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優秀でも大学進学ためらう受験生-支援策の大胆な見直しを(渡辺哲司 氏 / 九州大学 高等教育開発推進センター 准教授)

2011.01.24

渡辺哲司 氏 / 九州大学 高等教育開発推進センター 准教授

九州大学 高等教育開発推進センター 准教授 渡辺哲司 氏
渡辺哲司 氏

 2010年夏の長崎県において、日本国内の主要大学(目安として「旧帝大」レベル)にも進学できそうな学力を持つ高校3年生のうち、家計の困窮を主な理由として大学進学そのものまで断念するかもしれない生徒は3%、長崎・佐世保の2都市を除けば5-6%-という調査結果を私たちは同年末に公表した(西日本新聞12月28日朝刊などに掲載)。

 そうした数字の高低などはさておき、ここでは、才能はあってもお金がないために大学進学をためらう非都市部の受験生をどう支援するか、という点に絞って私見を述べる。

支援の手を入試・入学期にも

 まず、生徒を指導する高校教師たちに尋ねたところ、予想どおり、大学による授業料免除、大学、国・自治体や企業による奨学金の拡充を求める意見が多かった。それらは、有効な策ではあってもあまり現実的な策ではないだろう。なぜなら、その種の支援を拡充する余地は、もはや小さいように思えるからだ。私が勤める九州大学をみても、すでに学部生の2分の1が日本学生支援機構による奨学金を、6分の1が半額以上の授業料免除を受けている。

 それでは「打つ手なし」かといえば、必ずしもそうではない。たとえ奨学金や授業料免除を量的に増やせなくても、現有量の支給・配分の仕組みを変えて情況を改善することはできそうだ。具体的に、支給のタイミングを大学入試から入学までの時期にずらすのだ。

 実際、その時期の出費は大きい。全国大学生活協同組合連合会の2009年度調査によると、自宅を離れて国公立大学へ入学する場合、入試・入学期にかかる総費用は190万円。いわゆる自宅生に比べ、交通費、住まい探し、生活財購入などに80万円ほど多くかかる。ポイントは、その経費が在学中の奨学金などでは時期的にも金額的にもカバーできず、すべて家計の努力に委ねられていることだ。そのため、文字どおり最初の一歩が踏み出せないばかりに進学を諦めるケースもあるのではないか。

 そこで、もし、従来は在学中の奨学金に充てられていた財源の一部を入試・入学期に回す公的な仕組みができたら、それを利用して進学を果たす人もいるのではないだろうか。

どこにもお金が無いなかで、どうするか

 私たちの調査では、同じ高校教師たちに対して、奨学金や授業料免除などの直接的な経済支援ができない場合でも何かできることはないか-とも尋ねてみた。ひょっとすると、地域の実情を踏まえた現場教師ならではのアイディアがあるのでは、と期待して…。実は、それこそが調査の隠れた狙いでもあった。

 ところが、実際にアイディアらしいものはほとんど出てこなかった。仕方がないとは思いつつ、一方で私は、大学や国に従来型サービスの拡充を求めるばかりではなく、一人一人がもう少し、自分の頭で自由に新しいことを考えるべきではないかとも強く思った。

 そこで、私なりにも考えてみた。現実性や具体性はひとまず置き、仮に「現金がなければ大学で学べない」という前提条件は無いものとすると…。いわゆる田舎の人々は、あまり多くの現金を持っていない代わりに、広い家や土地、田畑や山林を持っている。さらに、周辺には山海の物産や豊かな生態系がある。つまり、彼らは都会の人とは別種のものを、より多くもっているのだ。そこで、そうした「持っている」ものを、当該地域の才能ある子どもが遠方の主要大学で学ぶのと引き換えに、大学での教育・研究や学生生活を支える資財として提供・拠出する仕組みをつくることはできないだろうか。例えば、使われなくなった農地や里山、漁港や船、各種の施設などを実習や調査の場や材料として、また農・水産物をランチの、林産物をキャンパス造りの材料などとして大学が(学生を受け入れる代わりに)活用することも、全くあり得ない話ではないように思う。

みんなの知恵こそ、今は頼り

 話を元に戻すと…。各大学の動きは早く、すでに奨学金・授業料免除の拡充や入学前の予約制度、入学金・授業料の分割納付制度をつくるなどの工夫をしている例もある。ただ、そうした手段のみで頑張り過ぎると、運営にかかる費用や労働の負担が増え、いずれどこかにそのツケが回るだろう。その「どこか」とは、例えば支援の対象から漏れた他の学生かもしれないし、大学の教育・研究活動全般かもしれない。そうなっては、いくら崇高な理念・理由に基づく行いであっても素直に賞賛することができない。

 今次の不況下、日本の才能ある若者たちに漏れなく良好な学習機会を入手してもらうためには、各大学や個人の工夫もだいじだが、世の中あげて知恵を絞ることも必要だろう。現行制度のままで、いま求められているだけの支援は達成できそうになく、当座の問題解決とはならない。ならば今は、頭を使って、ある程度はお金がなくてもできることを探して実行するしかない。そのためにも、まずは足元の現実をよく見て知って-との考えで、私たちは冒頭の調査を実施した。大学の「高校向け窓口」(アドミッション・オフィサー)たる私としても、これを機に、地域に支えられるだけでなく地域の教育振興にも取り組む主要大学のあり方を考えていきたい。

 ちなみに、上記の調査結果と1人の高校教師からの提案とを踏まえ、私たちは2011年3月に、長崎県のとある離島でイベントを開く。九州大学の宣伝をしに行くつもりはない。近隣に大学というものが1つもなく、オープンキャンパスや「大学フェア」へ参加するのも大変な人たちに大学の“空気”を届けようというのだ。そういうことなら、新たな経済支援の仕組みをつくったりするのとは違って、すぐにもできる。それが、家計の事情を気にしながらギリギリの線で進学を迷っている人の“背中を押す”ことになればよい。

高・大の“はざま”の問題に、もっと目を

 高校生から大学生への移行期には、他にもいろいろな問題がある。そのうち入試にまつわる問題への関心は昔から高いが、学生集めにそれほど苦労しないはずの主要大学が入試制度に手を加える場合は特に、その背後に必ず、入学後の学習にまつわる問題がある。新入生たちの振る舞いに何らかの異変を感じてその対策に取り組んでいる大学教師も多い。

 例えば、言語技術もそうした問題の一つ。私自身、新入生たちが入学直後に突然降り掛かるレポート課題に戸惑う様子を5年ほど観察・分析し、最近1冊の書『「書くのが苦手」をみきわめる—大学新入生の文章表現力向上をめざして』(学術出版会)にまとめた。大学生の文章といえば、決まってその悲惨な出来栄えをあげつらう話になるが、私はそれにはくみしない。その代わり、正体不明の苦手意識が学生たちの間にまん延し、それが言葉で思考・表現することの妨げとなっている様子をとらえ、高・大の教師たちに示そうと思った。そうしたアプローチに対しては、意外なことに、ビジネスマンの読者からも「新人採用・教育の参考になる」という感想が届いた。

 日本の科学技術の将来を担う人材が集まる主要大学の教室で、いま何が起こっているか-。関心ある人たちには、ぜひ目を向けてもらいたい。

九州大学 高等教育開発推進センター 准教授 渡辺哲司 氏
渡辺哲司 氏
(わたなべ てつじ)

渡辺哲司(わたなべ てつじ) 氏のプロフィール
1970年生まれ。筑波大学附属高校卒、東京大学教育学部卒、同大学院教育学研究科修了。博士(教育学)。専門は発育・発達学(子どものからだ)。開成高等学校非常勤講師(保健体育)、九州大学アドミッションセンター講師を経て現在に至る。大学の「高校向け窓口」として高校の生徒・教師および保護者を対象とする進学説明・相談や“出前講義”を数多く手がける一方、大学内ではAO入試や初年次生(新入生)向け授業を主に担当している。最近の著書は『「書くのが苦手」をみきわめる-大学新入生の文章表現力向上をめざして』(学術出版会、2010年)。

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