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世界に先駆け高齢社会のモデル創出を(秋山弘子 氏 / 東京大学高齢社会総合研究機構 特任教授、「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」研究総括)

2010.11.22

秋山弘子 氏 / 東京大学高齢社会総合研究機構 特任教授、「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」研究総括

東京大学高齢社会総合研究機構 特任教授、「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」研究総括 秋山弘子 氏
秋山弘子 氏

 日本は世界の最長寿国です。20世紀後半だけで平均寿命の30年延長という驚異的な「寿命革命」を達成して、人生90年といわれる時代になりました。これからほんの20年先の2030年には、65歳以上の高齢者が人口の3分の1になります。そのうちでも急速に増加しているのが75歳以上の人口で倍増します。そして2030年には4割の高齢者が一人暮らしをしていると予測されています。つまり、80歳、90歳代の一人暮らしが一般的になります。世界のどの国も経験したことのない超高齢社会が日本に到来します。人口高齢化の影響は医療や福祉の領域にとどまらず、経済・産業・文化の広い領域で相互に関連する複雑な課題を提起しており、解決するためには社会の高齢化に応じた新たな価値観の創造と社会システムの抜本的見直しが必要です。

 日本全国で約6、000人の高齢者を20数年にわたって追跡調査した結果、約8割の人が70歳半ばまで一人暮らしができる程度に元気ですが、それ以降自立度の低下が始まることがわかりました(注)。この70歳半ば以降の人口が今後20年で倍増することを考えると、今、私たちが急いで何をしなければならないかは明白です。ひとつは、下降の始まる年齢を2年でも3年でも先に延ばすこと、すなわち、自立して生活できる期間、健康寿命の延長です。もう一つは、高齢者人口の高齢化により、確実に増加が予測される助けが必要な高齢者の生活を支援する社会のインフラ整備です。

 私たちは、まだどの国も解決したことのない高齢社会の課題に挑戦し、世界に先駆けてモデルをつくっていかなければなりません。多くの課題は、日常、私たちが生活する場にあるため、私たちが生活するコミュニティの課題を解決し新たな可能性を追求する具体策を考案して、実際にやってみる社会実験はひとつの有効なアプローチです。このような取り組みには、従来の縦割りの学術分野に閉じこもらず、他の分野と連携する柔軟性が必要です。さらに、学術の世界を超えて、自治体や企業、住民と協働し、創造力を駆使して粘り強く現場の課題に取り組んでいく新たな形の研究体制と研究方法が求められます。

 今年度、科学技術振興機構・社会技術研究開発センターの新規研究開発領域「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」を公募したところ、大学や研究機関のみならず、NPO、企業、自治体、公益法人から110件の応募がありました。課題内容は、就労、医療、介護、認知症、メンタルヘルス、孤独・孤立、ICT(情報通信技術)、多世代共生、住環境、健康づくり、移動手段、評価尺度など幅広い分野から提案が集まりました。審査の結果、研究開発のあり方や科学的評価のための指標などの体系化を目標とするカテゴリーⅠに2件、社会の問題解決に資する具体的な社会技術をコミュニティで実証まで行うカテゴリーⅡに2件、構想は優れているものの研究開発プロジェクトとして実施するためには提案内容のさらなる具体化が必要な提案を企画調査として2件、採択しました。

 カテゴリーⅠでは、(1)在宅医療が普及しない要因と普及方策のあり方を客観的・科学的に解明し、市役所など地域の拠点機関で利用可能な在宅医療地域診断標準ツールの作成を目的とするプロジェクト、(2)国際的にも評価されている1980年代に開発された老研式活動能力指標に代わり、健康度が向上し、社会参加の増加した現代日本の高齢者にふさわしい活動能力指標の開発を目的とするプロジェクトを採択しました。

 カテゴリーⅡでは、(1)先行研究で行ってきた高齢者の安否と見守り情報を家庭用電話機から発信するシステムを基盤として、認知レベルに応じた安否発信方策の検討とともに、同じシステムを使って生活支援を行う方策の開発を目指すプロジェクト、(2)おびただしい数の団塊世代が定年退職して戻ってくる都市近郊地域を対象として、「農」「食」「生活支援」の3つの分野で高齢者にふさわしい就労の場と就労スタイルを創造し、人生90年時代にふさわしい新しいセカンドライフのモデルづくりを目的とするプロジェクトを採択しました。この10月から各プロジェクトにおいて研究開発が開始されました。最長3年間という研究開発期間終了後に、他のコミュニティにおいても実装可能な成果の創出を求めています。

 本研究開発領域設置期間中、あと2回公募を行う予定ですが、すべての採択プロジェクトがそれぞれ特定の課題解決拠点として成果やノウハウを発信するとともに、それらが有機的につながって一丸となり、高齢社会の多様な課題の解決と新たな高齢社会のデザインを牽(けん)引していく強力なエンジン母体を創成することを目標としています。志を同じくする産学官民のメンバーが、それぞれの役割をしっかり担って新たな高齢社会のデザインに取り組むとき、長寿を心から喜ぶことのできる社会の実現が可能になると確信しています。

  • (注):「長寿時代の科学と社会の構想」(『科学』2010年1月号:岩波書店)
東京大学高齢社会総合研究機構 特任教授、「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」研究総括 秋山弘子 氏
秋山弘子 氏
(あきやま ひろこ)

秋山弘子(あきやま ひろこ)氏のプロフィール
岡山県立朝日高校卒。イリノイ大学でPh.D(心理学)取得、米国の国立老化研究機構(National Institute on Aging) フェロー、ミシガン大学社会科学総合研究所研究教授、東京大学大学院人文社会系研究科教授(社会心理学)などを経て、2006年東京大学高齢社会総合研究機構特任教授。10年から社会技術研究開発センターの新規研究開発領域「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」研究総括も。日本学術会議会員。専門はジェロントロジー(老年学)。高齢者の心身の健康や経済、人間関係の加齢に伴う変化を20年にわたる全国高齢者調査で追跡研究。近年は超高齢社会のニーズに対応するまちづくりにも取り組むなど超高齢社会におけるよりよい生のあり方を追求している。最近の著書・論説に「長寿時代の科学と社会の構想」(『科学』2010年1月号)、「新老年学 第3版」(東京大学出版会、2010年)、「自立の神話「サクセスフル・エイジング」を解剖する」(上野千鶴子他編『ケアという思想』:岩波書店 181-194, 2008年)

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