術の開発、不要データの高速選別技術の開発、「京」コンピュータと連携した高速データ処理技術の開発などが重要となろう。

おわりに

 SACLAは生まれたばかりであるが、使ってみるとX線レーザーの威力には驚かされるばかりである。一方で、SPring-8を用いたほうが簡単な測定もたくさんあり、世界でただ一つ2種類の最先端X線光源が併存する「ハリマ(播磨)」には、両者を使い分け(使い切って)、新しいサイエンスの行く手を担う責務があるように思われる。SACLAは2012年3月7日から共用運転が開始されたが、今後も引き続き皆様のご支援とご指導をいただけるようお願いしたい。

石川哲也 氏
石川哲也 氏
(いしかわ てつや)

石川 哲也(いしかわ てつや)氏のプロフィール:
1954年、静岡県伊東市生まれ。1972年、静岡県立沼津東高校卒業。82年、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻修了(工学博士)。高エネルギー物理学研究所助手、東京大学工学部助教授を経て95年から理化学研究所主任研究員。大型放射光施設SPring-8のビームライン建設を統括し、コヒーレントX線光学を開拓した。2006年からX線自由電子レーザー計画合同推進本部のプロジェクトリーダー兼、理化学研究所播磨研究所・放射光科学総合研究センター長。10年から播磨研究所長。

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