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地域の里山・里海を育もう—人と人、人と自然の共有地(高橋俊守 氏 / 宇都宮大学 農学部附属里山科学センター 特任准教授)

2010.10.15

高橋俊守 氏 / 宇都宮大学 農学部附属里山科学センター 特任准教授

宇都宮大学 農学部附属里山科学センター 特任准教授 高橋俊守 氏
高橋俊守 氏

 2000年の国連総会報告書の呼びかけに端を発し、2001年から2005年にかけて地球規模で行われた世界初の生態系の健康診断としてミレニアム生態系評価(MA)が実施された。MAでは、生態系の資源の蓄えとこれを提供する有形無形のサービスを「生態系サービス」と定義している。MAに基づいて、世界各地の圏域や国、流域や湾を対象にサブグローバル評価(SGA)が行われている。日本では、里山・里海を対象としたSGAが、2006年から国連大学高等研究所のイニシアティブの下で開始された。

 MAでは、生態系サービスの種類として、供給サービス、調整サービス、文化的サービス、基盤サービスを挙げている。この概念を里山に当てはめてみると、水、米、山菜、燃料、木材などを供給するサービス、気候変動の緩和、洪水の制御、水や大気の浄化などの調整サービス、景観の審美性、教育、伝統文化、祭り、文化遺産、ツーリズムなどの文化的サービス、土壌の形成、栄養塩の循環、地下水涵養、炭素貯留などの基盤サービスが事例として挙げられる。すなわち、日本の里山には、有形無形の多種多様な生態系サービスが認められる。

 筆者は、国レベルのサブグローバル評価(SGA)において、里山・里海の生態系サービスの持続可能な利用と管理を実現するためにとり得る方策(対応)を分類整理し、これらの影響と効果を評価する章の執筆を担当した。里山・里海に関係する近年の100余りの対応を整理するとともに、対応の効果に関する評価を実施したところ、里山・里海に対して効果が高いと見なすことができる複数の対応を特定した。

 効果が高いと見なされた対応で多くを占めたのは、制度やガバナンス(統治)による法的対応であった。1992年の地球サミット以降、生物多様性や里山・里海の重要性に関する認識が高まり、里山・里海の保全や管理を直接の目的とした条例を地方自治体が独自に策定する動きが広がりつつある。また、生物多様性国家戦略を地域レベルで実施するため、都道府県、さらに最近では市町村レベルで生物多様性地域戦略が策定されている。この中で、里山・里海の持続的な利用と管理に直接言及されていることが多い。

 法的な対応に比較して、里山・里海の持続可能な利用と管理に貢献し得る、経済的な対応の事例は十分に見られなかった。この背景には、里山・里海における主要な産業である農林水産業の低迷があるだろう。しかし、里山・里海には、農林水産物の生産のみでなく、景観や文化の醸成、生物多様性保全のように、市場で十分に評価されていない価値が存在する。これらの外部経済価値を考慮しつつ、経済的なインセンティブを活かした対応を開発し、適用していくことが課題となる。

 効果が高いと見なされた対応を総じて見ると、参加型の取り組みが多く含まれていた。例えば、NPOやNGOは、里山・里海の価値の再認識、普及啓発、地元の協力関係の再構築、新たな経済・社会関係の構築、ボランティア活動、人材のネットワーク構築など、里山・里海の利用と管理に向けた取り組みにおいて大きく貢献している。近年では、地方の大学や自治体が、教育や研究のフィールドとして地域の里山・里海を活用することを通じて地域活性化に貢献しようとする動きも活発になっている。なお、日本政府が提唱している「SATOYAMAイニシアティブ」では、多様な主体の参加と合意形成による新しいコモンズ(共有地)としての共同管理が、里山・里海の持続可能な利用と管理のための重要なコンセプトとなることを指摘している。

 最後に、里山の美しい景観や文化を維持するためには、農林水産業の果たす役割は不可欠である。ところが、価格の安い輸入農産物があふれ、これに米価の下落も伴って農家経済を圧迫し、農林水産業は今日では衰退の一途をたどっている。さらにこれに追い打ちをかける問題が、野生鳥獣による農作物被害だ。里山における鳥獣害の激化は、農家の営農意欲を損ない、鳥獣害が引き金となって地域のさらなる過疎化や高齢化を招くという、悪循環が生じている。

 そこで、宇都宮大学農学部附属里山科学センターでは、栃木県と連携し、鳥獣害対策の専門的な知識と技術を備え、地域で指導的な役割を果たすことのできる人材を養成することを目的にしたプログラムを、科学技術振興調整費の助成を受けて開発した。反響が大きく、1期生39人、2期生31人を受け入れ、この9月には1年間を通じて指定された科目を履修し、修了課題審査に合格した17人に対し、新しく創設した資格「鳥獣管理士」を授与した。鳥獣害対策にかかわる専門技術に対する理解や技術の向上、専門知識と技術を備えた担い手が活躍する場の創出が求められている。

 里山における経済価値が低下している現状にあるが、それは里山の持つ多様で豊かな生態系サービスの価値そのものが低下したことを意味するものではない。里山には、人間の福利に貢献するさまざまな外部経済価値が依然として存在している。ところが、これらを正当に評価することができる社会経済システムはいまだに出現していない。このような状況にあって、生活や農作業のための共同管理によって長年に渡って維持され、個性ある地域の文化を醸成してきた里山を、何らかの形で次世代に継承しようとする取り組みは、成熟した地域社会の取り組むべき道であるように思う。

棚田のオーナー制度による稲刈りとはざかけ天日干し作業。近郊都市から毎年多くの参加者が訪れる(栃木県茂木町)
棚田のオーナー制度による稲刈りとはざかけ天日干し作業。近郊都市から毎年多くの参加者が訪れる(栃木県茂木町)
地元農家と宇都宮大学学生教職員の協働による冬期湛(たん)水田、木の葉投入田、炭素フラックス試験田。育成しているのは宇都宮大学育成水稲品種「ゆうだい21」。水田の周囲にはイノシシ侵入防止柵が設置され、山林は落ち葉かきによって整備されている(那須烏山市)
地元農家と宇都宮大学学生教職員の協働による冬期湛(たん)水田、木の葉投入田、炭素フラックス試験田。育成しているのは宇都宮大学育成水稲品種「ゆうだい21」。水田の周囲にはイノシシ侵入防止柵が設置され、山林は落ち葉かきによって整備されている(那須烏山市)

参考文献)
西麻衣子・高橋俊守(2009)?? ミレニアム生態系評価のフォローアップと日本における里山・里海のサブグローバル評価(特集 生物多様性条約COP10と環境アセスメントの動向) 環境アセスメント学会誌7(2),28-35.

高橋俊守・磯崎博司・及川敬貴・小山佳枝・國光洋二(印刷中)?? 里山・里海の変化にどのように対応してきたか? 里山・里海の生態系と人間の福利:社会生態学的生産ランドスケープ(仮題)

宇都宮大学 農学部附属里山科学センター 特任准教授 高橋俊守 氏
高橋俊守 氏
(たかはし としもり)

高橋俊守(たかはし としもり) 氏のプロフィール
駒場東邦高校卒。1991年筑波大学生物学類卒、日本環境教育学会事務局幹事、日本生態系協会主任研究員、2004年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。東京大学大学院農学生命科学研究科21世紀COE生物多様性・生態系再生研究拠点 特任研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科 助手、宇都宮大学農学部 准教授、東京農工大学大学院連合農学研究科 准教授(兼職教員)を経て2009年から現職。専門は景観生態学。工学博士。国連大学高等研究所客員教授。鳥獣管理技術協会理事長。栃木県環境審議会委員。

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